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第15話 それだけは普通に嫌だから


 適当な自己紹介が終わると、皆で適当な昼食を取り、適当に解散。


 そうは言っても、同じ地元から通学している人とは同じ方向に帰るわけで──。


「えーっと、さ。吉永、何か怒ってたりする?」


「怒ってないですけど?」


 いや、絶対怒ってるでしょ。


 地元の駅に到着した同中三人組のうち、駅近のタワマン在住女子である姫野冬華とはすぐにお別れ。


 残された俺は、何やら少し不機嫌に見える吉永と帰路に就いていた。


「怒ってないなら、良かった。悪い」


「……別に、怒ってないし」


 初めて吉永と出会った時に流れていたような、三好に振られた直後のような気まずい空気。


 嘘と建前でガチガチに固めた言葉で本音を隠す、吉永の空気。


 正直、好きではない。


「なあ、嫌な事あるなら言えって、何かしたなら謝るから。吉永のそう言う感じ苦手って言うか」


 言いながら、目を合わせてくれない吉永の手首を掴んで強引に歩みを止める。


「はいはい、どうせ私は可愛くないし鹿島の苦手な女子ですよ」


 それでもやっぱり、目は合わせてくれなかった。


「いやいやいや、そんな事言ってないって。苦手な相手ならこんな話しする前にどっか行ってるから。てか、可愛くないとかそんな事言ってないだろ?」


 ただ一言、吉永の事が好きだから笑っていて欲しいと、それが言えればどれだけ簡単なのか。


 受験が終わった直後とか、合格発表の後だとか。中学の卒業式の日だとか。


 節目節目で、気持ちを伝えようかと考えた事がなかったわけではない。


『──悠馬ぁ……。私を、一人にしないでよぉ』


 だけど、一歩踏み出そうと思う度に、どうしてもあの日の吉永を思い出してしまう。


 結局、俺の気持ちが言葉になる事はなかった。


 吉永に想い人が居る事は知っている。


 告白した所で俺の気持ちが届かない事はわかっているんだから、変な事を言って今の関係がギクシャクしてしまうくらいなら何も言わない方がいい。


 だったら、このままの関係で傍に居られればそれでいいかなと。


 自分を振った相手なんて忘れてしまえばいいのにと、そう思う事もあるけど、吉永が今もずっと三好悠馬を追い駆けているのはなんとなくわかる。


 サッカーなんて興味ないとか言ってたのに、それでもサッカー部のマネージャーをやるかどうかを迷うくらいに。


 吉永の心の中は、未だに三好の事で揺れているのだろう。


 二人で話してる時も事あるごとに三好の話ばっかりするしな、吉永。


 どんだけ好きなんだよ、マジで。


 だけどまあ、そこはどうしようもないと言うか。


 小学生の前からの長い付き合いだと言う吉永と三好の関係は、昨日今日会ったばかりの俺がおいそれと踏み込めるものではないだろうからな。


 軽率な事は何も言えないし、言うつもりもない。


「怒ってないって言ってるでしょ。……て言うか、冬に告ろうとかは考えない方がいいからね、ホントに」

 

「は? 冬って、なんで俺が姫野さんに告白しないといけないんだよ」


 あんなコミュケーションモンスターを制御出来るのは、エリートブリーダーの吉永くらいだろうに。


「て言うかバレバレ。今日だってずっと冬の方見てたでしょ。見すぎだからね。間を取り持つのは別にいいけど、告っても絶対振られるから。あんまりオススメしないけどね」


「ちょちょちょ! 待て待て待て! 姫野さんに告ろうとか思ってないって」


「でも好きなんでしょ?」


「え? うーん、そりゃあ好きか嫌いかって話しなら好きだけど──」


「ほら、やっぱり。もう離してって」


 結局、目を合わせて話す事もなく掴んでいた腕は振り払われてしまった。


「いや聞けって!」


 だけど、こんなわけのわからない事でキレられても、こっちだって困る。


 だから、振り払われてしまった腕の代わりに今度は吉永の肩を掴んで、少々強引に振り向かせる事にした。


「何? 痛いんですけど」


「いや、だから……。好きか嫌いかで言えば好きって話で。恋愛対象の好きとかじゃなくて──」


 俺の気持ちが届かないのは、まあ別に構わない。


 恋愛対象として見られていないのも、辛いけど我慢は出来る。


 でも、俺が姫野の事を好きだと勘違いされるのは普通に嫌過ぎる。


 吉永以外の女子が好きだと勘違いされるのは、それだけは、普通に嫌だ。


「……だったら、なんであんな冬ばっかり見てたの。冬の事狙ってばっかの面倒臭いのとか、私はもう、嫌だから」


「あ、まあ、そんなに見てたつもりは無いんだけど。いや、なんかすげぇ奴だなって。……ぶっ飛んでる的な意味で。だから、なんか面白かったって言うか」


 確かに今日はよく姫野を見ていたかもしれない。


 だけど、そんなの俺以外の奴だって見てたと思うんだけど……。


 いや、確かにちょっと見過ぎてたか? 見過ぎてたかも。


「いや! まあ、姫野さん見てたのはそうなんだけど、悪い意味とかじゃなくて珍獣みたいって言うか。異性として別に好きとかってわけじゃなくて……。姫野さん見るのが駄目とかなら見ないようにするから、吉永が、その──」


