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第22話 最初の一歩は無様だけど


 料理倶楽部での活動を終えた後は、三人での帰宅。


「ばいばーい! 紅葉ー、鹿島君ー、また明日ー!」


 地元に到着すれば、駅近に住む姫野お嬢様とは早々に別れる。


 俺も吉永も駅近と言えばそうだけど、姫野みたいに目と鼻の先って程でもないので家までは少しだけ歩く。


「パウンドケーキ良かったの? 冬に全部あげちゃって」


「部長も言ってたけど、今日は姫野さんが頑張ってたしいいんじゃないか? それに、部室で二切れは食えたし、十分十分」


「まあねー。でも、冷ました方が美味しくなるって言ってたから、今度は家で作ってみようかな」


「いいな、それ。折角だし俺も作ってみるかなー」


 吉永と二人になれる時間は殆ど無いけど、いざ二人きりになっても何を話せばいいのかわからないものだ。


 中学の時は受験と勉強の話しをしていれば、それ以外の話題なんて必要なかったからな。


 他にどんな事を話していたのかも、あんまり思い出せない。


 ……いや、でも、勉強の話か。


 勉強の話か、なるほど。


「──なあ、吉永」


「んー? なにー?」


「すぐってわけじゃないからアレなんだけど。それに、どっか休みの日に時間余ってたらでいいんだけど、ちょっとだけ付き合えそうな日とかある?」


「え? あ、うん、そんなの全然いつでもいいよ。私ならいつでも大丈夫、今は部活も入ってないしね。全然暇だから、全然行けるよ」


 まだ何の理由も話していないのに二つ返事で了承してくれるとか、付き合い良すぎるだろ。


「ああ、いや、ホントすぐってわけじゃなくてさ。まだ予定も決まって無いって言うか、わかんないってか。やっぱ何もないかもしれないんだけど」


「なになに?」


「ほら、俺らが行ってた塾あるだろ?」


「うん? うん。あるある。え? なに、あのボロい塾潰れちゃったの?」


「ちげえよ。世話になった塾を勝手に潰すなって。いやそうじゃなくて、難関校に合格した先輩として今の塾生に体験談みたいなのを聞かせてくれないかーって話が来てさ」


「へー? 難関校って……ま、そっか。深山も進学指導重点校の一つだしね。て言うか、そんな話いつ来たの? 私そんな話来てないんだけど?」


「え、吉永って“オガ先”とか“モ先”とリリンク交換してたのか?」


「するわけないでしょ。嫌いって程じゃないけど、授業中いつも脇の下に汗かいてたし」


「そんだけ必死に教えてくれてたんだろ、許してやれって……。まあでも、それじゃあ連絡来るわけないな。その話が来たのリリンクだから、ID交換してないなら来ないって」


「うわ。鹿島ってホント誰とでも仲良くなるよね」


「誰とでもってつもりはないけど、でもボロ塾の先生って皆良い先生だったろ?」


「そ、そうだけど。私のあだ名オロシちゃんだったし……」


「あー、もみじおろしがどうとかで決まったんだっけ。てか、それ言ったら俺のあだ名は奈良だったろ。鹿イコール奈良って安直過ぎんだろマジで」


「あはは! だったねー、懐かしー!」


 塾の日は吉永と少しだけ話せたから、凄く楽しかった。


 こうやって一緒に帰るのも、同じ塾に通うようになってからだしな。


「んで! オガ先からそう言う話が来ててさ。短期間で学力を伸ばした吉永と俺に、受験勉強に対する考えとかその辺の事を話して貰って、塾生のモチベ上げたいんだってさ」


「ああ、そう言う。でもそっか、私達あそこ行ったの夏からだしね、短期間は短期間かー」


 塾の事でも思い出しているのか、空中を眺めるように視線を移した吉永が頷いていた。


「それにあのボロ塾『難関国立大学に絶対合格するゼミ』とか言う、やたらダサくて胡散臭い名前だけあって、メインは大学受験に向けた授業だって話しだしな。もしかしたら高二か高三くらいからまた行くかもなーって」


「あ、そうなんだ? そっか、鹿島またあそこ行くんだ?」


「まだ行くと決めたわけじゃないけどな? でもまあ、狙う大学次第ではまたお世話になろうかなとは思ってるから。恩を売るーでもないんだけど、ちょっと塾行って後輩相手に話すくらいならいいかなーって」


「わかったー、そう言う事なら一緒に行ってもいいよ。いつ行く?」


「そこはまだオガ先と話さないとわからないな。受験生に発破かけるタイミングとか、モチベ上げるタイミングとか、その辺色々考えてるんじゃないか。ほら、俺らの時も八月中旬くらいに来てた先輩いただろ? 聖桜せいおう学園か何処か行ったとか言う」


「あ、いたいた! いたね! そうだそうだ、いたいた」


「な? だから、今年は俺らがあの役やってくれって事だと思うよ」


「うん、わかった。日にち決まったら教えて、オガ先に私も行くって伝えといていいよ」


 色気も何もない、下らない目的かもしれない。


 だけど、それでも、学校以外の用事で吉永を誘う事が出来た。


 吉永にとっては何でもない事だとしても、こう言う事を一歩ずつ積み重ねていけば、いつかは彼女の中の何かが傾く日が来るかもしれない。


 これは人類にとっては何の意味もない一歩かもしれないが、俺にとっては大きな一歩に他ならない。


 口ではボロいだのなんだのと言いつつも、久しぶりに塾に行くのが少し楽しいのか。


 このお誘いの裏で、俺が何を考えているかなんて何も知らないだろう吉永が、あんまりにも嬉しそうな笑顔を見せてくるものだから。


「はいよ、んじゃ。俺はここで、また明日ー」


「あ、うん、またー」


 そんな彼女の笑顔が可愛すぎたので、平常心を保てそうになかった俺はそそくさと逃げる事にした。


 建前が無ければ女子一人誘えない事もダサいし、ちょっと笑顔を向けられたくらいで逃げるのもダサいが、今はこれでいい。俺は頑張った。


 少しずつ、今は少しずつでいい。


 三好に向いている彼女の視線を少しずつ、少しずつ俺に向けて貰えるように頑張ろう。


 良い男ってのが具体的にどんな感じなのかはわからないけど、今はただ、吉永に見て貰えるような男になれるように一歩ずつ頑張るしかないよな。

今は一歩ずつ頑張ろう

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