第41話 私はいつも自分の事ばかりで
お昼はクラス皆で集まってのバーベキューだけど、皆集まるだけで行動は班ごとになるから、あんまり意味がない。
……面白くない。
「姫野さんこれ食べるー?」
「えー! いいのー! あーん!」
口を開けて待っている冬に、藤本が恥ずかしそうにお肉を運んでいる様子を、お茶を飲みながら黙って眺める。
男子は冬の考え無しの行動にドハマリしてるけど『別にそれ、気があるとかじゃないんだよー。勘違いしちゃダメだからねー』と教えてあげたい。
いつもなら、ややこしい事にならないようにそれとなく動くんだけど、今は相手にする気力も沸かない。
「おいしー! 紅葉には私が食べさせてあげるー!」
「ん-、私はちょっとお腹いっぱいだから、冬はもっと食べていいよ。でも、野菜も食べる事。バランスよくね」
「う、うん。野菜……野菜……」
そうして、男子から貰ったお肉を嬉しそうに食べる冬を見ながら、あーはやく帰りたい、とか考えていると。
「吉永さんちょっといい?」
「え? あ、うんうん、何? 何かあった?」
隣の席に移動して来た泉井涼平が話し掛けて来た。
「えっと、遠足楽しんでるかなって。ちょっと疲れてる?」
「全然! もちろん、午後からも楽しもうね!」
「そっか、それなら良かった」
鹿島なら楽しんでない事に気が付いて、嘘つくなとか言ってくるのかな、どうかな。
眼の前で笑う泉井に笑顔を返しつつも、内心では全然笑っていなかった私だったけど、次の言葉を聞いて少し気が変わった。
「でさ、吉永さんって姫野さんと同じで、鹿島と同じ中学なんだよね?」
「え? うんうん。鹿島がどうかした?」
鹿島の名前が出るだけでちょっと喜んでしまうとか、私はチョロい女子か。
……チョロいのかもしれない。
「いやぁ……。なんて言うかさ、鹿島のヤツ誘っても全然サッカー部入ってくれなくてさ。まあ、なんか理由あんならこっちも引き下がるんだけど。でもなんか、体力の限界がーとか、持病の癪がーとか、ふざけてまともに答えてくれなくてさ」
「ああー、はいはい。サッカー」
そう言えば、入学直後の時に色々言ってたかも。
深山のサッカー部はあんまり真剣そうに見えないから入らない、みたいな事。
「そうそう、サッカーなんだけど。同じ中学ならなんか理由知ってたりしないかなって。姫野さんに聞いても全然知らないーって言われて」
「お、なになに? 遼平なんの話ししての? 姫野さんの話?」
すると、一年一組のもう一人のサッカー部員である佐々木翔が、泉井の背中にのしかかるようにして会話に加わってきた。
「ちげえよ、鹿島の話。吉永さん鹿島と同じ中学だから、なんでサッカー部入んねえのか知ってないかと思って」
「ああ、鹿島か。欲しいよなー!」
「えー! 佐々木君、鹿島君が欲しいの!」
佐々木がそんな事を言うや、離れた場所でお肉を頬張っていた冬が飛んできた。
「いやいや、そんなBL的な話じゃないから。鹿島サッカー部に欲しいなって話」
「サッカー部……。サッカー部は紅葉が詳しいよ! よく悠馬君の試合見に行ってたから!」
冬め、余計な事を……!
