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第116話 変わらないものなんてあるはずもなくて


 立ち上がった俺が適当にふざければ、あちこちで笑い野次が飛ぶ。


 だけど、もちろん俺の話はこれで終わりではない。


「──って、事で! 他にも光源氏やりたい人いたら立候補か推薦して下さーい! 何人か候補が居たら光源氏オーディションやろうぜ! さっきのアンケートはあくまで参考だから、やりたい役があれば皆恥ずかしがらずに立候補していこう。俺等一組の間に遠慮は無しって事でー、俺は俺で青島康太を光源氏に推薦させて貰う!」


「はーん……ん? は? え、俺!?」


 田邊の横で我間せずと言った様子で笑っていた青島を指さすと、一気に真顔になった。


 油断大敵だな、康太。


「言っちゃ悪いけど光源氏は中々のドクズだと思ってるんで、出来る事なら一組男子全員で誰がこの業を背負うのかを決めたい。と言うのが俺の本音なんだけど、他に光源氏やりたいって人居ない?」


「あはは! わかったわかった、ん--じゃ! そう言う事なら俺も泉井推薦するわ、あははっ!」


「んぁ? マジか……。主役に推薦されたのにあんまり嬉しくないって不思議な感覚かもしれん。な、かける! お前も推薦な?」


 続いて青島から推薦された泉井が佐々木を推薦して、佐々木は次に永井を推薦して──最終的に一組男子全員が光源氏に推薦される事となった。やっぱりこのクラス面白いな。


「役決めであんまり時間取りたくないからアンケ作ったのに、青島まで何やってるのよ」


「……あーっと、悪い。そう言うノリかなって」


 溜息を吐いた田邊にお小言を言われる青島には悪いけど、個人的にはこれで良かったと思っている。


 アンケートは参考程度にと田邊は言っていたけど、あのアンケート結果を見てしまったら主役を諦めてしまう人もいるかもしれないから、そう言うのは楽しくないし、チャンスは誰にでも平等に与えられた方が絶対に面白い。


 最初こそ俺と青島の悪ふざけにじっとりとした視線を向けてきていた田邊も、最終的にはなんやかや笑顔を浮かべてくれているから許して貰えたかな?


「はいはい、わかりました。では、クラス投票をします。今から順番に名前を呼ぶので、この人が光源氏だと思ったら各自手を挙げて下さい。まず、青島が良いと思う人は──」


 そうして出席番号順に名前が呼ばれていって、すぐに俺の名前が呼ばれたんだけど、残念ながら結果は覆らなかった。


「では、鹿島君が光源氏だと思う人は挙手を──あー、はい。えーっと、一の二の──はい、数えるの面倒なので決定です。光源氏役は鹿島君に決まりました、皆さん拍手をお願いします」


「悪足掻きだったな、蒼斗。あはは!」


「はいはい」


 黒板に書かれた光源氏の下に俺の名前を書いている青島が、ゲラゲラ笑いながら話し掛けてきたので適当にあしらう。


「では鹿島君、一言意気込みをお願いします」


「えー、はい。どうも皆さま、深山の光源氏こと鹿島蒼斗です。光源氏はあくまでも劇の役で演じるだけであり、わたくしがあのようなヤバイ男と言うわけではないので悪しからず! でも、やるからには最高の光源氏を演じたいと思っていますので、宜しくお願いします!!」


