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第102話 いつも笑顔でいて欲しい


 12月25日。


 受験生に休みは無いので当たり前のように塾があるわけだが、その日は塾が始まる前からどうにも吉永の様子がおかしかった。


 挙動不審と言うか、情緒不安定と言うか、心ここにあらずと言うか。


 冬休みに突入したので、午前中から夕方までみっちりと授業があるんだけど、その間ずっと何処か様子がおかしかったように思う。


 と言う事で、夕方に塾が終わっていざ帰宅するタイミングで迷わず聞く事に。


「──クリパでなんかあった?」


 昨日、学校の中でも比較的に明るいグループに属している人達が、クラス関係なく集まって、クリスマスパーティーをしていたらしい事は知っている。


 俺も誘われてはいたんだけど、知らない連中も多数参加するっぽかったので、却下。


 見知った連中だけのクリパなら喜んで参加したんだけど、あんまり話した事もない奴とか、そもそも知らない奴が参加するパーティーとかダルそうだったので。


 吉永には喪中とか言ったけど、こっちが本音。


 今なら喜んで参加すると思うけど、中学の頃の俺は皆と仲良くなりたいと言う欲も全然なかったから、こんなもんだろう。


 よく分からない連中と騒ぐよりも、仲の良い親戚の家に集まって騒いだ方が千倍は楽しいだろうと。


 この頃はまだ、そんな風に思っていた。


「別に何もないけど。鹿島、この後時間ある?」


「あるけど、なんか用事?」


「じゃあ、ちょっとケーキでも食べようよ」


「え、なんで?」


「なんでってなんでよ。時間あるんでしょ?」


「まあ、そうだけど。ん-、おっけ、いいよ、晩御飯前だから本当はあんまり食べたくないけど」


「オッケーしといてそう言う事言わないでよねー」


「ははは! 冗談だって。勉強でカロリー消費したから、今ならケーキバイキングでも行けるから安心してくれ」


「あ、そうなの? だったらケーキバイキングにする?」


「え? あー、まあ、それはいいんだけど。え? なに? ホントに何かあった?」


「いや、別に何も無いって言ってるじゃん。ほらー、いこいこー!」


「うぃーっす」


 楽しそうに笑った吉永に手首を掴まれた俺は、そのまま引きずられるようにして電車で移動。少し日が傾き始めた街中を談笑しながら歩いているうちに、吉永のお目当てのお店に到着した。


「はい、どうぞ。クリスマスプレゼント」


 そして、お店に入るや否や、ラッピングされた小さな箱をプレゼントしてくれた。


「え? マジか、いや、あ、悪い。何も用意してないんだけど──」


「ああ。ううん。別にお返しが欲しくて渡すわけじゃないから、気にしないでいいよ」


「いや、でも、なんか用意するよ。あ、じゃあここ俺がお金出すと──」


「だから良いって。別に。……そ、そんなたいした物じゃないから」


「……うっす。了解っす」


 二人とも受験生で中学生なので、そんなにお金があるわけでもない。


 だから、訪れたお店もチェーン店のファミレスで、周りにはカップルや家族連れ、友達で来たと思われるお客さんが居て、五月蠅い中で渡されたクリスマスプレゼント。


「ありがとう、吉永」


 もごもごと喋る吉永はたいした物じゃないと言うけど、こう言うのは気持ちが嬉しいのであって、クリスマスとか誕生日とか、特別な日にプレゼントを貰える事そのものが嬉しい。


 わざわざプレゼントを用意してくれた吉永に対して、何も考えていなかった自分が少し恥ずかしかったけど、それでもここはごめんなさいと口にするよりも、感謝を口にした方が良いと思った。


「凄く嬉しいよ」


「そっか。まあ、それなら、良かった。あ、でも、ホントにたいしたものじゃないって言うか! んー、どうかな……クリスマスプレゼントで渡すようなものでもないって言うか」


