第29話 その言葉は重たくて
そして当然ながら、姫野宅にてパジャマパーティーを開催していた女子も、男子同様会話に花を咲かせていた。
お気に入りの服についての話だったり、どの化粧品を使っていて服は何処で買っているか等々。
学校でする話の延長線にある、いつも通りの会話。
とは言え、中高生のガールズトークの華と言えばやはり色恋。
その内容は男子が話す内容よりも濃く、遠慮が無い。
「──で? 愛実って服部とヤッたの?」
話し疲れたと言う事で、明日に備えてそろそろ寝ようと言った矢先。
別々のお布団でくるまっている四人の仲良し女子の内の一人、真面目な委員長に思われがちな田邊夕花が口を開いた。
「ちょ、夕花?!」
「やったー?」
しかし、唐突なぶっこみに慌てたのは吉永だけ。
健康優良児の姫野は睡魔で重くなった瞼を擦りながら首を傾げて、篠原はニヤニヤしているのみ。
「ふふふ……。受験終わってから、春休みにねー」
「え! ど、どうだった? どうだった?!」
「やっぱりねー、だと思ってた」
それに、吉永が慌てたのも一瞬で、篠原が話に乗るや否や全力で食いついた。
吉永、篠原、田邊は眠そうにしている姫野を放置して、三人で会話を続ける。
「宗ちゃんお家がああだから、そう言うのちょっと固くてねー。それとなく誘っても、責任取れる年齢になるまでそう言うのは無しにしようって話しててさぁ……。でも、責任取れる年齢とか言われても、そんなのかなり先でしょ? 大事にしてくれてるのはホント嬉しいんだけど、中学高校の間なにもないって言うのはちょっと、ヤじゃん?」
「うんうん! それでそれで?」
「はー、やっぱその辺しっかりしてるんだ、服部」
「そう言うしっかりしたとこ良いなって思うよ? 思うけど、そんな事言ったって、好きな人に触って欲しいとか全然あるじゃん。こっちは幼稚園より前から一緒にいるんだから、もう十分待ってるって言うか……」
「うんうん!」
「わかる」
「だから、私達結婚するんだからーって線で話して押しまくったら、そしたら一生大事にするから、って。……私も宗ちゃんも初めてだからヤバかったけど、今はもうバッチリよ!」
照れながらも嬉しそうな、自分達よりも少し先を行く篠原の表情を見た吉永と田邊は、キャーキャーと声を上げながら興味津々に話を聞いた。
「ねえねえ、何の話してるのー? 紅葉ー」
時々おねむな姫野が声を掛けてくるも、それどころではない三人は盛り上がる。
男子の評判は善悪関係なく瞬く間に女子ネットワークに流れる。
無論、彼氏の情報も彼女を通して、仲の良い友達に筒抜けになる事は多々あるわけで……。
初体験の話を詳らかに語り始めた篠原と、それを聞く吉永と田邊。
と言う事で、遠回しな表現の多かった前半と違って、生々しい言葉が増えた後半の話を聞いた事で、眠かった姫野も漸く何の話をしているのか気付いたらしい。
今まで紅葉がシャットダウンしていた話も、高校に入った今は垂れ流されるようになって、嫌でも耳にする事が増えた男女のそう言ったお話。
とは言え、聞いた所でやはりよくわからず。
知識以上の想像が全く追い付いていない姫野は、布団から顔を出して黙ったままだった。
「ふふふ、冬華は本当にこう言うのホントに興味なさそうね。正直、ちょっと演技かと思ってた所あった。ごめんね」
「ごめんごめん。姫ちゃんに聞かせるのは早かったかな?」
「冬はこれからだよねー」
一人ぽつんと退屈そうに話を聞いている姫野は、田邊と篠原が自分のついていけない話で紅葉と仲良く話している事が詰まらなかった。
だから、頑張って話について行こうと口を開く事にした、それだけの話。
「早く無いよ! 私も高校生だから、頑張るから!」
「こう言うのは無理しなくていいんだって。焦らない焦らない」
「だね、冬は冬のペースで行こうね」
「でも、折角本人が頑張るって言ってるんだから、いいんじゃない? 高校生になったんだから、姫ちゃんだって気になる人の一人くらい出来たかもだよね?」
姫野を遠ざけようとした田邊と吉永だったが、篠原の言葉も最もだと頷いた。
好きな人が出来てからそう言う話に興味を持つ事もあれば、こう言う話に興味を持ってから色々考えるようになって、異性を意識するようになる事もある。
どのような切欠で恋や異性を意識するようになるか、それは誰にもわからない。
「じゃあさ、冬華は誰か気になってる男子っている?」
「き、気になってる?」
気になっているとはなんだろうか。
多分好きな人の事を聞かれている事は間違いないが、そんな男子が居るはずもない姫野は田邊の質問に迷う。
「この人面白いなーとか、この人ともっと一緒に遊びたいなーとか、カッコイイなーってのもいいね。今までもっと仲良くなりたいなーって思った事ある人とかいなかった?」
「冬の周りに誰かそんな人居る?」
たいした意味のない質問。
好きとか嫌い以前に、未だに男子を異性として認識しているかどうかも怪しい姫野冬華に、気になる人を聞いた所で意味はない。
でも、頑張ろうとしているから一応聞いてみただけ。
篠原にも田邊にも、もちろん吉永紅葉にも、その質問に深い意味はなかった。
「あ! それなら鹿島君だよ!」
いつ話し掛けても落ち着いた言葉が返って来る面白い人で、もっと一緒に料理倶楽部で遊びたくて、紅葉によく似たカッコイイ人。
好きな人でも気になる人でもない。
姫野冬華はただ該当する男子の名前を言っただけ。
「そっかそっかー。シマっちかー、カッコいいもんねー、おーヨシヨシー」
「まあ、そうだよね。冬華が仲良いって言えば、一組なら青島か鹿島君くらいしか居ないもんね」
「あ、でもでも、好きな人ならちょっとはわかるよ! 小学生の頃にね──」
「小学生の頃って姫ちゃんは可愛いなぁ。ヨシヨシー」
愛玩動物でも相手にするように、頑張って答えた姫野をあやす篠原と田邊だったが……。
「そ……っかー! そっかー!」
姫野の何気ない言葉を聞いた吉永は、まるで心臓にナイフを突き立てられたような鋭利な痛みを感じていた。
紅葉とて、姫野の言葉に何の意味も無い事はわかっている。
とりあえず近くにいる男子の名前を挙げただけ。
姫野が異性として鹿島を好きじゃない事なんてわかりきっているのに、彼女の口から彼の名前が出ただけで吉永紅葉の全身は、一瞬にして強張ってしまった。
「そう言う紅葉は誰誰? 何となくわかるけどね、ふふふ」
だからだろうか、姫野冬華の言葉を聞く前なら答えられたはずの篠原の質問に、紅葉の口は思うようには動かなくなってしまった。
「私、は……。まあ、なんて言うか、中三の時に色々あって……。今はなんだろうね、充填中みたいな感じかなあ……。あはは」
「色々かー」
「まあ、だよねー。中学でも色々あるよねー」
「色々? 紅葉、何かあったの?」
「こらこら、姫ちゃんもそう言うのは突っ込まないの」
どうにか笑顔を取り繕った吉永紅葉は、その後、あまりしゃべる事はなかった。
私の口は思うように動かなくなってしまった