 笑いと拍手と野次に激励され、嬉しさと不安に胸を膨らませられたのも束の間。


「では次に若紫──あ、えー、そうですね。源氏物語のヒロインと言いますか、光源氏にとってのヒロインである紫の上を決めましょう」


 光源氏が決まれば次は当然、紫の上だ。


「自薦他薦問いませ──」


「はいはいはいはいはい!」


「──んが……はい、どうぞ姫野さん」


 これまたいつもの流れで我先に手を挙げた姫野だけど、今回ばかりはナイスと言わざるを得ない。


『紫の上には、もっ──吉永紅葉さんを推薦します!』


 姫野の口からの次に飛び出してくる言葉は、容易に想像が出来る。


 ──はず、だった。


「紫の上に立候補します! 後で図書室行って漫画借りて来ます! 頑張ります! 立派なヒロインを務めます! 皆様の清き一票をお願いします!」


 いつも通りの姫野冬華。


 元気200%のハイパワーコミュニケーションモンスターは、本当にいつも通りで、いつも通りの笑顔で俺の方を見て、ガッツポーズをしていた。


 そこは吉永じゃないのかよ。


 と思ったけど、姫野はこの手のお祭りが人一倍好きそうだから、主役やヒロインに成りたがるのも必然だったのかもしれないと納得。


 姫野の発言に少しばかり驚いたけど、ここまでは一組の平常運転みたいな所がある。


「と言う事で姫野さんが立候補しましたが、他に自薦他薦等あれば挙手をお願いします」


 ──だから、いつもと違う事があったとすればこの後。


「はい吉永さん、どうぞ」


「私も紫の上に立候補します。源氏物語は何度か読んだ事があるので問題なく出来ると思います」


「紅葉! で、でも私もやるから……」


「はいはい、皆で投票して決めるんだから気にしないの」


「負けないよ!」


「わかったから静かにしなさいって」


「えー、と言う事で立候補が二名に──はい、近藤さんどうぞ」


「私も立候補しまーす。この中で一番上手に演技出来る自信ありまーす! ダンス部と演劇部掛け持ちなんでー。劇団も入ってたしねー」


「えーーー!! ナナちゃんすご! でも私もやる時はやるよ! よくわかんないけど!」


「んー、でも姫ちゃんは紫の上より女三の宮の方が合ってそうだから、そっちやらない? 光源氏の正妻になるすっごい綺麗な子だよ?」


「え、そうなんだ? うーん、わかんないけどそっちの方がいいのかな? 女三の宮知らないけど、どっちがヒロインなの紅葉?」


「え、いや、うーん……。いやー……。女三の宮はなんて言うか──」


「はい、三人とも勝手に喋らないように。他に立候補者は居ませんか? その他の配役も順次決めていくので、勝手に決めないようにお願いします」


 いつもと違う事があったとすれば、こういう場面で吉永が立候補をした事と、姫野が吉永に役を譲ろうとしなかった事だろうか。


 吉永がやると言えば姫野は喜んで道を譲るタイプだと思っていたから、そこが少し意外だった。


「他に居ないようなので、この三人で多数決を取りたいと思います。では、初めに立候補してくれた姫野さんからいきますね。姫野さんの紫の上が見たいと言う人は挙手を──あ、うん、はい、皆手を下ろして貰って大丈夫ですよ。では、紫の上は姫野さんと言う事で、皆さん拍手をお願いします」


 役決めと言うより、人気投票みたいな感じでなんとも味気無い決め方。


 吉永に向けて挙げるはずだった俺の手が挙がる前に、紫の上はあっさりと決まってしまった。


 ◆


 だけど、圧倒的な差で多数決に負けたにも関わらず、蒼斗が手を挙げ無かった事に気が付いた少女は気にした様子もなく笑顔を浮かべていて、圧倒的な人気でヒロインに決まった少女は無意識にその眉尻を下げていた。


 誰もその事実には気が付かなくて、もちろん俺も気付いていなくて……。


 だからたぶん、この時にはもう色々と変わっていたんだろうと思う。容易に想像出来るはずだったちっぽけな俺の世界は、この頃にはもう既に俺の頭では追いつけないくらいに複雑なものになっていたんだと思う。


 ひと夏の変化、変化の夏。それは俺だけでは無くて等しく誰にでも訪れるのだと。


 それは考えるまでもない事で──本当に、当たり前の話だったんだよな。

世の中のものは何でも変わっていく、それはもちろん人間だって同じ事。俺が子供過ぎてわかってなかったけど、当たり前の話なんだと思う。


 ☆


第三章『笑顔の君でいて欲しくて』は、ここで終了です!


以下、次章予告。


始まったばかりだと思っていた高校生活も、恋に部活に勉強に目の前の事にただ精一杯になっている間に気が付けばあっと言う間に一学期が終了してしまう。


そんな中、何事もなく穏やかだった料理倶楽部も代替わりの時を迎えて、新部長と新副部長が選出されるが、そこで待っていたのは誰もが予想していなかった展開で──?


色々な人の考えに触れて成長する蒼斗と紅葉だけれど、なにも、成長や変化は二人だけに訪れる特別な出来事ではなくて。それは、誰にでもいつかは訪れる本当にありふれた出来事で……。


続きまして、紡がれてきた目には見えない淡くて青い糸が絡まり始める、第四章。


『1%の恋を』をお楽しみください。


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