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第30話 10分の1の気持ちと、満点の笑顔


 勉強会二日目にしてゴールデンウィークの最終日。


 再び姫野の家に集まった俺達は朝から黙々と勉強をして、夕方には切り上げた。


 元気よく手を振って見送る姫野に別れを告げれば、駅へ向かう青島達と自宅へ向かう俺と吉永の二組に分かれるのは自然の流れ。


 ほんの少しの時間だとしても吉永と二人きりになれる貴重な時間に、内心飛び上がって喜びながらも平常心を保つ。


 だから、二人きりになった今、朝からずっと気になっていた疑問を口にする事にした。


「なあ、吉永」


「んー」


「なんか元気なくない? 今日調子悪い?」


 何となく元気が無いような気がしていたものの、勉強が始まれば集中していた事もあって、皆の前では聞けなかった言葉。


 それを口にする事にした。


「んー? 元気だよー? どうしたの?」


「やっぱりなー。全然元気ないじゃん」


 本当に元気なら軽口の一つでも返って来る。


 吉永がそう言う性格だって事は、流石にもう知っている。


「いやいや、元気だから」


「いいや元気じゃないね」


「え……。なんか鹿島がめんどくさいんですけど……」


 と言う事で、トボトボ歩く吉永の横を歩いていた俺は、少しだけ彼女の前に移動した。


「そう言うなって。って事で、もし今から時間あったらそこの公園行かない?」


「いい……けど、家帰って荷物置いて来てからでもいい?」


「それもいいけど、そんな長い事いるわけじゃないって。ちょっと久々に行きたくなったなーってだけだから」


 駅前にある大きな公園。


 二つの池を中心にした公園で、アスレチック広場や野球場やテニスコート、城跡なんかもある自然が多く残る、この辺ではちょっと大きな公園。


 今の吉永をこのまま帰すのが嫌だった俺は、昨夜青島と服部と話した事で少し気合でも入ったのか、思い切って一歩踏み出してみようと決めた。


「いやー、久々に来たわ!」


「この辺の校区なら絶対ここ遠足で来るんだってね」


「きたきた! 普段から来てるから全然遠足感ないアレな」


「らしいね。私は小学校この辺じゃなかったんだけど、家はこの辺だしね。小学生の頃に時々来てたから懐かしいなー」


 池の周りをのんびり歩いて、その辺に生えている花を見ながらの散歩。


 ゴールデンウィーク最終日だからか、普段から多い来園者がさらに多い気がする。


 そんな公園を吉永と二人でだらだら喋りながら歩いた。


 しかし、大きいと公園と言っても、一周するのに三十分もあれば十分なくらいで、散歩していればすぐに終わってしまうような公園だ。


 何処かで本題に入らなければならない。 


「なあ、吉永」


「うん? なに、改まって」


 なので、ようやく空いているベンチを見つけた俺は、吉永と少し距離を開けて座って、のんびりと池を眺めるながら少しずつ話す事にした。


「俺さ。去年ってか、中三始まってすぐくらいに父さんが亡くなってさ」


「……うん」


「それが中々に大変だったんだけど……。でも、それも、受験勉強頑張ってたらもう一年も経っちゃってた感じで。あれ? なんだ? 何の話ししてるんだ?」


「え? いや、私に聞かれても」


 俺が話したいのはこの話ではないし、言いたい言葉はこんな事じゃないたろうが。


 折角呼び止めたんだから、言いたい事はしっかり言おう。しっかりしろ、俺。


「まあまあまあ、そうだよな。そんな事言われても意味不明だよな。でも、一個言える事もあるって言うか。吉永にはちゃんと言っとかないとなって事もあってさ」


「う、うん。……なに?」


 俺の緊張が伝播したのか、何処となく吉永まで緊張し始めたような気がするけど、自分の事で精一杯過ぎてよくわからない。


「父さんが居なくって結構辛かったってか……。まあ、ちょっと参ってた事もあったと思うんだけど。でも、吉永と会ってからは、何て言うか、まあ、なんだ、結構楽しかったって言うか。大変な事も忘れてたって言うか」


 告白に失敗して大声をあげて泣く女子との出会いは、短い俺の人生の中でも中々に衝撃的な出来事だったと思う。


 不安とか焦燥とか諦めとか、悲しいとか寂しいとか。


 そんな事が全部頭からふっ飛ぶくらいに衝撃的だった。


 同い年の告白場面に遭遇してしまった事も。


 部室で泣いている場面に遭遇してしまった事も。


 元気付けようとして余計に泣かせてしまった事も。


 吉永には悪いけど、俺にとっては良い出会いだったと思っている。


「う、ん。……そ、それで?」


 小っ恥ずかしい事を言っている自覚はあるのだが、こっちが真剣に話せば、それを茶化す事なく聞いてくれる吉永は、やはり優しい子だと思う。


「そ、それで? いや、だから、わかんないんだけど、なんて言うか──」


 吉永にとっての俺は、元気がない時に悩み事を相談するような相手でもなくて、今はその程度の相手でしかないのだと思う。


 だけど、今はそれでもいい。


 仮に相談されたとして、その悩み事が三好関係だったりすれば、死ぬ程悲しい気持ちになる事もわかっているけど、別にそれでもいい。


「──だからさ、落ち込んでたり、元気がない吉永は見たくないって言うか。まあ、俺じゃ何も出来ないんだろうけど、吉永にはいつも元気で居て欲しいからさ。落ち込んでるなら、元気出して欲しい………的な」


