第31話 学生の本分は勉強だから
ゴールデンウィークが明ける頃には、外で活動する運動部員はがっつり日焼けしている。
サッカーをしていた頃は俺もそんな感じだったのでよくわかるが、教室を見渡すとあまりにもくっきりしていたので、ちょっと面白かった。
しかし今は、そんな日焼けしている人もしない人も関係なく。
誰も彼もが机に向かって熱心に教科書を見たりノートを見たり、学校支給のタブレットを見たり、喋っている生徒の話題も授業内容についてだったりと、教室には勉強の空気だけが流れている。
要は、高校生活最初のテスト期間に突入したわけだ。
「いよいよ高校最初の中間ですが、意気込みをお聞きしても宜しいでしょうか、青島康太選手」
「やめろやめろ、今は取材禁止だ。覚えた内容が飛んだらどうすんだよ。蒼斗も遊んでないで教科書に目くらい通しとけよ」
「……そうします」
普段ならノリノリで返してくれる青島も、中間テスト目前ともなると余裕が無くなるようで、犬でも追い払うかのように“しっしっ”と手を振られて終わってしまった。
全員が全員青島みたいに鬼気迫る程ではないにせよ、やはり都内でも五本の指だか十本の指だかに入る進学校と言うだけあって、皆の勉強に対するモチベーションは非常に高い。
色々なタイプの子供が集結する闇鍋のような中学と違って、高校では同じような学力の──少なくとも、入学時点では似通った学力を持った者が集まる。
深山高校に通う生徒は皆一様に、勉強のやり方を知っている。
そんな訳で、俺はまだ利用した事が無いので知らないけど、新校舎の自習室は常日頃から満席になる程に大盛況らしい。
更に、自習室は上級生が優先なので、一年生とあぶれた二年生は、放課後になると自習室周辺の教室や廊下で黙々と勉強をしているとか。
斯く言う俺も、自習室を使ってみたいと思っている。
だけど、上級生優先で予約が取れない自習室では意味がないと言う事で、普通に家で勉強をしているのが現状。
最初の中間で躓けば以降はずっと躓く可能性もあるので、田邊や吉永の前では口に出来なかったけど、高校に入ってからずっと、俺も成績上位を狙って真剣に勉強をしてきた。
進学校に入っておいていい加減な勉強をする以上に人生の無駄は無いと思うので、やるからには全力だ。
とは言え、最初の中間が終わるまでは自分がどの位置にいるのかがまるで見えてこないので、皆その事が不安なのだろう。俺だって不安だし……。
だから、教科書にかじりつくように目を通している人達が多いのも仕方ない。
テスト一週間前に入れば部活動が休止となるから、普段運動部に勤しんでいる生徒は有り余ったエネルギーと集中力を勉強に注ぎこむ。
深山を含めた都立上位校の運動部は、運動部だからと言って勉強が出来ないなんて奴は居ない。
寧ろ文武両道を地で行く奴の方が、良い頭を持っていると思う。
そんな訳で、青島から視線を外して机に向かった俺も、鞄からノートを取り出して、目を通していく事に。
テスト前に復習するべきなのは教科書ではなくノート、自分の為にまとめたノート以上に自分の頭に入りやすい教材などこの世に存在しない。
大丈夫、必要な事は先生が全て授業で言っている。
深山の教師が言う事に無駄はあっても、取りこぼして良い情報は一つもない。
「──それでは。時間になりましたので、皆さん席についてください」
深山高校一年。最初の中間テストが始まった。
◇
一日目のテストが終わると、どっと疲れる。
だが、テストは一日では終わらないので気を緩めてはいけない。
尤も、個人的にはテストは全然嫌いじゃないので、そこまでの疲労は感じていなかったりもする。
そんな、テストなんてどんどんやってくれても良いと思っているタイプの俺だけど、それは中学の時に良い点数を取れていたからに過ぎないと思う。
それに、中一とか中二の初め頃までは俺も点数はよくなかったから、その頃はあんまりテストが好きじゃなかった記憶もあるわけで……。
だから、今回の点数次第では、この先テストが憂鬱に感じるようになる可能性もある。
それはどうしても回避したい。
「とりあえず一日目お疲れー」
「おつおつー」
「おーつ」
帰る前に軽く青島と服部と反省会。
吉永や田邊にも話を聞きたい所だけど、才媛二人はクラスメイトに囲まれているのでまた今度と言う事で。
「二人共手ごたえはどうだった?」
「うーん、解けてるとは思うんだけど……。ケアレスミスがどのくらいあるか。問題が思ってたより難しくて、見直しに時間取れなかった」
「俺も康太と同じ感じ。難しいって言うか、予想より全然細かかったわ」
「あー、それは思ったわ。社会に関しては教科書丸暗記で正解だったな。正直、これ覚える必要あんのかって所から普通に出て来たよな」
「ああ、あったあった! 勉強会の時に蒼斗に言われてなかったらあんな所読んでなかったわ」
「いや、正直俺も読む必要無いと思ってたから冗談で言ってたんだけど、普通に出て来てビビったわ。とりあえず、深山のテストはかなり意地が悪いってのがわかっただけでも一日目は良かったかも」
テスト範囲の教科書は基本的に丸暗記しているけど、マニアックな問題をぶっこんで来るのはどうかと思うわ。
受験する大学によってはそう言う問題を用意して来る所もある、って事なんだろうけどさぁ……。
「大丈夫か、康太」
「ああ。大丈夫だ」
俺と服部の会話を聞いていた青島が神妙な面持ちで聞いているけど、大丈夫だろうか。
青島だって同年代基準で言えば、十分に勉強が出来るはずなんだけど……。
勉強が出来る部類のはずなんだけど、今は中学までと違って、学力が拮抗している人間が一斉にスタートをしているわけだからな。
青島には、その中でも良いスタートダッシュを切って波に乗って欲しい。
そして俺も良いスタートを切りたい。
「心配すんなって、康太。まだ一日目だから、帰ったら明日の教科の復習徹底な。余裕があれば明後日以降のも」
「うっす!」
「蒼斗は自信ありか?」
「自信は……どうかな。俺もケアレスミスはありそうだけど、問題は全部理解出来たかな」
「マジかぁぁ」
ぐわんぐわん揺れている青島には悪いが、俺が出来たと思っていると言う事は、他にも出来たと思っている人間は何人も居ると言う事だ。
少なくとも、このクラスでは吉永と田邊は出来ているだろう。
入試直後の課題テストはそこまでやる気がなかったとは言え、俺より点数が良かった人達は全員、今の俺と同じくらいには出来たと思っていいはず。
そうなると気になって来るのは、やっぱり学年順位だろう。
せめて半分以上。出来れば上位五十から百くらいに入っていれば、康太も自信が付くと思うんだけど……。
こればっかりはテストが終わるまでわからないからなー。
俺だって自分が何位くらいなのか全くわからないから、不安なのは一緒だし。
だけど、父が亡くなった直後の中間テストはガッタガタだったから、メンタルの維持が勉強に必要不可欠だと言う事は、身をもって知っている。
と言う事で、テスト期間中に勉強以外の事に気を取られたり、やる気が低下するのが一番まずいから、青島もどうにか切り替えて欲しいものだ。
好きな人の事だけを考えていれば良いわけではない