第44話 この人を好きになれて
遠足が終わった翌週の頭。月曜日。
色々考えた俺は、仕方が無いので行動する事にした。
「泉井ー、佐々木ー」
サッカー部に入らない理由を、二人にきっちりと説明する事にしたわけだ。
朝練を終えて教室に現れた二人をすぐさま教室の外に連行した俺は、斯々然々と吉永に話したのと同じような説明を二人にした。
「──だから、吉永からなんて聞いたかはわからないんだけど、泉井とか佐々木が真面目にサッカーしてないとかは思ってなくて、俺が今サッカーに本気になれないから入らないって事なんだよ」
仮にファミレスで話したような、深山のサッカー部は真剣じゃなくて駄目だ、みたいな内容がそのまま伝わっていたとすれば、二人には不愉快極まりないと思っての訂正。
リリンクで長文を送っても良かったんだけど、今までいい加減な話ばかりして勧誘を断っていた事も悪かったと思って、一度きっちりと理由を説明して断ろうと決意したわけだ。
何故二人に話す気になったかって、そんなのは簡単だ。
「そう言うわけだから、吉永とか姫野さん経由での勧誘も無しって事で」
そんなもん、これ以上こいつらが吉永に付き纏ってもしまた吉永を泣かせるような事態になったら、俺が二人を殴ってしまう恐れがあったからに決まっているだろう。
姫野は知らないが、これ以上優しい吉永に付け入ろうとすれば、いくら温厚な俺とてキレる可能性がある。
と言う事で、俺の将来と二人の命の為にも、きっちりと説明する事にしたわけだ。
「いや、すまん。事情を知らなかったとは言え、マジで悪かった……マジで」
「すまん、鹿島。俺も佐々木もなんか事情があるんだろうなくらいにしか考えてなくて、ホントにすまん。もう無理に入ってくれとか言わないから、悪かった」
やはり、うちのクラスの連中は根が良い奴しかいないらしい。
俺の話を聞いた佐々木と泉井の二人は人目のある廊下の中で、そんな事は関係ないとばかりに深々と頭を下げてきた。
理由を説明しても食い下がって来るとは考えて無かったけど、こうも潔く頭を下げてくるとは。二人とも良い奴だなあ。
人に話すような内容でも無いと思ってはぐらかしていたけど、さっさと説明しておけば良かったか。
「佐々木、泉井、両名共に頭を上げ給へ」
「ったくよー、こっちは真面目に悪いと思ってんのに」
「こっちはマジで悪いと思ってるんだって」
「もういいんだって、そんな謝られる程の事でもないしさ。そもそも俺は何とも思ってないから、この話はこれで終わりって事でいいだろ?」
「まあ……」
「……鹿島が気にしてないって言うなら」
そうして、頭を下げたまま互いの顔を見合った佐々木と泉井が納得して、ようやく頭を上げようかと思ったその時。
「か、鹿島はサッカー部には入らないよ! 理由は色々あるんだけど、佐々木君も泉井君もあんまりしつこく勧誘するのは良くないって言うか、だから、ごめんなんだけど!」
俺に向かって頭を下げている二人を見て何か勘違いしたのか、先程まで教室にいたはずの吉永がすっとんで来たかと思うと、俺と二人の前に入り込んで来た。
近い近い近い。
身体当たってるし、髪の毛も当たってるんだけど。
「お待ちなされ吉永紅葉殿。一度落ち着かれるのじゃ」
「え? な、何?」
勘違いしてすっ飛んで来た吉永が面白かったのか、緊張が解れたからか。
俺が吉永に話しかけて少し間をおいた後、俺と佐々木と泉井は声を出して笑ってしまった。
と言う事で、三人で軽く笑った後に吉永の誤解である事を説明。
すると、恥ずかしくなってしまったのか、顔を赤くした吉永がスタスタスタと早足で教室に戻ろうとしてしまったので──。
「吉永」
「……何ですか」
──だから、彼女が教室に戻ってしまう前に一度だけ呼び止めた。
「ありがとう、助かったよ」
「はいはい。余計なお世話失礼しました」
勘違いなんてどうでも良くて、吉永が俺の事を気に掛けてくれた事が嬉しかった。
やっぱり、いい子だよなぁ。
急いでたのかわからないけど、がっつり俺にぶつかってまで間に割って入ってくれて……。
なんて言うか、全体的に柔らかかったと言うか。
それに、目茶苦茶いい匂いもした気がする。
正直溜まらないんだけど……いや、今はいい。よし、後で思い出そう。
「あー、吉永さん面白かった」
「笑っちゃ駄目なんだろうけど、こう言う勘違いってホントにあるんだな」
「あまり吉永を笑うなよー?」
それ以上笑うと蹴るぞ。
「すまんすまん。でも、わかったよ。鹿島が気にすんなって言うならもうこの話は辞めるか」
「だな。もう俺達からは部活には誘わないけど、もしやりたくなったら声掛けてくれればいいからさ」
「そうしてくれると俺も助かる。辺に気を遣われたりしても、全然気持ち良くも嬉しくもないからな」
「うぃーっす」
「あー、でも、来月の球技大会はサッカーで出てくれたら有り難いんどけど……?」
微妙に言い辛いのか、泉井の言葉にキレがない。
「当然! やるからには俺達一組は一位を狙おうぜ」
そんな泉井の言葉を受け止めた俺は、全力で蹴り返した。
「っしゃー! 俺と泉井と鹿島が居れば全然狙えるな!」
ガッツポーズをした佐々木は嬉しそうで、見ると泉井も気合十分な表情に戻っていた。
「わかってるだろうけど、俺はボランチで出て全部キーパー前で止めて二人にボール回すから、しっかり点取れよ?」
「うーっす!」
「任せろって。でもしばらくボール触ってないだろ? いけんのか?」
「一月もあれば思い出すから待ってろって」
「ふー! 言うねぇ」
「ビッグマウスは許さねえからなー」
吉永が居なければ、佐々木と泉井ともずっと距離を置いたままだったかもしれない。
球技大会も、バスケで出ていたかもしれない。
「ういー、んじゃ、そろそろ教室戻ろうぜー」
サッカー仲間とのこの感じ、運動部のノリって言うのかな、ちょっと懐かしい。
サッカーは嫌いだけど、やっぱり好きなのだと思う。
休みの日に一人でボールを蹴るくらいはしてみようかな。
佐々木と泉井の二人とじゃれ合いながら教室に戻ると、一瞬だけ吉永と目が合った気がする。
やっぱりいいな、吉永は。
この人を好きになれて良かった。
後はどうやったら好きになって貰えるかだけど、教科書に書いててくれたら良いのになー。
テストで良い点取るより全然難しいわ。
本当に良かったと思う