第110話 全部元通り
ただいまと言って家に入ると、おかえりと言ってママとパパが出迎えてくれる。
高校生になってから嘘を吐く事が増えてしまった。
もしかすると悪い子になってしまったのかもしれない。
「遅かったわねー、冬。遠くまで走ってたの?」
「走ってたー! お風呂入るー!」
今日もランニングに行くと嘘を吐いてしまった。
家で電話をするとママに聞かれる事もあるし、あんまり長く電話をしていたら怒られる事もあるから仕方ない。
それに、大事な話は会ってするのが良いと思ったから。
「紅葉ー」
お風呂に入るとちょっとだけのんびり出来るから、お風呂は好き。
湯船に浸かりながら、防水カバーに入れたスマホを操作して紅葉にリリンクを送ると、自然と笑顔になれる。
一日の中で一番好きな時間かもしれない。
『どうしたの?』
紅葉からの返事はすぐに来る。凄く優しい。
『電話していいですか?』
『いいよ』
やったー!
勉強してる時はヤダって言われるから、今は勉強中じゃないのかな。
「やっほー!」
「やっほ。お風呂?」
「そだよー、お風呂中は沢山電話してても怒られないからね!」
「冬は話し始めたらずっと話すから、それが駄目だって言われてるだけでしょ。常識の範囲内ならおばさんもおじさんもお小言なんて言わないと思うよ」
「終わり時がわからなくて! つい!」
「はいはい。それでどうしたの? わざわざ電話するって事は、何か話したいんでしょ?」
「うん。話したい事、ある」
どうしよう、緊張してきた。
嘘吐いてたって言ったら、紅葉怒るかな。
『そんじゃあ、この先でまた迷うような事があれば、その時は楽しいか楽しくないかで考えてみないか?』
楽しい事。私が楽しいのは──。
「紅葉! じ、実は私、ホントは全然恋愛の話に興味無いんです……。好きな人とかエッチな話も全然興味なくて、紅葉と楽しく話したくて頑張って話を合わせてた……」
無理をして紅葉の話についていく事じゃない。
紅葉に嘘を吐くのは全然、楽しくない。
「え? ああ、うん、そっか。うん、そうなんだ」
「嘘吐いててごめんなさい!」
「え。あ、うん。でも、ごめんって言われても……。そんな事で怒んないし、気にしなくていいよ?」
「ホント!?」
「ホントホント。何回か言ったと思うけど、こう言うのは少しずつでいいから。……それに、私の方こそごめんね。冬が無理してるのなんとなくわかってたのに、何もしてあげなくて」
「い! いいよいいよ! どうして紅葉が謝ってるの! 紅葉何も悪くないよ!」
「……うん。そっか」
どうしてか紅葉に謝られてしまった。
「私ね、紅葉」
「うん?」
「ゴールデンウィークの時にね、紅葉がアミちゃんと夕花ちゃんと楽しそうにお話ししてたの聞いてね」
「うん」
「高校生になったら恋バナも頑張って行こうって紅葉も言ってたから、だから頑張ろうって思って」
「うん……ごめんね。でもね、冬に無理をさせる気はなかったんだよ。だから、告白の立ち合いも一緒に居て欲しいなら付き合うし、そう言う話も面白くないなら無理に合わせようとしなくていいんだからね?」
「ううん、わかってるよ。あ、うん、今はわかるよ!」
「うん。そっか」
「それでもね、今は無理はしないけどね、少しずつ頑張ろうとは思ってるよ。だから、試しに誰かとお付き合いしてみようかなって──」
「は? そう言うのは辞めなさい! お試しとかそう言うんじゃなくて、もう少しちゃんと考えなさい! 大事な事でしょ!」
「え、あ! えっと──」
「誰? 誰と付き合おうとしてるの? 今日廊下で告って来ようとしてた奴? それかテスト前に告って来た上級生? 試しに付き合おうとか言われたの? そんなの碌な奴じゃないから絶対に辞めなさい!」
