第16話 クラス委員長は同じ中学が良い
三日目は春休みに出された課題を基に作られると言う、課題テストがある。
「よっすよっす」
と言う事で、教室に着くと多くのクラスメイトが勉強をしていた。
「ん? ああ、おーっす」
もちろん、青島も勉強していた。
鬼気迫る形相で課題となる冊子を睨んでいるけど、大丈夫だろうか。
多分だけど、個人的にこの課題テストはそこまで重要ではないだろうと思っている。
課題の範囲も中学で習った事だけで、それ程広くもない。
入試に比べれば全然大した事もない上に、課題の中からしか問題が出ないとなれば、全く目を通していないヤバイ奴でも無い限り、壊滅的な点数はまず無いと思う。
大方、春休みに一人で勉強していたかどうかを見たいくらいだろう。
そうじゃないと、点数の格差が生まれなそうなこんなテストをする意味がわからない。
と、俺は勝手に思っているんだけど……。
「めちゃくちゃ読み込んでんな、課題ボロボロじゃん」
「ま、まあな。初っ端のテストだからしっかり勉強しとかないとヤバイだろ?」
青島が手に持っている課題の冊子はボロボロ。
何事も全力で取り組む奴。
自分に出来る努力を惜しまない奴。
そう言う奴は好きだ。
「だな。つっても、時間も少ないし1から10まで全部見直すのは無理だろうから、お互いこれ出そうだなって問題出し合っていかね?」
「そうだな、そうするか。蒼斗から見て怪しい問題ってどの辺?」
昨日のファミレスでは服部が勉強苦手とか、姫野が勉強下手とか言っていたけど、男子三人で連れションした時に言ってた。
『この中では俺が一番勉強出来ない。深山は本当にギリギリだった』
真剣な顔でそんな事を言う青島を見て、頑張ったんだろうなと思った。
何となく、頑張った理由も察しがつく。
服部は特に何も言わずにそんな青島の肩をバンバン叩いて、手を洗ってから触れと怒られていたが、本当に仲の良い二人だと思う。
「吉永ー、ちょっとちょっと」
「あ、んー? 何ー?」
仕方がないので、ここはお勉強が上手な吉永を召喚して、一緒に青島のフォローをしてやろうじゃないか。
田邊でも良さそうだけど、青島が勉強に集中出来なくなったら元も子もないから止めておいた。
「課題テストどの問題出るか教えて下さい」
「私も知りたい! 紅葉知ってるの!?」
もちろん、吉永が動けば自動的に姫野がくっついてくる。
あんまり見ないように気を付けないと。
「知ってるわけないでしょ」
「そっかぁ……」
「じゃあ、どれ出そうとかあれば全部俺と康太に教えて下さい。お願いします何でもしますから」
「吉永さんってそう言うのわかる感じなの?」
「いや、別に、そんな事はないと思うんだけど……」
「いいや吉永ならわかる。俺は吉永を信じてる」
「私も! 紅葉なら出来るよ!」
少し困った表情を浮べつつも、溜息と共に仕方ないなと呟いた吉永は、なんやかや楽しそうにテキパキと予想を教えてくれた。
結論から言えば、吉永が出ると思うと言った問題は全部出たし、同じく俺が予想していた通り、たいして難しい問題でもなかった。
ただ、勉強に関しては出来ると思うマインドが結構大事なので、青島が高校での勉強にちょっとでも自信が持てたのならそれで十分だろう。
◇
テストが終われば解散! と言うわけでは無い。
「それでは、クラス委員長を決めたいと思います。男女一名ですが自薦他薦は問いませんので、挙手をしてから発言するように」
課題テスト直後の全員が弛緩した休憩時間が終われば、担任からのありがたいお言葉。
このクラスでは誰がなるんだろうなと。
呑気に考えていると、担任が話し終わるか終わらないか、もしかしたらちょっと被ってんじゃないかと言うタイミングで声を出した奴がいた。
「はいはいはい! はい!」
姫野冬華だった。
「はいは一回で大丈夫ですよ、姫野さん。自薦ですか? それとも──」
「もみっ──吉永紅葉さんが良いと思います!」
姫野って委員長とかやるタイプだったんだなーと思ったが、もちろん、全然そんな事はなかった。
「はい。他薦ですね。と言う事なので、吉永さんが問題なければ候補とさせて頂きますが、吉永さんは何かありますか?」
「あ、いえ、他に立候補する人が居ないなら私でも大丈夫です。中学でも三年間委員長をしていたので、出来ると思います」
「はい。では、他に自薦他薦が無いようであれば吉永さんに決まりますが、意見のある方は挙手をするように」
キリリとした顔で先生と話す吉永は格好良い。
いや、可愛い。いや、格好良い。
クラス全体が見ていても不自然ではないタイミングなら、俺も堂々と吉永の方を凝視出来るので、姫野には少しだけ感謝しておこう。
姫野の推薦と言う事もあるからか、推薦されたのが可愛い吉永と言う事もあるからか、教室全体がこれで決まりだろうと思っていた。