 それでも、元気がない時に相談してくれる程度の男には、なりたいとは思っている。


 まずは吉永に頼って貰える男を目指したい。


「……うん」


「──だから、何かあれば相談に乗るから元気だして欲しいって事が言いたかっただけです! 以上! 解散! また明日学校で! 元気だせよな!」


「うん。うん? え? え? ちょ、ちょっ、待っ、待って待って!」


 クッソ恥ずかしい! 今絶対耳まで赤い!


「え? お、終わり? 話終わり? ね、鹿島!」


 鞄を持って逃げるように立ち上がった俺の後ろを、慌てて立ち上がった吉永が追い駆けて来ているのがわかる。


 出来れば、今は追い駆けて来ないで欲しい。


 顔も見ないで欲しい。


「終わり終わりー。何か困ってる事があれば相談してくれよなーって事で」


「するよ! するけど、ちょっ、待ってよ」


 吉永は今どんな顔をしているのだろうか。


「俺らってもう、ただ同じ中学の、ただ同じ高校入っただけの、ただ知り合いって感じでもないだろ」


「そ、そうだよ! ちょ、待って、歩くの早いから」


「だから、これからも仲良くしたいから、なんかあれば姫野さんだけじゃなくて俺にも言えよな。そんじゃ!」


 俺の気持ちの10分の1くらいは、吉永に届いてくれただろうか。


 公園の中、顔を真っ赤にした男子の後ろを、同じく顔を赤くした女子が追い掛けた。


 ◇


 勉強会が終わると少し寂しくなってしまった。


 久し振りに紅葉がお泊りに来てくれて、アミちゃんも夕花ちゃんも来てくれた。


「冬ー、お片付け手伝いなさーい」


「手伝うー!」


 クッションを胸に抱えてソファーの上で寝転がってテレビを見ていると、ママに呼ばれてしまった。失敗失敗。


「勉強は頑張った?」


「うんー、紅葉が沢山教えてくれたよー」


「もう、また紅葉ちゃんに迷惑掛けたんでしょう? あの子には本当に頭が上がらないわよ」


「でも、今日は鹿島君も勉強教えてくれたよー」


「じゃあ、明日学校に行ったら鹿島君にもお礼言っておきなさいよ?」


「うんー」


 昨日は紅葉が教えてくれたけど、今日は何でかあんまり教えてくれなくて……その代わりに鹿島君が教えてくれた。


 紅葉と同じくらいわかり易くて、教えてくれる時の集中した横顔も、なんだか紅葉に似ていた気がする。


 紅葉と同じような。なんだか、なんか、懐かしいような空気がする。


 それに、青島君も服部君も、なんて言うか、優しかった。


 他の男の子と違って、三人とも教室では全然話し掛けてくれないから、嫌われてるのかと思ってたけど、そうじゃないとわかった。安心安心。


「高校は楽しい?」


「うん! 紅葉が同じクラスだから、凄く楽しい!」


「そう、紅葉ちゃんの事はずっと大切にするのよ」


 料理倶楽部に入ってからは、ママの横で台所に立つ事も増えた。


 まだ洗い物とか皮剥きくらいしかさせて貰えないけど、今は少しずつ料理スキルを高めて、いつか紅葉に驚いて貰おうと思っている。


「あ、そうそう」


「なになにー?」


「男の子の友達なんて久しぶりに連れてきたから、冬もそろそろ気になる子でも出来たのかなって。なんてね、ふふふ、まだかしらね」


「うん、出来たよー」


「そっかまだ──え? え、ホ、ホントに?」


 そんなに驚かなくてもいいのに。


「ふっふっふ。私も女子高生だからね! 大人になったのよ、ママ!」


「そっかそっかー。そうね、もう高校生だもんねー」


 嬉しそうに笑うママを見ると私まで嬉しくなっちゃう。


「勉強会に来てた子? あ、さっき話してた鹿島君?」


「そだよー。鹿島君ね、面白いし、料理倶楽部も同じで、紅葉みたいに優しいんだよー」


「そっかそっか。仲良くなれると良いわね」


「うん!」


 好きと言う気持ちはまだわからないけど、気になる人ならわかるようになって来たのかもしれない。


 よくわからないけど!


 姫野冬華は百点満点の笑顔を浮かべた。

よくわからないけど

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