「ちっ、違う! 違うよ紅葉!」
「違う? じゃあ誰と付き合おうとしてるの? 変な奴なら許さないからね」
「そ、そうじゃなくて……。えっと、だから、試しに誰かと付き合ってみたら、私も紅葉達の話についていけるのかなって思ってたんだけど、やっぱりそう言うのは辞めようって」
「当たり前でしょ!」
「う、うんうん。当たり前、だった」
「……ごめん。そんな馬鹿な事まで考えてると思ってなくて、今日だってあんな顔して──」
「あ! でもねでもね! 色々考えるのは悪くなかったよ!」
私のせいで紅葉がまた困り始めたので、慌てて言葉を被せる。
「……そう?」
「うん。恋バナはやっぱり全然わかんないし、カッコイイとか付き合いとかもよくわかんないけどね。でもね、今はまだわからなくてもいいのかなって。そう思えるようになったからね!」
鹿島君に相談して良かった。
こんがらがっていた悩み事が解けていくような、一つ話す度に一つ答えをくれるような、そんな会話をしてくれる人。
何処となく紅葉に似ていて、何となく懐かしい感じがする人。
「うん、そうだね。冬は冬のペースでいいんだから、無理しようとか考えちゃ駄目だからね」
「うん! だから、これからはまた告白に一緒に着いて来て貰ってもいいですか? リリンクで告白された時に返すお断りの文章も、一緒に考えて欲しいです!」
「あのねぇ……。まあ、いいけど。ふふふ」
「ふふふ!」
紅葉にはこれからも迷惑を掛けるかもしれないけど、嘘を吐くような事はやめないとだよね。
電話越しに聞こえる紅葉の笑い声は明るくて、聞いていると私まで嬉しくなってきて、自然と笑ってしまう。
「あ」
「うん? どうしたの、冬」
「ううん! それよりね、今日話し掛けて来てくれた宮野君の事なんだけどね。お断りの返事を──」
嘘を吐くのは辞める事に決めた、それは本当。
だけど、その代わりに隠し事が出来てしまったかもしれない。
『笑ってる方がきっと楽しい人生を送れるんじゃないかって』
自分の両頬を人差し指で持ち上げながら笑う鹿島君の顔を見た直後から、ちょっとの間だけ紅葉の事を忘れていたような気がする。
『だから、姫野さんも笑ってる方がいいよ』
お話が終わって家に帰る途中も、お風呂に入って紅葉とお話している今も。
なんとなく、ずっと、あの時の鹿島君の笑顔が頭に浮かんでいる。
──……ううん。本当は、その前からなのかな。
鹿島君に相談しようと思ったのも、なんとなく、鹿島君になら安心して相談が出来ると思ったからで……。
「──って感じで、今は誰ともお付き合い出来ませんって方向で話すのが一番後腐れないんじゃないかな。聞いてる? 冬?」
「聞いてる! ばっちしだよ!」
──もしかすると、これが気になるって事……なのかな?
なんて言ったらまた紅葉に呆れられちゃいそうだから、これはまだしばらく内緒にしておこう。どうせ考えてもよくわからないしね。
だから、とりあえず今は鹿島君と沢山お話しする所から始めてみようかなって。
沢山話してもっと仲良くなって、鹿島君で間違いないってなったら。
その時はもう一度、今度こそちゃんと紅葉に相談しよう。
「ねね、紅葉?」
「うん?」
「まだ全然わかんないんだけどね。でもね、私にもいつか好きな人が出来たら、その時はまた相談してもいい?」
「当たり前でしょ。私に一番に話しなさいよ? 絶対に上手くいくようにサポートしてあげるから、ふふふ」
「うん! ふふふ!」
やっぱり無理は良くないよね。紅葉、すごく怒ってたし。
でも良かった、これでまたいつも通りだ。
全部上手くいって良かった。
でも、気になる感じの人が出来たから、一歩前進かもしれない!




