第12話 その出会いは偶然だったけど
中学三年の夏。
小学生の頃から想いを寄せていた男子に告白して、そして、振られた。
もちろん、告白する前から結果はわかっていて、勝ち目がない事なんてずっと前から理解していた。
それでも、何もせずにはいられなかった。
ずっと私を向いていた筈の彼の瞳が、いつしか私の隣を見るようになっている事に気が付いたから。
それがわかってしまったから、その変化に気が付いてしまったから。
だから、彼が完全に私から離れてしまうよりも前に、もう一度振り向いて欲しかっただけ。
結果は当然の玉砕。
『……冬華だ』
私の方がずっとずっと先に知り合っていて、私の方がずっとずっと長く一緒にいたはずなのに、それでもやっぱりダメ。
でもまあいつも通りの事だから、仕方ない。
冬と仲良くなった子は皆そう。
男の子も女の子も、皆あの子の一番になりたがる。
姫野冬華だったら仕方ない。
相手が悪かったと諦めよう。
そう思っていた。
「う……うぅ……」
戸締りは自分でするから先に帰っておいてと、三好悠馬を部室から追い返した後。
初めて訪れたサッカー部の部室の中で、私は声を押し殺して泣いてしまった。
別にいい。別に構わない。
冬は可愛いし、良い子だし、優しいし、仲良くしたい気持ちはわかる。
面倒だなと思う気持ちもあったけど、それ以上にあの子の事は好きだから、別にいい。
冬に近付いて来た人の中で、その中の一人でも良い子が居れば、私もその子と仲良くなって一緒に遊べたりもして、私としてもそれは楽しかった。
だけど、多くの人が欲しいのは冬であって私では無い。
冬と仲良くなる為に近寄って来た男子も、冬に振られれば私に寄り付かなくなる。
冬の事をステータスやアクセサリか何かだと思っている女子も、あの子がいつも私にべったりだとわかると徐々に疎遠になっていく。
何も問題ない。別に構わない。
皆が皆そう言う人じゃなかったから、面白い人も、良い子も沢山いたから全然いい。
全然気にならない。
誰が冬を好きになったって良い、勝手に近付いてきて、勝手に離れて行けば良い。
そんな事をいちいち気にしている程に私も暇では無かったから、そんな事はどうでも良かった。
だって、私にはいつも私の事を一番に考えてくれている幼馴染が居たから。
悠馬が私の事を見ていてくれるから、だから、他の事は全部どうでも良かった。
色々と面倒毎に巻き込まれる度に私の愚痴に付き合ってくれて、いつでも真っ先に話を聞いてくれる悠馬が居たから。
いつも私の事を一番に考えてくれている彼がいたから。
だから、私の世界はいつだって穏やかで──。
『……冬華だ』
だけど、結局ダメ。
冬華より紅葉の方が話し易いけどなーって、言ってたじゃん。
冬華の事はよくわかんないけど、それより紅葉と祭り行く方が楽しいって、そう言ってた癖に。
優しい言葉ばっかり。
思わせ振りな言葉ばっかり。
結局みんな冬の事を好きになるなら、最初から私に優しくなんてしないでよ。
何で私ばっかりこんな目に──私を一人にしないでよ、悠馬。
そんな事を考えていると、部室のドアが開いた。
戻ってきてくれた。
こんな姿は見せたくなかったけど、どうして戻って来たのかはわからないけど。
それでも、戻ってきてくれた。と思ったけど──。
『いや、悠馬ではないけど』
部室の入り口には知らない男子が居た。
泣いている私を見てもあまり狼狽えた様子もない、サッカーボールを返しに来ただけだと言うサッカー部員らしき知らない男子。
そんな男子は二言三言だけ言葉を交わすとすぐに姿を消したんだけど、何故かすぐに戻って来た。
『泣くなとは言わないけど、君が泣く場所は多分ここじゃないと思う』
部室の鍵を閉めるから出て行け、みたいなムカつく事を言われたような気もするけど、多分、その男子が言いたかった事はこれだったのかなって。
悠馬に振られて傷ついていたからなのかもしれない。
告白現場を盗み聞きされていた事が恥ずかしかったのかもしれない。
泣いている時に優しい言葉を掛けてくれたからかもしれない。
その男子が、悠馬の代わりに何度も何度も謝罪したからかもしれない。
理由なんてわからないけど、我慢していた涙はあっと言う間に決壊してしまった。
そいつは私に、泣くなとは言わなかったから。
だから、泣いていいんだと思ってしまったのかもしれない。
初めて会った男子の前で、私は声を上げて泣いてしまった。
大声で泣き始めた私に驚いたのか、恐る恐る手を握って近くの階段まで誘導すると、そっと座らせてくれた後。
その男子は、しばらくの間、何も言わずに横に座っていてくれた。
けれど、いつまでたっても泣き止まない私に焦って来たのか、そのうち私を元気付けようと動き始めたのがわかったんだけど、それが大体空回っていて、それが面白かったと言うか……。
段々面白くなって、慌てている姿が面白かったから揶揄い始めたらバレてしまった。
バタバタと別れてしまったから、次に会う事があったらもう一度お礼くらい言おうかな。
なんて考えながらも、疲れ切っている心は別にして、沢山泣いたお陰で私の頭の中はスッキリしていたと思う。
「流石に同じ高校は無理ね。どうしよう」
振られた私はすぐに進路の事を考える事に。
基本的に部活ばかりで殆ど遊べないけど、それでも少しでも同じ空間に一緒に居たい。
そう思って、三好悠馬と同じ高校を受験する気だったけれど、流石にもう同じ高校に行こうなんて考えは浮かばなくて、その代わりに私の頭に浮かんできたのは──。
「──うん……。うん」
姫野冬華と距離を置きたい、と言う暗い気持ち。
冬が悪いわけじゃないのはわかっている。
あの子は何も悪くなくて、誰も悪くなんて無い。
それでも、これ以上一緒に居たら、もう一度こんな事があれば、きっと、私は──。
だから、偏差値の高い高校を目指す事にした。
勉強がいまいちな三好悠馬と、勉強が好きではない姫野冬華が絶対に合格できない高校。
今の私が頑張っても、ギリギリ入れるか入れないかと言う難関校。
そこまでレベルを引き上げれば、きっともう二人と会う事はない。
そう思って私が目指したのが“東京都立深山高等学校”だった。
三好と同じ高校に行こうと思って、たいして勉強に力を入れていなかった私は、振られたその日に動く事に。
どうでも良いから、何でも良いから行動しようと思って、自宅に投げ込まれていた夏期講習のチラシを手に取って両親にお願いをした。
モノクロで印刷されていて、子供モデルも何も載っていない、文字がぎっしり書き込まれただけの胡散臭い塾の夏期講習のチラシ。
ネットで調べればもっと良い塾があったのかもしれないけど、塾なんて本当に何処でも良かった。
勉強なんて結局、自分がやる気になるかならないかだけの問題であると言う事を知っているので、夏期講習を受けるのも単に周囲の勉強している人間を間近で見る事で自分自身のやる気を上げる為の舞台、としか思っていなかったから。
だから、何処でも良かった
チラシの作りからして、本気で生徒を募集しているかどうかもわからない胡散臭い塾の夏期講習。
少なくとも私の周りの子が来るような事は有り得ない。
知り合いとはまず会う事は無いだろう。
『あ』
そう思っていたけど、普通に誰か居た。
これが私、吉永紅葉と鹿島蒼斗の本当の出会いだった。
或いは、それこそが運命だったのかもしれない