第27話 せめて後悔しない為に
姫野が家族と住んでいるタワマンに到着した俺達は、吉永の案内に従っているうちに部屋に到着。
何となく高い家なんだろうなーと言う印象は持っていたけどそのくらいで、姫野が何処に住んでいようがどうでもいいと思ってる。その気持ちは今も変わらない。
「はいここー」
とは言え、まさか最上階に住んでいるとは思ってなかったけどな。
しかも、この家は姫野が吉永と同じ公立中学に通う為だけに買ったとの事で、元々の家は中央区にあるらしい。
金持ちめ。
「やったー! 皆本当に来てくれたんだー!」
吉永が開いたドアから中に入ると、ドタドタと走って来た姫野が飛び跳ねながら歓迎の言葉を口にした。
「それは来るでしょ、私が迎えに行ったんだから」
「いらっしゃーい!」
そして、飛び跳ねる勢いそのままに、俺や青島に飛び付こうとして来た姫野は、ギリギリの所で吉永に捕まると大人しくなった。
吉永に捕まって万歳をするように腕を持ち上げられた姫野は、腕を下ろしながら少しずつ冷静さを取り戻すものの、依然として元気が有り余っている様子。
「お邪魔します。姫野さん」
「お邪魔しまーす」
「おじゃましますー」
「邪魔なんかじゃないよー! 入って入ってー! スリッパは横に掛かってるの適当に使っていいよー!」
家でも学校でも中でも外でも、本当にテンションが変わらないんだな、この人。
いや、元気過ぎでは。
「適当って言われても」
「あ、じゃあ鹿島君これで、青島君これで、服部君これー」
そう言うと、玄関脇の置いてあった来客用のスリッパをテキパキと取った姫野が、玄関で突っ立っている俺達の前にしゃがんで、それぞれの前にスリッパを置く。
兎、猫、犬のフワフワスリッパだけど、これ本当に来客用か?
いや、それより、そんな事よりだな──。
「……」
目の前でしゃがんでスリッパを置いている姫野を見ていた俺は、ある事に気が付いた瞬間。
ゆっくりと視線を逸らして、彼女が立ち上がるのを待ってからスリッパを履く事にした。
上も下もゆったりとした部屋着。
パンツルックで下をしっかりガードしているのは良いんだけど、緩めのトップスのガードの甘さには気付いていないのか。
ニコニコ笑ってしゃがんでいるのは構わないけど、もう少し視線を気にした方が良いと思う。
男子に対する警戒心が無さ過ぎやしないだろうか。
横を見ると、青島と服部も伸びをしながらしれーっと斜め上の方を見ていたので、服の隙間からがっつり見えている姫野のブラに気付いたのだろう。
少しは警戒しろよ、こいつ。
「うーわひっろ!」
「ひれー」
そんなこんなもありつつ、姫野と吉永の後ろをついて歩く俺達が口々に感想を言っている間に、すぐにリビングに到着。
「ん、青島達も来たのね。おはよう」
そこには昨日から泊っていると聞いていた田邊が居て、教科書を開いて真面目に勉強している姿があったが、それだけではなかった。
「いらっしゃーい。高校で出来た冬華のお友達ね?」
何処となく姫野に似つつも、落ち着いた雰囲気の女性。
入学式でもチラッと見た黒い髪に青い瞳の綺麗な女性が、お菓子を乗せたお盆を持ったまま話し掛けてきた。
「あ、はい! 今日はお世話になります。それとこれ、詰まらない物ですけど」
ゴールデンウィーク中で家の人も居るだろうから、ご迷惑代わりに持っていきなさいと、親に持たされたお菓子の詰め合わせを、俺が代表して手渡しながらの挨拶。
「お邪魔します!」
「お邪魔します!」
姫野相手だと微妙に抜けた感じだった青島と服部の挨拶も、親御さん相手だときっちりしている。
高校生にもなって、その辺の意識が切り替えられない奴はそうそういないだろうけど、安心安心。
まあ、その辺の上下関係なら運動部で散々鍛えられてるわな。
「そんな、気にしなくていいのに。ありがとう、折角頂いた事ですから後で出しましょうか。それじゃあ、後は冬華に任せて大丈夫? 本当に大丈夫?」
「任せて! 大丈夫! でも、こっちの──」
「おっとと……」
「──鹿島君は高校じゃなくて中学からの友達だよー! ねー!」
「ああ、まあ、はい。そうですね」
母親相手に気合十分と言った返事をした姫野は直後、俺の二の腕を自分に引き寄せるようにぐいっと引っ張った。
「あ、そうなのね? 中学から冬華がお世話になっています。その、この子の相手は大変かもしれないけど、これからも仲良くしてあげてくれるととても嬉しいです」
「あ、はい! もちろんです。学校ではいつも俺が世話になりっぱなしなくらいですよ」
とりあえず、この手の事を言われた時の常套句。
「うんうん!」