「そんなの関係ないって。こう言うのは気持ちだって言うだろ? クリスマスにわざわざ食事に誘ってくれてプレゼント渡してくれるとか、その気持ちが最高に嬉しいんだって」


「またぁ、そうやって恥ずかしい事を。でも、ホントにたいした物じゃないから、ガッカリするのは無しだからね!」


「だからしないって、そんな事。じゃあ、早速開けて良い?」


「いい、けど……」


 許可を得た事で小さな箱を開けた所、中に入っていたのは──。


「おお! 御守! 学業成就とはわかってんねえ、吉永。たいした物じゃないとか言うから何かと思ったけど、今一番欲しいヤツじゃん。すっげぇ嬉しいんだけど?」


「そ、そう? やっぱり? だと思ったんだよねー、えへへ!」


 少々大袈裟なくらいに喜んで笑いかけると、吉永はいつも通りにひひと笑ってくれた。


「じゃあ次はクリスマスケーキを食うかー!」


「まあ、昨日も食べたからホントは控えたいんだけどねー」


「そんな言い訳は聞きませーん。ケーキ食べに行こうって言ったのは吉永なんだから、ちゃんとケーキ食えよなー」


「ううー。あ! じゃあ、シェアしよ? 私こっちのショートケーキ頼むから、鹿島は別の頼んで半分ずつ食べよ?」


「オッケーイ」


 注文したケーキが届いて、食べる前に半分ずつに切り分けたら、後はいつも通り。


 前日のクリスマスパーティーの話しとその愚痴を聞かされて、三好とかその辺の連中との話を聞かかされながら相槌を打つ、いつもの流れ。


 ケーキをちょっとずつ食べながら楽しそうに話す吉永を見ていると、それだけで楽しくて……。こんな毎日が続けばいいなと思いながらも、この時はまだそれが恋なのだとは気付いていなかった。だけど──。


「てか、なんでまた急にクリスマスプレゼントなんてくれたんだ? 嬉しいんだけど、唐突じゃないか?」


「ま、まあ……。それは、まあ、唐突なのかもだけど」


「あ、いやいや、嫌だとかそう言う事じゃなくて、なんか理由でもあるのかなって思って。プレゼントは本当に嬉しいから、一生大事にするよ」


「一生って、それは大事にし過ぎじゃない?」


「そのくらい嬉しいって事だよ」


「そっか」


 そうして、フォークをくわえながら笑う吉永が可愛くて、俺が思わず笑顔になってしまった所で、一拍置いてから少しばかり目を伏せた彼女が理由を話してくれた。


「いや、その……。私は、ほら……全然、何て言うか、何も知らなかったから」


「何もって?」


「だから、鹿島のお父さんが、亡くなってた事とか……知らなくて」


「え? ああ、うん。そりゃ話してなかったから仕方なくないか? って言うか、そんな深刻に捉えなくても、本当にもう大丈夫だから」


「だ、だとしてもね。私、なんにも知らなかったんだなって、思って……。け、結構、無神経な話もしたんだろうなって、思って……」


「おっ、おお、おいおいおい? ちょいちょいちょいちょい、俺はホントに大丈夫だから!」


 何がそんなに悲しいのか、吉永の瞳に薄っすらと涙の膜が張った事に気付いた瞬間、かなり焦った。


「その、私、いつも自分の事ばっかだから、あ、あんまり周り見えてなくて……」


「わわ、わかったわかった。おお、落ち着け落ち着け、一旦落ち着こう? な?」


 必死になって泣かないようにしている吉永を見て、俺もそれを応援。


『クリスマス当日にファミレスで女子を泣かせている男子』と言う絵面は、あまりにもエグすぎるので、どうにか持ちこたえて欲しい。傍から見れば俺は確実に大悪党に見えるに違いない。


 そう言う気持ちもあったのは本当だ。だけど、ただ、それ以上に……。


「吉永は、自分が思っているよりもずっと周りの事をよく見てるよ。いつも吉永に助けられてる俺が言うんだから、間違いないって。今日もプレゼント嬉しかったよ、ありがとう」


