第40話 意味わかんないと思ってたけど
何これ、全然楽しくないんですけど。
私は何で今ここに居るんだろう。
あ、遠足だからか。
「吉永さんこっちこっち、皆で写真撮るよー」
「はいはーい! 行く行くー」
同じ班の男子から呼ばれて、みんなで集まっての記念撮影。
「やったー! いい写真撮れたよ! 紅葉ー!」
「うんうん、良い感じの撮れたね」
「いえい! いえーい!」
遠足ではしゃいでいる冬が、班の皆とハイタッチをして飛び跳ねている。
いつもは楽しそうな冬を見ているとこっちも楽しくなるんだけど、どう言う訳か今は全然面白くない。
私って、こんなんだったっけ。
あれぇ……。
なんか。なんで、だろう。なんで。
あれえ……。私こんなだったっけ。
「紅葉? ちょっと疲れた?」
「あ、ごめんごめん。全然疲れてないよ、行こ愛実!」
「オッケオッケー! いっくよー!」
今日は一年生が待ちに待った最初の学校行事で、皆で予定を決めた楽しい遠足。
……そのはずなんだけど、おかしい。全然楽しくない。
「紅葉ー! 次こっちだよー!」
「科学未来館なっつかしー、姫野さんも来た事あるんだっけ?」
「うん! 紅葉と来たよ!」
冬が歩いていて、その周りに男子が居て、心底楽しそうに笑う冬に男子が喜ぶ。
「高校生になってから来るとまたちょっと違う印象あるね」
「だねー。いつでも来れる距離にあるとあんまり来ないから、新鮮かも」
「わざわざ休日にここ遊びに行こうとはならないからね。夕花も愛実もやっぱり来たことあるんだ」
「一応あるんだけど、土日だったから混んでたなぁ」
「私もだー。平日に遠足で来れて良かったぁ。平日でも人多いけどねー」
その後ろを、愛実と夕花とおしゃべりしながらのんびり歩いている。
中学の頃からいつも大体こんな感じで、いつも通りの光景のはずなのに。
どうしよう、全然楽しくないんですけど。
学校行事で一人だけ退屈そうにしていて雰囲気ぶち壊すような生徒とか、そんなの私には無縁の話だと思っていたのに、どうしよう。
楽しんでないのバレてないかな、テンション上げないと。
「やっぱりここ予定表に入れてるグループ多いみたいだねー」
「あっちもこっちも深山の一年っぽい。ちょっと面白いかも」
夕花と愛実の話しに、笑顔を浮かべた私が相槌を打ちながら合わせる。
皆行く場所が被ってるけど、やっぱり考える事なんて大体同じなんだろうね。
発想が貧困なんじゃないかな。
──って、何考えてるんだろうか、私は。
……え、こわっ!?
今日が少しメンタルの落ちている日だとしても、こんなにネガティブになるのは良くない。
良くない。良くないんだけど──。
「あ! また鹿島君だー! やっほー!」
今日何度目かになる、鹿島の班との遭遇。
「うーっす、やっほやっほー。姫野さんとこもここ来てたんだ? 良く会うなー、つってもみんな行ける場所なんて限られてるか、あはは!」
「やっほー! 姫ちゃん!」
「ナナちゃんやっほー!」
鹿島の班と遭遇した事で、皆がそれぞれに今日何度目かになる挨拶を交わす。
「宗ちゃん楽しんでるー?」
「当然、愛実も日差し気を付けてな」
「日焼けしちゃったらどうしようって──」
服部と会えて嬉しそうに笑う愛実。
「青島」
「な、なんすか?」
「余裕あるなら自分達の班だけじゃく全体も見るようにね」
「うっす! 昼には一旦クラスで集まるもんな」
「そそ。だから一組の他の班が──」
夕花と話せて嬉しそうにしている青島。
「鹿島んとこは次何処行くんだ?」
「俺らもしばらくここ見て回るけど、そん次は──」
藤本と松下、佐々木と泉井達、うちの班の男子に一瞬で囲まれて楽しそうに話す鹿島。
「紅葉ー!」
「なーに冬」
冬と一緒に、鹿島の班の女子と話す私。
「鹿島んとこだけスタンプラリーでもやってんのかよ、あはは!」
「うるせえよ、近藤達にでも言ってくれ」
「スタンプ貯まったら何か貰えんの?」
「思い出と言う名のトロフィーが貰えるらしいぞ。欲しかったら泉井にやるわ」
冬や近藤達と話しながらも、私の意識は別の所にある。
私の意識はどうしても、男子の中心になって下らない話をして笑っている鹿島に向いてしまう。
私も、鹿島と遠足回りたかったな。そしたら、楽しかったのに。
ぱっと見、クラスで一番カッコイイわけではいと思う。
何処のクラスに行っても、まあ二番目か三番か四番かそのくらいのルックス。
もちろん、私は一番好きで、一番カッコイイと思ってるけど。
全然悪くないし格好良い方なんだけど、女子の視線はいつだって一番イケメンの男子に集中してしまうから、結果的にあんまり目立たない。
でも、いつも周りに人がいて、男子も女子もいつの間にか色んな人が話しかけている。
鹿島はそんな男子。
「──はいはい。そんじゃ、俺らはまだスタンプラリーが残ってるからまた昼にな」
たまたま合流した私と鹿島の班も、ずっと一緒にいるわけではない。
当たり前だけど、またすぐに別れてしまう。
「って事で、吉永もまた後でな。ちょっと暑いから気を付けて」
「うん、ありがと。また後でねー」
いつも通りの鹿島の笑顔を見れば、灰色だった遠足の風景が途端に色鮮やかになって、一瞬にして楽しい気持ちが溢れて来るのだから、我ながら単純と言うか……。
だけど、そんな楽しい気持ちも次の瞬間には消えてしまう。
遠ざかっていく鹿島の背中を見ると、やっぱり彼の周りにはすぐ人が集まって、青島と服部はもちろん、近藤や井伊を始めとした女子も、鹿島に向けて楽しそうに笑い掛ける。
「紅葉―?」
「はいはい、行こっか、冬!」
「うん!」
そうして、遠くに行ってしまった鹿島と彼の周囲を見た私の胸は、再び騒めき始めた。
冬とはまた別の一組の中心。
私達のクラスが、冬と鹿島を中心に回り始めているのが、わかる。
同じ中学出身だった私も、今は鹿島の周りに居る唯のクラスメイトの一人になっている気がする。
ちょっと前まで、鹿島の隣には私しかいなかったのに。
三好だって、基本あいつの周りは女子が集まってたから、好きな人の周りに女子が居る事なんて気にした事も無かったし、そんなもんだと思ってはずなんだけど。
なんか、ヤだな……。
私ってこんなんだったっけ。……たぶん、嫉妬だよね、これ。
中学の頃に冬の周りに時々いた、付き合ってるわけでも無いのに好きな男子が冬にデレデレしてるのを見て、それを見た女子が不機嫌になるのを見て、呆れていた事がある。
嫉妬で機嫌が上下する女子の事を、ずっと意味わかんないと思ってた。
だけど今は……意味、わかるかも。
鹿島の横で笑っている近藤とか井伊を見てたら、すっごい嫌な気持ちになる。
こんなの三好の時に感じた事も無かったのに、意味わかんないよ。
……今は、意味わかるかも