第117話 夏休みが近い
一学期の期末テストが終わると、深山は忙しくなる。
「源氏物語とは渋いチョイスですねー」
テスト期間は勉強だけをしていれば良いけど、テストが終われば部活が再開すると言うのも忙しさの一因だろう。
テスト明け最初の部活動。料理倶楽部ではいつも通り穏やかな時間が流れていて、ボールに入れた卵をかき混ぜる安藤部長はいつも通りに一年グループに混ざっていた。
「私、紫の上やるんですよ、部長! 紅葉が藤壺の中宮で鹿島君は光源氏で、中野君は裏方です!」
「そっかそっか、鹿島君が光源氏なんですねー。やるねー、ヤリまくりだねー」
「やりまくりだよね! 鹿島君!」
安藤部長がふざけて言った事を姫野が楽しそうに繰り返しているけど、なんとなく部長と姫野では言葉に込めている意味が違う気がする。
「……そうっすねー。ほら、姫野さんは二年の先輩方の手伝いに行かなくていいの?」
「は! 行ってくる! 二年は二人しかいないから私が手伝わなくちゃ!」
と言う事で、とりあえず姫野がこれ以上部長の玩具にされないように移動させた。
「冬頑張れー」
「部長も三年の方に行って大丈夫ですから、こっちは吉永も中野もいるんで」
「あららー、今日で引退なんだからもっと私達三年を惜しんでくれてもいいんですよー?」
「それなら惜しまれるような話しをして下さいよ」
「でも、安藤部長は引退した後も料理倶楽部に顔は出すんですよね?」
俺と部長がだらだらと喋っていると、それまで黙々と作業をしていた吉永も会話に参加。
はっきり言って本当に緩い部活だ。こんな感じだから部費が削られるのも無理はないのかもしれないけど、学校生活はこういう息抜きも大事だとも思う。
「プリンと茶碗蒸しって同じ食べ物だったのか、面白いな」
俺や吉永がだらだらと部長と話す一方で、今日作る料理のプリンと茶碗蒸しのレシピが書かれた紙を眺めていた中野も、楽しそうにしていた。
「うーん。同じ食べ物と言うと語弊がありますけど、砂糖やミルクが入っているか出汁が入っているかの違いくらいしかないですねー」
「何を掛け合わせるかでこんなにも結果が変わってくるんですね」
「そうだよー。ここから更に出汁と卵の割合を3:1にすれば出汁巻き玉子も出来ちゃいますし、卵の割合を増やして卵豆腐なんてのも出来るんですよねー。xに何を代入するかで答えが変わる数学みたいで面白いでしょー」
「あ、はい!」
「うんうん。他にも──」
そうして、二年の方に向かった姫野と入れ替わるように、今度は中野が部長にへばりついて話しを始めた。
意外でもなんでもないが、自分には勉強しか無いと言っていた中野も今ではすっかり料理に夢中の様子。
姫野同様に家でも少しずつ料理をするようになったらしくて、リリンクに料理の写真が送られてくるようになった。俺に写真送ってないで料理日記でもやれば良いとは言っているんだけど、中野曰くまだ早いらしい。
まだ入部して一月も経っていないのに、もう俺より料理してそうな気がするのでこちらとしても黙って負けてはいられない。夏休みは俺も何か作ってみようと思っている。
「あー、そう言えば鹿島ってプリン好きなの?」
「うん? うん。そりゃ好きだけど、それがどうかしたか?」
部長が中野とワイワイやっている様子を和やかな気持ちで眺めていると、今度は吉永との会話が始まった。料理倶楽部最高と言わざるを得ない。
「別にどうって事でもないんだけど。まあ、ほら……えっと、前に鹿島の家行った時にプリン食べたじゃない?」
「あー、そう言えばそん──」
「えー! 紅葉いつ鹿島君の家遊びに行ったの!? いいないいないいなー!」
しかし、二人の会話は瞬時に終わった。
二年のグループに混ざっていたはずの姫野がボールを抱えたまま突進してきたからだ。
そんなに大きな声で喋ってなかったのに、相変わらず鋭敏な聴覚をお持ちで……。
「いやいや、遊びにって言うか、通り掛かったみたいな……ね、ね? 鹿島」
「あ、え? ま、まあ、たまたま通り掛かった的なアレで、特に遊んだりはしなかったよな」
「そうそう、遊んだりはしなかったよね」
吉永が家に来た日の事はよく覚えている。
その時にどんな空気になったのかも、なんの話しをしたのかも、全部覚えている。
……覚えているので、思い出すと死ぬ程恥ずかしいから姫野には誤魔化して伝える事にした。
「えー、私も鹿島君のお家行きたかったー。同じ石中仲間なのに私だけ仲間外れだよー」
口を尖らせて見るからに不機嫌ですとアピールしている姫野はそう言うと、俺と吉永の間に身体を滑り込ませる。
「仲間外れにしたつもりはないけど、そんなに来たいなら今度吉永と一緒に来ればいいよ。ただ、先に言っとくけど何も無いからな」
「ホントに! 行く行く行くよー! ねー紅葉!」
「はいはい、わかったから料理中は料理に集中しなさい。ほら、それ二年のでしょ? 早く戻りなさい」
「はい! 了解です!」
嵐の如く現れた姫野は吉永に元気良く返事をすると、そそくさと二年のグループに戻って行った。
一学期終了間近なのに姫野だけは本当に動きが読めない。
てか、なんの話しをしてたんだっけか。
「もう、冬はいつもいつも……。あー、でも、えっと、それじゃあ、どうしよ?」
「どうしよ?」
「いや、だから、いつ鹿島の家行けば良いかなーって」
「あー、うーん、いつでも良いよ。吉永と姫野さんの都合が良い時にでも来てくれれば」
そう言うと、俺はカチャカチャと音を立てながら卵を溶いている吉永に軽く笑いかけた。
前回は不意打ちをくらったせいで頭が真っ白になってしまったが、今は違う。
また家に行くと言うリリンクを貰った時から部屋の掃除は完璧にこなしているし、昔の写真を見たいと言われた直後からもう使っていないキッズスマホは常にフル充電されている。
ゲームがやりたいと言っていたからゲーム機もいつでも取り出せるようにしてあるし、下手なプレイを見られたくないから練習もしている。
遊びに来てもらう準備は万端だ。
「そ、そっか。いつにしよっかなー」
ただ、心の中で下心増し増しにしている事に気付かれてしまったのか、プイと視線を逸らした吉永はそれだけ言うと黙々と料理に集中し始めたので、俺も今は負けじと美味しい茶碗蒸し作りに集中する事にした。
吉永が家に遊びに来るのはいつだろう。親戚以外の女子が家に遊びに来るのは小学生の時以来だけど、遊ぶと言っても一体何をすれば良いのだろうか。
なんて事を考えていられたのも今だけで、この日の料理倶楽部は波乱に次ぐ波乱が待ち受けていた。
だからなのか、いつも以上に心が元気な気がする!