 単純に、吉永にはそんな顔をして欲しくはないと言う気持ちが強かった。


「とりあえず、ケーキも食べたから遅くなる前に帰ろう? な?」


「……ぅん」


 その後、危うく泣きそうになってしまった吉永を慌ててファミレスから連れ出したら、そのまま帰宅する事になった。


 結局、ファミレスでは何でクリスマスプレゼントを渡そうと思ったのかを聞けなかったんだけど、帰り道でちゃんと教えて貰った。


「──色々と、大変だと思うんだけど……。受験勉強、一緒に頑張ろうって……思って」


「うん」


 自宅最寄り駅に到着したら、吉永が自転車を押して俺がその隣を歩いての会話。


 今も続いている二人きりになれる短い時間。


「それで、何かないかなって思って」


「うん」


「そしたら、御守が良いかなって思って。でも、渡すタイミングなんてもう、あんまないかもだから。クリスマスプレゼントに渡そうって」


「あー、はいはいはい。この先はもう勉強以外やることないしな」


「……か、鹿島、お父さんずっと入院してたって聞いて。だ、だから、プレゼント、私だけでも、渡そうって──」


「いやいやいや! だから、マジで俺なら大丈夫だから、マジで! ……いや、でも、まあ、その、吉永の言いたい事はわかったから。御守、本当に嬉しいよ。大事にするよ、ホントに」


 ファミレスでは何とか回避できたんだけど、トボトボと歩きながらポツリポツリと話す吉永の瞳からはとうとう涙がポロポロと溢れ出してしまった。


 どうやら少し前に父が亡くなったと言う話を聞いてから、俺のクラスの人とか三好に話を聞いたようで……。俺の父が小三から入院していたと言う話とかも入手した結果、吉永の中の俺は相当悲惨な子供時代を過ごした事になったっぽい。


 クリスマスプレゼントも貰った事が無いと思ったのか。それならせめて自分が渡そう、そう思っての唐突なプレゼントだったとか。


 もちろんだけど、全然そんな事は無い。


 毎年親戚の家でクリスマスパーティーをするし、なんならこの日も帰ったら親戚の家に行ってパーティーだったので、クリスマスやら誕生日で寂しいと感じた事なんて無いんだけど──。


「ク、クリスマス、おめでとう、鹿島ぁ。……受験……一緒に、頑張ろぉね」


 寒空の下。俺の隣で自転車を押しながら、ポロポロと涙を流している彼女を見た時。


「うん。ありがとう、吉永。受験、頑張ろうな」


「……う゛ん゛」


 泣きながらも力強く返事をする彼女を見た時。その時になってやっと……やっと、理解出来た。


 彼女を見ている時にだけ感じる不思議な感覚、胸が温かくなる意味。その想いの源泉が何処から来ているのか。どうして俺は吉永にいつも笑っていて欲しいと思うのか、その意味がやっと理解できた。


 あの日、あの瞬間、彼女に抱くこの気持ちが恋なのだと自覚した。


「──優し過ぎるんだよな、吉永は」


 吉永から貰った学業成就の御守を見た俺はもう一度だけ溜息を吐き出すと、ベッドの上にスマホを放り出したまま勉強机に戻った。


「はーーーー。勉強すっかー」


 悩みや不安は、それこそ星の数ほどある。


 だけど、少なくともこの御守がある間は勉強をサボる気にはなれないんだよな。


 勉強机の上にぶら下がっている御守に指先でちょんと触ると、ぷらぷらと揺れる。


「ふふ」


 吉永のせいで勉強に集中出来ないのに、そんな彼女がくれた御守のお陰で勉強を頑張れていると言う現状に、思わず笑ってしまった。


 そもそも、吉永は自分の事ばかり考えていて周りが見えていないとか言っていたけど、それはないだろう。


 いつも姫野の相手をして、周りにいる色んな人に気を遣ってる癖に、それで自己中ってのは流石に無理がある。どんだけ自己評価が厳しいんだろうか。何かの修行でもしてるのか?


 まあ確かに、すぐに泣く人間は鬱陶しいと言う人もいるけど、それが誰か為の流した涙だとすれば、きっとその涙には優しさが詰まっているはずだから。俺は他人の為に涙を流せる人を鬱陶しいとは思わないし、愛おしいとすら思う。


 だけど……だからこそ、優しい人にはいつも笑顔でいて欲しいとも思っている。


 誰かの為に涙を流すよりも、吉永にはもっと自分の為に笑っていて欲しい。別に三好が好きでもなんでもいいけど、吉永にはずっと笑顔でいて欲しい。


 告白をすると決めたせいか。この日はいつも以上に吉永の事を考えてしまって、いまいち勉強に集中が出来なかった。


 それでも俺には御守があるから、自然と勉強に気合が入るんだから不思議なものだ。


 本当に効果あると思うわ、この御守。すげえよ、吉永。

その理由が分かった時、この気持ちが恋なのだと理解した。

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