第13話 結末が気になるドラマのような
鹿島の良いなと思う所はいくつかある。
まずは、真面目な所とか。
それと、落ち着いている所とか。
それに、頭が良い所とか。
あとは、見た目も良い感じな所とか。
『運動部が全員馬鹿とか思ってる? てか、それ言ったら三好だって──あー、いや、悪い、失言した』
それから、素直に謝れる所も良いかも。
自分が悪いと思った時、すぐに謝れる所は素敵だと思う。
……捻くれ者の私には中々出来ないから。
『こないだの模試の時、吉永さん体調悪そうだったもんな。その辺気を付ければ吉永さんなら余裕だって』
でも、一番良いなって思える所は、私の事をちゃんと見てくれている所。
一回や二回話しただけではわかり辛いけど、長く一緒に居ればよくわかる。
鹿島蒼斗は、目の前の人をよく見ている。
あんまり周囲に興味が無いように見えて、一度でも言葉を交せばその人の事をきっちりと自分の中に住まわせる。
そして、その人に向けた言葉と態度を丁寧に選ぶ。そう言う男子。
姫野冬華に少し似ているけど、似ているだけで全然違ったタイプ。
私が出会った事のないタイプの人。
だから、最初はほんの好奇心だったと思う。
「私だけ好きな人知られて、告白失敗してしかも泣いてる所見られて。それで鹿島君の事何にも知らないのは不公平じゃない?」
中学三年の夏休みの終わり頃。
夏期講習の最終日に話していた時、なんとなくそんな事を聞いた。
「うーん……。不公平と言えば不公平か。そんで? だったら俺の何が知りたいんだよ」
最早定番となった、夏期講習を受けている塾が入っているボロくて古臭いビル。
その中に設置されている自販機の横。
私がブドウで、鹿島がリンゴ。
いつものパックジュースを飲みながら、ちょっとだけ聞いてみる事に。
来週からは二学期が始まって、違うクラスの私達が話す事は殆どなくなってしまう。
スマホでやり取りをするのは何か違うし、そこまで仲が良いわけでもない。
だから、ただの興味本位。
「それはもちろん、鹿島君の好きな人に決まってるでしょ」
別に教えてくれなくても良かった、教えてくれたからと言ってどうってわけでもない。
ただの興味から来る質問。
「あー、好きな人か。……うーん、いやさ、それがよくわかってないんだよな、まだ」
「わかってない?」
「そうそう。居たら教えてもいいんだけど、いわゆる初恋とか言うのがまだわかってないんだよな」
「え、そんな事あんの? 中三だよ? じゃあ性欲とかもないの?」
「やっぱマズイか。いや、そりゃエロい事考えたり男子で話したりする事はあるんだけど、それがイコールで好きって事でもないだろ?」
「いやらしー」
「そっちが振ったんだろうが! こっちは不公平だと思って正直に話してるってのに、茶化すなら無しだ無し。この話は閉店だ」
「ごめんごめんごめん! 冗談冗談。いやらしいのはホントだけど」
「はあ……。まあいけどさ、とりあえず好きな人は居ないな。ついでに言えば、サッカーしかしてなかったら女子の友達もそんなに居ない」
「ふーん。なんだー。じゃあ結局不公平なままかー。鹿島君ばっかりずるいなー」
ずるいとかずるくないとか、公平だとか不公平だとか。
実際にはどっちでもよくて、ただ何となく聞いただけの質問。
「いや、ずるいのは吉永さんの方だって」
「え? なんで私がずるいって流れになるの」
「だって、俺はまだ誰かを好きになった事がないからなー」
「意味わからないんですけど」
だけど、鹿島はいつだって、どんな時だって、私の言葉を真剣に考えてくれていたのだと思う。
「いや、だってさ? 吉永さんは泣いてしまうくらいに、三好の事が真剣に好きって事だろ?」
「……改めて言われると恥ずかしいんですけど?」
と言うか、もう好きかどうかもよくわかんないし。
