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第42話 決めたのは他の誰でもない 


 家につくまでが遠足とは、よく言ったものだ。


「あー、つかれたー」


 体力的に問題がなくとも、いつもと違う事をすれば人間は誰だって疲れる、精神的に。


 と言う事で、お台場から帰宅してようやく自宅の最寄り駅に到着した俺は、大きな溜息を吐き出していた。


「私はまだまだ元気だよ! 今からでも遊びに行ける!」


 そんな俺を見た姫野が、細くてぷにぷにの二の腕で力こぶを作るようなポーズを取っていたが、知らん。


「中間順位203番さんは、遊ぶ元気があるなら帰って勉強した方が良いんじゃないかー」


「う……。も、紅葉ぃ……」


「こればっかりは鹿島に同意。もう少し頑張りなさい」


「うわー! 帰るー! ばいばーい!」


 俺に嫌味を言われた事で吉永に助けを求めたようだが、バッサリと切り捨てられてしまった。


 だが、実際問題として吉永に勉強を見て貰って203番は駄目だろ。


 あんまり役に立ってないなら、姫野が吉永を拘束しているその時間を少し俺に分けてくれよ……。


「気を付けてなー」


「転んじゃ駄目よー」


 ダッシュで家に帰る姫野を見て思った。


 あいつ元気あり過ぎだろ、身体の構造どうなってんだよ。


「俺らも帰るかー」


「そだねー」


 同じ中学出身で、最寄り駅が同じと言うのは本当に有り難い。


 時々だけど、こうやって自然と一緒に帰る機会に恵まれるのだから。


 話す内容は今日の遠足について。


 ほんの少しの短い帰り道だけど、俺が話して、吉永が話して、それを二人で笑える時間は楽しい。


「じゃ、また月曜日に学校でー」


 今度は皆で、出来れば吉永と二人で遠足に行きたいと思うけど、遊びに誘う切欠がまるでない。


 勉強の話と受験の話とテストの話。後は、三好の話。


 俺と吉永の会話なんてそれしかない。


 たまたま同じ中学で、たまたま告白現場に遭遇して、たまたま同じ高校に入っただけ。


 今も会話の内容はその殆どが勉強について。


 最近はちょっとだけ料理倶楽部の話もするけど、精々がそのくらい。


 要するに、俺と吉永の関係は、何処にでも居るその他大勢の学生の関係でしかない。


 尤も、深山高校は生徒の半分近くが国立大学に進学して、残りも早慶上理に行く生徒が殆どらしいので、進路の話や受験の話題が出るのは当たり前なんだけど……。


 そうは言っても、男子なら大体はゲーム漫画アニメの何処かに共通言語が転がってるし、女子なら歌と配信者かアイドル、もしくはファッション関係で共通言語が拾えたりもする。


『そう言うのあんまりわかんないんだよねー。吹奏楽と勉強しかやってなかったしー。あ、そんなつまんない女子だから撃沈したのかもー、あはは!』


 二学期の終わり頃。何となく吉永の事が少し気になり始めていた時に色々と聞いてみた事もあったけど、勉強以外の趣味は吹奏楽くらいしか無いとサラリと躱されてしまった。


 もちろんオシャレには敏感のようだけど、そんなもん吉永に限らず日本中の女子が敏感だろうって話。


 それにファッションについてなら、その辺の事に疎い男子と話すよりも、同じ感性を持った女子と話していた方が圧倒的に面白いだろう。


 その結果、話すのは勉強の事ばかりになってしまった。


 もちろん、勉強と言っても幅広いので、無限に会話が出来ると言えば出来るんだけど……。


 ただし、勉強は勉強の話にしかならない。


 根が真面目な吉永は、一度勉強の話しを始めたら脱線させる事なく延々と勉強の話をするんだよなー。


 ちょっとくらい横道に逸れてくれてもいいのに。


「ねえ、鹿島」


「んー?」


 だけど、そんな吉永が珍しく、別れの挨拶をした俺を呼び止めた。


「時間あるなら、ちょっと公園寄らない?」


「いいよ」


 なんで? とは聞かない。


 よくわからないけど、誘われたら了承するのが男の甲斐性らしいから。


 それに、意味もなく公園を散歩するはずがないので、吉永に何か話したい事があるのは明白だろう。


 と言う事で、黙ったまま俺の少し前を歩く吉永の後ろを、黙ったまま付いて行く事に。


 何か話したい事があるにしても、吉永のタイミングで話して貰えればそれでいい。


「ん」


「ん」


 しばらく歩くと、空いているベンチを見つけた吉永が腰掛けて、俺の方を向いて座るように促して来たので、前回公園に来た時同様にちょっとだけ距離を空けて座る。


「──でさ」


「うん」


「鹿島ってさ、サッカー上手いんでしょ?」


「うん。……うん?」


 何の話だかと思ったけど、これは……。あれか、佐々木と泉井か。


 あいつらに何か言われたのかな。


「んー、まあ、普通ぐらいじゃないか」


「でも、泉井君も佐々木も鹿島の事凄いって褒めてたよ?」

 

「え? あー。んー……。あ、ほら? 吉永もいつだったか言ってた事あったじゃん」


「私が言ってた?」


「なんだったっけ。アレだ、アレ。鹿島試合出てたんだーみたいなの言ってただろ?」


 確か、夏期講習で再会して割とすぐだったかな。


 三好の試合も見に行ってたんだけどなー、みたいな話をしていた吉永に──。


『俺も結構試合出てたから、初めて会った時も俺の顔くらいなら知ってたんじゃないの?』


『え、ホントに? 全然知らない。補欠とかじゃくて?』


『一年の時からレギュラーだったわ!』


『うそーん。て言うか、サッカー見てたって言うか、三好の応援してたって感じだったから、他の人あんま覚えてないや。サッカーもあんまり興味ないし』


『はいはい』


 ──みたいな会話をした事があったはずだ。


「ちっ、いや、あん時は全然サッカーとか知らなくて! ……今もあんまり知らないけど。だから、あ、私ってほら、三好の事しか見えて無かったって言うか。だから、そう言うんじゃないって言うか。全然悪気とかはなくて、私サッカー全然知らないから、三好見てばっかだったから──」


「いやいや、そんなに焦んなくても別に何も思ってないって、ははは!」


 うーわ……。クッソてぇ。


 それはまあ、俺は吉永が三好の事好きなのを知ってるから、今更と言えば今更なんだけど。


 改めて三好の事しか見てないとか言われると、中々にキツいもんだなー。


 今更俺に隠す必要なんて無いのに、こんな必死になって三好への想いを否定しちゃって、全く健気なことで……。


 あぶねー、致命傷で済んで良かったー。


 一回死んだから、今日は早く寝て残機を回復させよう。


 胸に走る痛みを笑顔で掻き消した俺は、慌てた様子の吉永にいつもの調子で返事をする事にした。


「──だからまあ、その居たか居ないかよくわかんない選手の一人ぐらいにはサッカーも出来た方だと思うけど、それがどうかしたか?」


 ただし、折角吉永が相談してくれたんだから、ここはちゃんと踏ん張ろう。


 そもそも、吉永を好きになる事は誰かに強制されたわけでもない。


 だから、勝ち目がないと分かった時点で諦めても良かった。


 吉永と距離を取って、他の人と仲良くなる事だって出来た。


 それでも、少しずつでも良いから吉永に振り向いて貰えるように努力しようと決めたのは、誰でもない俺自身だからな。


 折角何かの相談をしてくれるのなら、内容がなんであれ頑張ろう。

俺自身だから。まずはどんな事でも頼って貰えたことを喜ぼう

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