「お、そうなんだ? 中学の時の鹿島ってどんなだった?」
「悠馬君だよね! 凄い上手いって紅葉いっつも言ってたよー! バンバンゴール決めてカッコイイって!」
「はいはいはい。冬はあっちでお肉食べてなさいって。サッカーわからないでしょ?」
「うん! わからない!」
まあ、私も全然知らないんだけど。
「ユウマ君って、石中にそんな凄い奴いたっけ……? 翔はなんか覚えてる?」
「凄いかどうかはともかく、居たは居たって。鹿島ばっか目立ってたけど、トップに一人良い感じに動く奴はいたってか、トレセンにも来てたろ。鹿島と同じ中学だって言ってたヤツ」
「あー、そう言や何か──」
私を無視して二人で盛り上がり始めた泉井と佐々木。
そんな二人が話しているサッカーの内容は、全くもって意味不明だったけど、二人の話し振りはとても気になった。
「──鹿島って、サッカー上手かったの?」
「え? いやいやいやいや、上手いとか言う次元じゃないっしょ。あれ? 吉永さんってサッカーの試合よく見に行ってたんじゃないの? マネージャーやるかもとか言ってたから、わかるでしょ?」
私の質問がそんなに意外だったのか、こちらを見ていた泉井が目を丸くしながら口を開いた。
まるで、なんでそんな事も知らないのか、とでも言たいかのように。
「U−12まで結構名前聞いたけど、中学上がったらクラブチームやめて学校の部活に入ったんだよなー、もったいねえ」
「そんでもトレセンには参加してたし、めちゃめちゃ声掛けられてたよな。なんでクラブチーム入らないのかわかんなかったけど、学校の部活でいいならマジでうちの部に入って欲しいわ」
「だなぁ。入学して、うーわ鹿島いんじゃんとか思ってたんだけど、料理倶楽部入ってるしわけがわかんねえ」
「石中とか他のメンバー誰も覚えてないし、鹿島有りきの学校だったと思うけど、マジでなんか知らない?」
「失礼かよ涼平」
「あっ! いや! そう言う──」
やっぱり泉井達が何を言ってるのか全くわからない。
私はサッカーを見ていたのではなくて、三好を見ていただけだから。
だから、知識もそんなに無くて、三好以外の記憶も全然残ってない。
──……でも、確かに。
そう言えば、何か居た気がする。
誰か、居たような気もする。
『三好! ぼさっとしてんな、早く戻ってこい!』
い、居た! 確かに居た。
中学の頃に何度か見た試合を思い出してみると、それっぽい人物を思い出す事に成功。
ゴールを決めた直後の三好に向かって、後ろの方から偉そうな声をあげる誰か。
三好がゴール決めたのに、後ろで遊んでる奴が何を偉そうな事言ってんの、とか思っていた記憶がある。
後ろの方から三好に……と言うか、色んな人に指示を出している、偉そうな奴が居た、気がする。
でも、いつものんびりしていると言うか、落ち着いている鹿島と、今私が思い出している人物が上手く噛み合わない。
鹿島で合ってるのかな?
「あ、あのさ! 鹿島がね、三好悠馬って言う選手がエースストライカーで、サッカーが上手いって、言ってたんだけど……」
「うーん? 俺はいまいちピンと来ないけど、翔は結構覚えてるっぽい? トレセン居たとか言われても全然記憶ないわ」
「そりゃまあ、上手いか下手かで言えば上手かったと思うけど、でもアレってゲームメイクしてる鹿島が上手かっただけだしなー。鹿島いると全然思い通り動けなくて腹たったよなー!」
「わっかるわー、毎回ボッコボコにされたよな」
「あっと、ごめんごめん。そのミヨシがどうかした?」
「う、ううん。……何でも、ないよ」
私、鹿島の事何も知らないんだ。
「鹿島ってどんくらいサッカー上手かったの?」
もっと色々知りたいかも。
「え、じゃあ頑張ったらプロになれちゃう感じだったの?」
もっと、知りたい。
「わかった。今度鹿島にそれとなく聞いてみるね!」
鹿島の事を、もっと知りたい。
好きとか嫌いとか、そんな事を考えるよりも前に、私はもっと鹿島の事を知りたい。
知った方が良い気がする。
昼食後、退屈だった遠足は一転。
午後からは、私の知らない中学時代の鹿島蒼斗を知る泉井と佐々木との会話が、楽しくてたまらなかった。
鹿島の事を何一つ知らないんだなって