いわゆる社交辞令で持ちあげただけなのだが、姫野は俺の言葉に元気よく頷いていた。
うんうんじゃない、普通そこは謙遜する所だろ。
その後、二言三言だけ姫野の母親と挨拶を交わせば、邪魔者は退散とばかりに他の部屋に行ってしまった。
あの姫野冬華の親なので、てっきり──。
『いえーい! よく来たな少年少女達よー! 勉強なんて後回しにして、まずはパーティーするわよー! カンパーイ! Fooo!』
──みたいな、はっちゃけた親なのだと予想していたが、すげぇ普通の人だったな。
頭の中で想像していたハッピーで陽気な外国人の想像は一瞬にしてなくなった。
「ほーらッ! 冬はこっち。鹿島と青島君と服部君はまず手を洗ってそっち側に座ってなさい」
「はいよー」
「ういー」
「おーす」
いつまでも二の腕にくっついていた姫野は、母親がいなくなると同時に吉永に捕まって着席させられ、俺達は俺達で近くの椅子を指定されたので荷物を床に置いて、手を洗った後で着席する。
「はい。じゃあまず、現時点ここイマイチわからないって箇所がある人いたら挙手ー」
広いリビングにある大きなテーブルに男女で別れて着席すれば、スムーズに勉強会が始まった。
「はいはいはい!」
「冬はちょっと待ちなさい。鹿島達は何かある?」
吉永に待てと言われた姫野は、膝の上に手を置いて姿勢を正して口を閉じる。
やっぱり犬みたいな奴かも。
「俺は多分大丈夫だけど、康太と服部は?」
「俺も自分的には今の所大丈夫なつもりなんだけど、古文が怪しいかも……。てか、服部ってなんか苦手な科目あんの?」
「そんな壊滅的な科目はないつもりなんだけど、強いてあげるなら英語か?」
「夕花は──」
「私は大丈夫ね。と言う事だから、今の感じ紅葉と私と、あと鹿島君で手分けして教える事になる?」
「うん、かな? まだ習ってる範囲も少ないし、最初の中間でコケて苦手意識もたないようにまずはざっと復習からしましょっか」
「うぃーっす」
「了解!」
「うっす」
「あ、冬も喋っていいよ。何処苦手とかある?」
「私は何処がわならないのかわからないです!」
馬鹿の典型例みたいな発言をした姫野だけど、実際には深山に入ってるくらいだ。
勉強は普通に出来るのだろう。
自分より勉強が出来ないかもしれない姫野の発言を聞いて、心なしか表情に余裕が生まれた青島だが、姫野みたいなのが意外と点数取るんだよなぁ……。
「聞く必要なさそうだけど、吉永と田邊さんはバッチリって事でいい?」
「バッチリかはともかく、上位は狙うつもり」
「私は二年で宮祭の宮廷入りしたいから、勉強でもなんでも目指せるものはなんだって一番を狙うつもり」
「おっけ」
一組の才媛二人はなんの問題も無さそうだな。
「そう言う鹿島はどうなのよ」
「まあまあかなー。最初のテストだから出来るだけ良い点は狙うけど、でもまあ、良い感じに取れればいいかなーってとこ」
自分が頭良いとか天才だなんて思わないけど、勉強が苦手とか嫌いと言う感覚も特には無い。
サッカーをやりながらも毎日コツコツ予習復習をしていたし、先生がここを覚えろと言った事を覚えていただけである。
「オッケー。じゃあ、私は冬見るから──」
「やったー!!」
「俺は服部見ようか? 英語超好きだし」
「うーっす」
「だったら私は青島ね。古文は苦手意識もったら終わるから、わかんないとか思わない事」
「了解!」
吉永に指名されるよりも前に俺が服部を指名した事で、自然と青島と田邊をペアに出来た。ヨシ!
もちろん、本音を言えば俺だって吉永にマンツーマンで教えて貰いたい。
だけど、現時点ではこれと言ってわからない所はないので仕方ない。
各ペアに別れての勉強は黙々と続き、教える事で見える部分もあったりしたので、教える側としても有意義な時間だったと言える。
昼になれば姫野のママさんが出前を取ってくれて、夕方になると吉永が篠原を迎えに行き、戻って来たらまた勉強を再開。
夕食もお呼ばれする形になった俺達は、姫野のママさんの手料理を食べながら、動画配信サイトにあった何処に需要があるんだよこの映画、って感じの映画を鑑賞してツッコんだり笑ったり。
一瞬で過ぎ去って行く時間を惜しいと思う暇もなく、俺達はただ目の前にある一瞬を積み重ねる。
これで良いのか悪いのかなんてわからないけど、せめて積み重なった一瞬を振り返った時に、良い毎日だったと思えるように、出来る事は全力で頑張ろうと思う。
馬鹿げた映画を見て、楽しそう笑っている吉永の横顔が見れた事も、いつか振り返った時に良い思い出だったと思える日が来るといいな。
吉永と居られる時間を大切にしよう