第35話 たった二文字の言葉が
時間は少し遡り、蒼斗が遠足についてのチャットを送った直後。
「しんっじらんないッ!」
蒼斗同様、帰宅して自室にいた紅葉は、ベッドに向かってスマホをぶん投げていた。
「鹿島の馬鹿! アホ! 何勝手に決めてんのよ! 私とは遠足一緒に行きたくないの?!」
そして、スマホを投げたのに続いて、ベッドに飛び乗った紅葉は足をバタバタと動かしながら文句を垂れ始める。
「信じらんない──……」
鹿島も、青島も、服部も、あいつらはモテる。
冬が一緒のグループにならないと知れば、絶対に女子が群がる。
そんなの目に見えてる。
校内ヒエラルキー、所謂スクールカースト。
カーストと言う言葉は言い換えた方が良いと言う事らしいから、今では校内ヒエラルキー、学内ヒエラルキーと呼ばれる学校内における生徒間の序列。
私自身この言葉も発想も下らないとは思う。
思うけど、私が否定したって大人が否定したって、誰がなんと言おうとこの価値観は存在するのだから仕方ない。
そう言うのが嫌いだから皆と仲良くしているんだけど、それでもやっぱり人には性分がある。
だから、高校生になった今は、それを理解した上で行動するようにもなったわけだけど──。
「……」
壁に飾ってあるフォトフレームに目をやれば、私と冬のツーショット写真が何枚も飾られていて、それを見た私は軽く溜息を吐き出した。
深山高校一年一組は、誰の目から見ても間違いなく、姫野冬華を中心に回っている。
姫野冬華を頂点にしたヒエラルキーが構築されている。
可愛くて純粋、男女別け隔てなく、上下関係なく、話したい人と話してその会話を120%以上盛り上げる。
冬は皆と仲良くしたいと思っていて、皆も冬と仲良くなりたいと思っているから、中心になるのも当然なのだと思う。
冬の写真から目を逸らした私は、今度はスマホを操作すると中間前の勉強会で撮った写真を見て、ベッドの上をゴロゴロと転がる。
私と鹿島が一緒に映っている数少ない写真を見ると、思わず頬が緩む。
だけど、もちろん、喜んでばかりもいられない。
「ん-……」
ぱっと見クラスで一番イケメンの青島も、その次に目立つ鹿島と服部も、普段は三人で固まってゲラゲラと笑っているだけで、殆ど男子としか絡んでいない。
だけど、いざ女子と絡むとなればその相手は私達──姫野冬華のグループと行動をする事が多い。
一組男子のTOP3は間違いなく鹿島達。
女子が話す内容もあいつらの事ばっっっかし!
冬と青島の進捗とか、私と鹿島が付き合ってるのかー? と言う質問から始まって、彼女はいるのか、好きな人がいるのか、昔どんな人と付き合っていたのかー、好みはー、って。
知らないわよ、私が聞きたいっての。
青島は女子と話す時の内容次第でちょっと照れる時があって、あの顔で照れてるのが可愛くて人気あるみたいだし。
鹿島と服部は基本ずっと落ち着いてるけど、いざ口を開いたら面白いから、話し始めたらすっごく盛り上がるから普通に人気だし。……私も、鹿島と話すの楽しいし。
て言うか、なんで鹿島モテてるんだろう。
私とだけ、話してくれたらいいのに……。
「はぁ……。既読付けたから返信しなきゃ……」
鹿島と一緒にバーベキューしたり、散歩したかった。
わかんないけど、遠足だから手を繋いだり出来たかもなのに。
その為に中間も頑張ってたのに。
『いいんじゃない? こっちはこっちで相手探すから、次の遠足は別々って事で』
遠足が急に面倒臭く感じてきた。
そもそも遠足ってなに? 高校生なんですけど。
て言うか行った事ある場所だし。
冬が押した“ラベちゃん”が驚いているスタンプを見ながら、帰宅して着替えも済ませていない私はベッドにうつ伏せに寝転んだまま、もう一度溜息を吐く。
冬がいる教室では勝てない勝負を捨てる女子がいる。
クラスで一番人気の男子を狙っても意味がないから、その一個下とか二個下とか、そもそもクラスの男子は捨てて他のクラスの相手をしにいったり。
まあ当然と言えば当然と言うか、クラスに居る男子の殆どが冬とあわよくばを狙っているとすれば、選ばれるのは一番人気の男子になるだろうしね。
ただ、そんなつもりの無い冬は誰に告白されても、絶対に誰とも付き合わない。
だから、次々に告白しては振られていく男子を見る度に、女子は冬を警戒してあまり動けなくなるし……。
何も考えてない冬は、周囲の環境が変化する度に泣きそうになるし……。
結局、冬の居るクラスで成立するカップルはあんまり目立たないと言うか、言い方は悪いけど、校内ヒエラルキーの中間くらいの男女ばかり。
冬に振り回されないで、自分の好きを貫き通した人達しか付き合わないと言う意味では、堅実で真面目なカップルの成立に一役買っている冬にも、功績がないと言えなくもないけど──。
「──馬鹿、アホ、馬鹿、アホ」
中間が終われば頑張ったご褒美に遠足があって、鹿島と楽しく遊べるはずだったのに。
その為に頑張って勉強した。
『中間の順位凄いな、吉永!』とか。『頭良い人が好きなんだ、紅葉』とか。
言わないだろうけど、もしかしたらそんな事を言ってくれないかなとか、思ったり思わなかったり……。はぁ……。
目の前にぶら下がっていたご褒美が唐突に消えた事で、何にも力が入らなくなった私はベッドの上から動けず。
しばらくの間、スマホの中にある先日の勉強会で撮った鹿島の写真をボーっと見た。
どのくらいの時間が経ったのかはわからないけど、その間考えるのはやっぱり鹿島のことばかり。
「──……好き、って」
言っても、いいのかな。
言えないけど、言ってみたい。
初恋をまだ経験していなくて、告白した私の事を羨ましいと言っていた鹿島。
『好きな人に振られて涙も流さないような恋愛なんてクソ食らえって事だな』
この気持ちは。
『それは恋愛じゃなくて恋愛ごっこだろ』
鹿島への想いは。
『吉永さんはきっと良い恋愛をしたんじゃないかなって思うよ』
この恋は、鹿島の瞳には真剣なものとして映ってくれるのかな。
三好に振られて半年もしないで鹿島の事が気になって。
それで一年もしないで、今度は鹿島の事が好きになったと言ったら……。
何て、思うのかな。
それは恋愛ごっこだろ、って……言われちゃうのかな。
今はとても遠くて、どうしても口から出て来てくれない