 姫野に対して思う所があるは、仕方がない事だと思う。


 吉永にとって姫野は、自分の好きな男子が好きな女子。


 恋のライバルじゃなくて、恋の勝者だ。


 そんな相手を全肯定するのは誰だって難しい。


 吉永の事が好きになってから、俺が三好に苦手意識を持つようになったのと同じだろう。


「──なあ、どうすればいい? 怒ってる原因が俺なら、なんとか謝りたいんだけど……」


「本当に、冬の事恋愛対象として見てないの?」


「見てないって」


「あんなに可愛いのに? なんで?」


「そりゃ姫野は可愛いんだろうけど、それ言い始めたら吉永のっ──や! ……まあ、別に、誰が可愛いとかってのは人によるだろ」


 あっぶねぇ……! 吉永の方が余裕で可愛いだろって、普通に言いそうになった。


 不機嫌な雰囲気の吉永に流されて、思わず余計な事を口走りそうになった俺は、とりあえず彼女の肩から手を離して距離を取る事に。


「私が……なに?」


 まあ、だよな、ですよね。


 少し口から出掛かった言葉が聞こえてないわけないよな。


 聞き流してくれたら良かったのに。


「いや……別に。たいした事じゃないんだけど。ただ、俺が姫野さんの事を好きだと思ってるなら、それは全然、マジで吉永の勘違いだから」


「そんなの良いから、私が何? 何て言おうとしてたの?」


「そんなのって、吉永が言い出したんだろうが。姫野さんの事を見るなとか、好きになるなとか。それで怒ってたんだろ?」


「もう冬の話はいいから、さっき何て言おうとしたのかだけ教えて。そしたら機嫌直してあげてもいいよ? 何て言おうとしたの?」


 もういいってなんだよ。吉永が言い始めた事だろうに。


「機嫌直すってなんだよ。やっぱ怒ってたんじゃないか」


「怒ってないけど、何て言おうとしたかだけ気になるから、それだけ教えてよ」


「怒ってないならもういいって。何か言おうとしたわけじゃないしな」


「うーわ、男らしくなー。何か言い掛けて途中で止めるとかー」


「ジェンダーフリーの時代に男らしいとか女らしいとか無いんだよなあ~。さっきのは……まあ……。前後の文脈から推測でもしてくれ。吉永頭いいし余裕だろ」


 俺に言えるのはこれが精一杯。


 と言うか、今の吉永からは全然トゲトゲした感じがしないから、機嫌直ってるならもうよくね。


 突然不機嫌になった事には、正直言ってかなり戸惑った。


 だけど、吉永にとって姫野関連がかなりデリケートな問題なのかもしれない、と言う事がわかっただけでも大きな収穫だったかも。


 入学早々にそれがわかっただけでも、これからの高校生活を快適に送れそうだから、この話はもう終わりでいい。


「頭悪いから前後の文脈から推測なんて出来ないんですけどー」


「嘘つけよ。ちょっと勉強しただけですぐに俺より偏差値上になった癖に」


「じゃあ春休みで馬鹿になっちゃったのかも」


「おー、それは大変だ。留年しないように気を付けてなー」

 

「ねえー! なんて言おうとしたのか教えてくれてもいいでしょー! なんか減るもんじゃないんだし!」


「何も減らないかもしれないけど、何か増える事もないだろ」


「でも増えるかもしれないじゃん。ねー、何て言おうとしたのかだけ教えてよ」


 ギスギスした雰囲気をなんとか脱した俺は、その後も食い下がってくる吉永の言葉をのらりくらりと回避しながら帰宅する事に。


 何度聞かれたって言えるわけないだろうに。


 姫野の事を可愛いって言うのは簡単だ、田邊の事が綺麗だって言うのも楽勝だ。


 ただの知り合いで、ただの友達相手ならそんな言葉はいくらでも言える。


 全く意識してないしな。犬とか猫を見て可愛いと言う感覚とかわらない。


 だけど、吉永に面と向かって可愛いなんて言えるわけがない。


 好きな人に好きと言うだけでも難しいように。


 好きな人に可愛いと言う事だって、今の俺には難しい。


 深入りをするつもりはないけど、だからと言って吉永の事を意識しないでいられる程に、器用な人間ではないから。


 その後、吉永に今の顔を見られないように、早歩きで逃げ回りながら帰宅した。

誤解はしないで欲しい

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高校時代の甘酸っぱさと、不器用さが出ていて、悶えています。 うまくいい感じに落ち着くといいなぁ。
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