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第3話 たとえば、それは──


 夏期講習の昼休み。


 どちらが誘うでもなく、近くにある自販機まで移動した俺と吉永は、パックジュースを飲みながら駄弁っていた。


「まさかこんな所で遭遇するとは。どうせ夏期講習受けるならもっと有名な塾に行けばいいのに。ここ少し遠くないか。後、ボロいし」


「それは私の台詞でもあるんですけど? て言うか、私は特進クラスなんだけど、鹿島君クラス間違えてない?」


「ナチュラルに失礼過ぎないか」


「いっ、いや、だってさ、鹿島君運動部だから。ずっと部活してたんでしょ?」


「運動部が全員馬鹿とか思ってる? てか、それ言ったら三好みよしだって──あー、いや、悪い、失言した」


 つい先日、吉永が告白した三好悠馬だって、もう引退したとは言っても中一からサッカー部でバリバリに頑張っていた。


 だから、そんな事を言っていたら三好だって馬鹿って事になっちゃうじゃん、と思っただけで他意は無い。


 だけど、どう考えても口にする名前を間違えている事に気付いて、慌てて謝罪をした。


「あ、いやいや。こっちも運動部がどうのって失言だった、ごめん。……て言うか、そんなに気なんて遣う必要ないって言うか。実際、悠馬──って言うか、三好普通に勉強いまいちだしね、ふふふ」


 そんな俺の謝罪に返って来たのは、三好に対する身も蓋もない吉永の言葉。


 引きずるよりはずっといいけど、話題に出せる程に元気でも無いだろうに。


 楽しそうに笑う吉永を見て、そんな事を考えながらも会話は続いた。


「まあなー、でも、三好はサッカーで推薦貰ってるくらいには上手いから。勉強なんて程々でいいんだって」


「あ、そんな事言ってた言ってたー。だから私も同じとこ受けようかなーって思ってたんだけど──まあ、アレでしょ?」


「……まあ、アレか」


 振られた相手に合わせてわざわざ同じ高校に行くなんて、修行僧でも無ければ中々にこなせないハードメニューだろう。


「だから、勉強頑張って違う所にしよっかなーって」


「ちなみに何処狙ってるんだ」


「私? 都立なら何処でもいいんだけど、でも“深山みやま”かなーって思ってる」


「おおー、俺も深山だから受かったら宜しくな」


「え? 鹿島君ってそんなに頭良いの?」


「失礼過ぎません?」


「あ! ごめんごめん、そう言う意味じゃないって言うか。あはは」


 あははじゃないんだけど。


「だ、だってほら、三好は勉強そんなにだし。サッカー部ってそんな感じなのかなーとか思って」


「人によるだろ、そんなの。──だけどいいのか、そんな事に言って」


「ん? 何が?」


「俺が深山に受かって吉永さんが落ちる事だってあり得るだろ?」


「まあねえ。私だけ受かって鹿島君が落ちる事だって考えられるわけだしね」


「そんで、二人共落ちるんだよなぁー」


「縁起わるっ! この話やめやめ!」


 そう言うと、パックジュースに刺したストローをくわえていた吉永が楽しそうに笑ったので、思わず俺も笑ってしまった。


 少なくとも二学期までは会う事も無いだろうと思っていた俺達は、学校から離れたボロい塾の夏期講習で偶然の再会。


 喋ったり喋らなかったりする日は緩やかに過ぎて行って、どうでも良い話を交える間に一瞬で七月が終わり。


 八月に入ってあっと言う間に夏休みが終わる頃にもなれば、俺も吉永もすっかり受験モードに突入していた。


「模試どうだった?」


「俺はA判定。そっちは?」


「うっ……。B判定」


「あー、そうか、Bか。まあ、心配するなって。違う高校に行っても、吉永さんの事は忘れないから」


「その心配はしてないけど、次は私もAだから」


「ま、冗談はさておきさ。こないだの模試の時、吉永さん体調悪そうだったもんな。その辺気を付ければ吉永さんなら余裕だって」


「そうかな?」


「そうそう。知らないけどたぶん行けるって」


「無責任っ!」


 そんな感じで、気が付けば夏休みも終了。


 二学期が始まっても、同じ塾に通う事になった俺達の関係はのらりくらりと続いた。


 学校では違うクラスと言う事もあって殆ど話す事はないものの、すれ違う時には挨拶をするようになって、時々出くわしたら二言三言は言葉を交わす、そんな関係。


 二学期が終わって三学期が始まっても大体そんな感じで、なんとなく始まった俺と吉永の付き合いは卒業式の日まで緩やかに続いて──あっと言う間に、中学の卒業式になった。


「結局うちの中学からは三人かー。いやー、吉永は落ちると思ったんだけどなー」


「ひっど! 受験前は大丈夫大丈夫とか、絶対いけるとか言って応援してくれた癖に」


「冗談だって、あはは! てか、そんな事より俺は高校で友達が出来るかどうかどうかの方が心配かも」


「私は“ふゆ”と一緒だからいいけど、深山みやま行く男子、うちの学校じゃ鹿島だけだもんね。可哀想ー」


「可哀想とか言うなよ。本当に可哀想みたいだろ」


「えー、可哀相―。可哀想だから鹿島が寂しそうにしてたら構ってあげてもいいよー、あはは」


 遊びに行く事もなくて、勉強の話ばっかりの付き合い。


 特別に仲が良いわけではないが、だからと言って仲が悪いわけでも無い。


 だけど、中学を卒業する頃には、俺と吉永はお互いに名字を呼び捨てにするくらいの関係にはなっていた。


「紅葉ー! やっと見つけたー! 先生探してたよー!」


「ごめーん、鹿島に雑用頼まれちゃってー」


「あ、鹿島君もおはようー! 同じ高校楽しみだね!」


「おはよう、姫野さん。こっちの用事は済んだから、吉永の事ならどうぞどうぞ。何処へなりとも好きな所に連れて行って下さい」


「言い方ムカツクー、っと。じゃあ、私もう行くから鹿島も卒業式に遅れるとかダサい事しないようにね」


「言われなくても俺ももう行くって」


 話が終わった所で最後に部室棟を見上げれば、吉永の後ろを追い掛けるように俺も自分の教室に向かう。


 結局、告白に失敗して泣いている女子に遭遇してしまった時に、なんと声を掛けるのが正解なのか。


 半年以上が経った今考えても、その答えはさっぱりわからないままだ。


 だけど、とりあえずわかる事もある。


 たとえばそれは、告白に失敗して涙を流していた女子が卒業式の今日、俺の視線の先で楽しそうに走っている事とか。


 たとえばそれは──。


 少し前で楽しそうに走っている彼女に。


 いつも元気で前向きな吉永に。


 生まれて初めての恋をしてしまった事とか。

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