第2話 出会いはこの時
部室で泣いていた女子を連れ出した所までは良かった気がする。
だけど、その後は案の定対応を間違えてしまったようで、静かに泣いていた女子は激しく泣き出してしまった。
その事にビビった俺は、グラウンド脇にある階段まで誘導して座らせる事にしたわけだが──。
告白に失敗した女子の扱いに失敗して、余計に泣かせてしまう。
と言う、なんとも残念なやらかしをした結果、薄暗くなったグラウンドの片隅には、女子の静かな泣き声が響いていた。
どうにかしなければとは思うが、何をやれば良いのかもわからず。
なんとか落ち着かせようとしたんだけど、ハンカチを渡しても、ティッシュを渡しても、スマホの中にあった猫の写真を見せても、何をやっても女子が泣き止む事は無く。
そのうち“喉が渇いたよー、うわーん”なんて事を泣きながら言い始める始末。
三好に振られて泣いているはずの女子を、何故か自分が泣かせてしまったような罪悪感に襲われた俺は、渋々言う通りに動こうと決意。
「なんか飲物買って来るから、いいな! すぐに戻るから、すぐに戻るからじっとしてろよ? な!」
「炭酸はいやあああ」
「わ、わかった! 炭酸以外だな」
「果汁100%がいいよおおお」
「おし、オケ! 果汁──な、なあ……ホントに泣いてる?」
ワンワン泣き喚いている女子をどうにか慰めようと思って、あの手この手を考えていた俺が、なんとも言えない違和感を覚えて疑問を口にすると。
「うわああ──あ、バレちゃった?」
「……こわっ!」
泣いていたはずの女子がピタリと泣き止んだ事に若干の恐怖を覚えて、思わず眉を顰めてしまう。
なんだ、この女子。
「こわくないこわくない。女の涙は信じるなって言う言葉は知らない?」
「……知らないし、出来れば知りたくもなかったかも」
「そんな事言ってると大人になってから悪い女に騙されちゃうよ」
「女女って……。そもそも女って歳なんすかね」
「女は生まれた時から女なんだって、これも覚えておいた方がいいよ」
「そ、そうっすか」
そう言うと、暗くなった空を見るように顔を上げた女子に釣られれて、俺も何となく上を見上る事に。
泣き止んだどころか急に笑顔を浮かべ始めた女子。
そんな彼女に一瞬驚いたりもしたけど、今の軽口がただの強がりである事くらいは、流石に理解出来た。
声はまだ震えていて、よく見れば笑顔も何処かぎこちない。
どうやらこんな状況で、今度はこれ以上俺に心配されないようにと振舞っているのが丸わかりで、それが余計に痛々しいと言うか……。
早く元気になれるといいな。
「──じゃあ、俺は鍵返して来るかな」
暗くなったグラウンドの片隅で空を見るだけの沈黙。
その沈黙に先に耐えられなくなったのは当然、俺の方。
「うん、わかった。何かごめんね。付き合わせたみたいになっちゃって」
「別に悪いとは思って無いと言うか……。まあ、気の利いた事が何も言えなくて逆に悪かったと言うか」
「それはそうかもー。もうちょっと泣いてる女子に気を遣っても罰は当たらないと思うよ」
「悪い、次からは気を付ける」
「いっ、いやいやっ! ウソウソ、嘘だから。……あそこで泣いてるより、ここで泣く方がすっきりした。ありがと」
「……まあ、部室臭いしな」
「確かに! なんであんなに臭いって言うか埃っぽくない? ちゃんと掃除してるの?」
「いや、うーん、一応掃除してるんだけど、運動部の部室なんてあんなもんじゃないのか?」
「聞かれても他の部室知らないしわからないけど、消臭剤くらい置いた方が良いんじゃない?」
「あー……、だな。来年からは部費で買って貰えるように言っとくわ」
「うんうん、そうした方が良いよ」
いつの間にか女子の声の震えは無くなっていて、どうでも良い会話を普通にしているようにも思う。
だけど、赤くなった目を見てしまうと、なんとも言えない気持ちになる。
「さて。と! 私もそろそろ帰るかな」
「だな。十九時には門も閉まるからその前に学校出な──もう五分も無い! ヤバイ! 鍵返して来る!」
女子が立ち上がったのを見て一緒になって立ち上がった俺は、スマホ画面を確認して大慌て。
「おおー、私はこのまま帰るから大丈夫そう」
「俺はヤバイ! じゃあ、またな!」
地面に置いていた鞄を拾い上げた俺が職員室までダッシュし始めると。
「私! 吉永紅葉! 三年一組!」
走り始めた背中に、告白に失敗した女子こと吉永紅葉の自己紹介が飛んできた。
「俺は三年三組の鹿島蒼斗だ! またな、吉永さん!」
「うん! またね!」
校門が閉まる十九時までに学校を出ようと、部室の鍵を返却すべく全力で職員室に走り出した俺と、その背中を見送るように小さく手を振る吉永。
自己紹介にもならない自己紹介をした俺達の話は、そこで終了。
明日からは夏休みで、二学期が始まる頃には二人共今日の事になんて忘れている。
クラスも違う上に二人とも受験生。
またねと言ったのは社交辞令で、もう話す事も無い。
少なくとも俺はそう思っていたし、わからないけど、彼女もそう思っていたんじゃないだろうか。
だけど、一学期の終業式から三日後。
「あ」
「え」
高校受験に向けた塾の夏期講習の場で、普通に再会してしまった。
だから、これが俺と──鹿島蒼斗と、吉永紅葉の本当の出会いだったのだと思う。