第14話 同じ目線は少し恥ずかしくて
二学期の始業式が終わった直後。
「──よ」
「──ん」
塾の夏期講習で別れて以来、五日ぶりに会った時。
「どしたの?」
「別に、吉永さん元気してるかなーって思っただけ」
「うん? まあ、うん、元気かな」
わざわざ私が一人になるタイミングを見計らっていたのか、冬と離れて階段を一人で歩いていた時に、下の方からふわりと現れた。
「そりゃ良かった。元気かどうか見に来ただけだから気にしなくていいんだけど、MAX100パーだとしたら今どんくらいな感じ?」
「うん? ん-、普段が100%だとしたら90%くらい? え、なに?」
「おおー。ま、落ち込んでないなら良かった。学校なら会うと気まずい相手とかもいるだろうから、大丈夫かなーとか。そんだけ」
「え、そんなのリリンクで聞けばよくない?」
「こう言うのは顔見て聞かないとダメでしょ。文字で元気って言われても嘘か本当かわかんねえし」
「まあ、そっか。そうかも」
本当は少し落ち込んでいた。
世界が壊れたみたいに落ち込んでいた私と違って、一月以上前の告白なんてもう無かったかのように悠馬がいつも通りだった事に、ちょっとだけ落ち込んでいた。
私が内緒にして欲しいと言ったから、悠馬も律儀に守ってくれているだけだと知っている。
だけど、本当に彼と私の間には何もないのだと言う事がわかって、それを再認識してしまって、落ち込んでいた。
「そんで、やっぱり様子見に来て良かった」
「ん?」
「だって、吉永さんホントは全然元気ないでしょ」
「──……まあ、うん」
クラスメイトの誰にもバレてなくて、冬に少し指摘された程度。
いつも通りに出来ているつもりだったのに、ほんの少し話しただけの鹿島には簡単に見透かされてしまって、少し驚いた。
だけど、別に嫌ではなくて……。
どちらかと言えば、気付いて貰えて少し嬉しかったかもしれない。
「三好は良い奴だけど、良くも悪くもあんまり周り見ない奴だしなぁ。見たい物だけ見てるって言うか。まあ、だからエースストライカーやれてたってのもあるんだろうけど」
「うん。……だね、そう言う所は、まあ、あるかも」
「だよな。元気がない時に無理に元気な振りしてると余計に疲れるだけだから、嫌な事があるならちゃんと距離取った方がいいよ。──って事で、ほいコレ」
そう言うと、鹿島が何かの紙を押し付けるようにして渡して来た。
「う、あ、なになに?」
「ボロ塾の入塾案内用紙。あそこ建物クッソボロいし講師も際物ばっかりだけど、教えるのは上手かったなと思ってさ。塾入るつもりなかったんだけど、俺は行く事にしたから。吉永さんもガチで深山狙うなら、あそこは追い込みに良いんじゃないかなって思って」
「それは、うん。お母さんと相談してみないとわからない、けど──」
それは私も思っていた。
まず建物が壊れそうだし、椅子は硬いし、空調は効き過ぎたり効かなさ過ぎたりするし、自販機の飲み物は種類少ないし、講師は変な人だし、生徒に変なあだ名付けるし……。
でも、授業は本当にわかりやすいとは思っていた。信じられないくらいに。
「とりあえず、さ。今は勉強に逃げてもいいんじゃないの?」
「勉強に逃げる?」
「そうそう。今は難しい事考えるのは辞めちゃって。自分は今受験の為に勉強を頑張ってますー、って事にして周りから逃げちゃおうって話。どうせクラスメイトと今から遊ぶ機会なんてあんまり無いだろ?」
そう言うと階段の下に居た鹿島は楽しそうに笑って、一歩だけ階段を上った。
階段の段差のお陰で、初めて真っ直ぐに視線が結ばれたからか、楽しそうに笑う鹿島の笑顔がとても近く感じて、思わず目を伏せてしまった。
「何もさ、学校が世界の全てじゃないでしょ。中学の残りは全部勉強に逃げて、今は難しい事はあんまり考え過ぎない方がいいんじゃないかと思って。あんまり落ち込み過ぎんなって事が言いたかっただけ」
「……うん、わかった。考えとく」
「それじゃ、お互い勉強頑張ろうなー」
静かに返事をした私は、背中を向けてヒラヒラと手を振りながら去っていく鹿島の背中を、黙って見送る事しか出来なかった。
気まずいと思っていた世界だったけど、学校が全てじゃない。
当たり前と言えば当たり前の話。
だけど、そうは言っても学生なんて学校と家が世界の全てみたいなものだから、そんな場所から自然と連れ出してくれた彼を、ちょっと良いなと思った。
ああ。なんか良いな、この人って。
……でも、それも結局はダメなのかもしれない。
高校に入ってからずっと、昨日も今日も、今だって。
鹿島の視線は私じゃなくて、冬にばかり向いている。
たぶん、鹿島も冬に取られちゃうんだろうなと思うと、私はまた一番になれないんだろうなと思うと、気持ちはどんどん沈んでいった。
思わず目を逸らしてしまった