「はい」
だが、こんな状況で堂々と挙手する猛者が一人。
「はい、田邊さん。自薦ですか他薦ですか?」
「立候補したいと思います。中学でも三年間委員長を務めてきたので高校でもそのつもりでした。宮祭を始めとした学校行事の全てで全力を注ぐと誓います」
ゆるふわミディアムの美少女な吉永と、黒髪ロングの眼鏡美人な田邊。
服部の言葉ではないが、このクラスの女子は中々に強いのかもしれない。
「えー! 夕花ちゃん立候補するの!? でも、私のも──吉永紅葉だって負けないんだから!」
無自覚な暴力を振るうモンスターが一番怖いけど、それはそれとして……。
「発言は挙手してからにしなさい、姫野さん」
「あ! はい! えっとですね、吉永紅葉は凄く優しくて、友達思いです。私が遅刻しそうになった時も──」
「ちょっ、ちょっとちょっと、良いから冬! あ、えっと、私はさっきも言った通り他に誰かが居るなら、そちらの方に任せるつもりだったので大丈夫です。ですので、私も田邊さんを推薦します」
「えー……。紅葉が委員長が良かったよぉ」
「あのねぇ……」
「吉永さんが困っているので、姫野さんはそろそろ発言を控えるように。それでは、他に居なければ女子のクラス委員長は田邊さんに決まりと言う事になりますが──居ないですね? では皆さん拍手ー」
残念そうな表情を浮かべながらそれでも拍手をする姫野と、どっと疲れた様子の吉永。
中学までは姫野の一声があれば何でもそれが実現してしまったのだろう。
だけど、始まったばかりの高校生活ではそうもいかない。
吉永は何かと大変だろうけど、姫野は姫野で色々と勉強をした方が良いだろうな。
「では、田邊さんは前に来て下さい。次は男子ですが、自薦他薦──」
「はい」
拍手が落ち着くと再び先生が口を開いたが、俺はそん先生が話している最中に、男子の中の誰よりも先に手を挙げた。
「──どちらでも……早いですね。えー、鹿島君。自薦ですか他薦ですか」
「他薦です。俺は青島康太を推薦します」
「え?」
隣で戸惑っている様子の青島を無視して、先生から視線を外してクラス全体を見るように後ろへ振り返った俺は話を続ける。
「理由はいくつかありますが、第一に先程決まった女子の学級委員長の田邊さんと青島君が同じ中学出身だからです。正直、皆まだお互いの事が良くわからないのが現状だと思うので、書紀のような一人でやるクラス委員と違って、男女二人でやる事になる委員長はある程度関係値のある人が就くべきだと思っての推薦です。田邊さんも、初めのうちはその方が動き易くないですか?」
急いで考えたにしては、悪くない理由じゃないだろうか。
いや、青島まで“なるほど、確かに”みたいな顔で頷くなよ。
そんなもん建前に決まってんだろうが、気付け馬鹿野郎。
「そうですね。私も青島君とならやり易いと思います」
よし、好感触!
ついさっき委員長になって、教室の前の方まで移動していた田邊も決定打になる言葉を重ねてくれた。
「と言う事ですが、青島君は問題ありませんか?」
「え? あ、はい! やった事ないんでわからないですが、やるからには真面目にやりたいと思います!」
そして、先生から声を掛けられた青島が急いで椅子から立ち上がって、クラスに向かって頭を下げると、クラスもそれでいいんじゃないかなーと言う雰囲気になった。
「はい。では、他に誰かいたら挙手をしてから発言してください。男子は他にいませんか? いなければ一組のクラス委員長は田邊さんと青島君に決まりです。いないですね? はい、それでは、皆さん拍手ー」
先生に言われて教室の前に移動した青島は、少し恥ずかしそうな顔をしながらも堂々と田邊の横に立つと、もう一度頭を下げる。
俺が青島を応援しているせいだろうけど、こうやって見ると二人が似合って見えてしまうのだから不思議なものだ。
「はい。では、ここからは委員長に話を進めて貰いましょう。まずこの紙の順番にクラスの委員を決める所からで。さっき先生がやった感じで大丈夫なので。いけそうですか?」
「はい、頑張ります。青島は板書お願い」
「うっす」
「とりあえずクラス委員長と私達の名前書いて、その他の委員も書いといて。書紀が決まったらそっちに任せるからそれまで」
「おっけーい」
その後の田邊の仕切りは完璧で、クラスの各委員はサクサク決まっていく事になった。
我ながら良い仕事をしたな、と。
蒼斗がそんな事を考えながら田邊と青島の話を黙って聞いている姿を、少し離れた席に座る紅葉が控えめに眺めていた。
右手の人差し指で髪の毛をくるくると回して、ちょっと後悔しながら。
……って事は、私が委員長になっていれば鹿島が立候補したんだよね。勿体ない事した