どっちかと言うと、会いたくもないんですけど。
「て言うか、それの何がずるいのよ」
「やっぱずるいって」
「だから、何が?」
「だってさ、俺はまだそう言う……何て言うか、泣いてしまう程に誰かを好きになった事はないから。そう言う相手に会った事がないから、そう言うのはわからないんだけど」
「うん」
「だから、なんて言うかな……。まあ、さ。結果はちょっと吉永さんにとって悲しい事になったかもしれないけど。だけど、それだけ真剣に誰かを好きになれたってのは、たぶん、凄く良い経験だったんじゃないかなって思うよ。そう言う人に会えたのは、良い事だったんじゃないかなって」
初めて会った時も、最初は馬鹿な事を言う失礼な奴だと思った。
だけど、実際は凄く真剣に考えていて、会ったばかりで喋った事もない、声をあげて泣いている女子に延々と付き合うお人好し。
「……うん」
私の事なんて何も知らない癖に。
知らないはずなのに、本当に、よく見てくれている。
「勉強も運動も真剣にするのが一番いいって言うだろ? だから、恋愛もやっぱり一緒なんじゃないかなって思うんだよ」
「うん。まあ、そうかもね」
「それはもちろん、好きな人が居て、付き合えて、結婚とか出来るなら、誰だってそれが一番なんだろうけど。たとえそうじゃなかったとしても、大事なのはその過程を含めて真剣だったかどうかの方じゃないかなって」
「真剣だったかどうか?」
「そうそう。だから、要するにさ、好きな人に振られて涙も流さないような恋愛なんてクソ食らえって事だな。それは恋愛じゃなくてただの恋愛ごっこだろ。だから、吉永さんはきっと良い恋愛をしたんじゃないかなって思うよ。俺はそう言う経験がないから、それがずるいって話」
「……熱く語り過ぎでしょ」
「……はいはい、どうせ初恋もまだの童貞の言葉だっての。ただ、真剣な恋愛をした奴はきっと、次の恋愛も真剣になれるんじゃないのか? こうして、吉永紅葉はレベルが上がった、的な?」
「なにそれ、意味わかんない」
「だよな。言ってて俺もよくわかんねえし」
そう言って、パックジュースのストローをくわえながらニコリと笑う鹿島の言葉は、私の胸にストンと落ちて来てくれた。
三好の事が好きだった事。
告白した事。振られた事。泣いた事。
それを全部、良い経験だと言ってくれた事。
鹿島の言葉は、私にとって涙が出そうになる程に嬉しかった。
「って事だから、好きな人以外の事を聞いてくれたらいいよ。それで不公平を解消しようぜ。恋愛未経験ボーイから無理に恋愛話を聞き出そうとしても何も出てこないと思うぞ」
「わかった。じゃあ、リリンク交換しよ」
「リリンク? 別にいいけど、なんで? 恥ずかしい写真送れとかならイヤだからな」
「言うわけないでしょ。不公平を解消する良い案が思い付いたら連絡するから、早くスマホだしてよ」
「はいよ。夜中は無視するからな」
「私も夜は寝てるから」
鹿島に対するちょっとした好奇心が明確な興味に変わったのは、間違いなくこの時から。
鹿島蒼斗はどんな初恋をして、どんな人を好きになるのだろう。
これだけ真面目に考える人の初恋は、どんな結末を迎えるのだろう。
そんな事を考えるようになったと思う。
でも、この時はまだ別に好きとかそう言うのではなくて……。
なんて言うのかな、面白そうなドラマがあるから見てみようと言う感覚?
このドラマはどんな結末を迎えるのだろうか、と言う傍観者の視点だったと思う。
ちょっと意地の悪い考えだと、鹿島蒼斗が失恋した時は、私がして貰ったように側に居てあげるくらいの事はしてあげよう、くらいの事は考えていたかもしれない。
でも、そのくらい。
それが、この人ちょっと良いなに変わったのは、二学期に入ってすぐ──。
始まりは、そんな感じの小さな感情だったと思う