第100話 よし。
そうして、少し待つとカーテンの向こうから声が掛かった。
「……鹿島―、居るー?」
「居るー」
「よーし。えー、それじゃ、えっと、まず一個目ね」
ソロリソロリとゆっくり開いたカーテンの向こうには、当たり前だけど水着姿の吉永が居た。
「えっと、まずはビキニの方なんだけど、まだこれってわけじゃくて。こ、コレね! ココね! フロントで布が交差するクロスデザインって言って、作りがしっかりしてるからバストが安定してね、それでね──」
「うん、凄く似合ってる」
「ホント!?」
何やらまた水着の説明をしてくれている吉永には申し訳ないけど、俺の頭は完全に壊れてしまった。
「まあ吉永はスタイルいいからさ、何着ても似合うんだろうけど。でも、いいと思うよ。クロスデザイン? お洒落な感じが吉永によく似合ってるよ」
「そ、そうかな? え? そうかな? あ、鹿島にそんな事言われる初めてかも」
「言うのは初めてだけど、吉永が可愛いってのは本当の事だしな」
「え、もう、褒めすぎだってばー!」
今日一日過度な緊張に晒されすぎたせいか。
サッカーの試合中にゾーンに突入したような感覚に襲われた俺の頭は、一周回って冷静さを取り戻し始めた。
頭の中が一瞬にして水着姿の吉永で埋め尽くされたので、他の事を考えるだけの余裕が無くなったとも言う。
「え、じゃ、じゃあもうこれにしちゃおうかな? どうしよっかな、こ、これにしよっかな、えへへ」
興奮して鼻血が出そうって、こう言う事だったのか……。
鼻血が出そうって言うか、どちらかと言うと脳の血管が切れそうな感覚。
アニメや漫画で見たアレは、恐らく鼻血が出ているのではなくて、脳の血管が切れて鼻から流れてるんだと思う。
どのアニメや漫画でも出血量凄いもんな。
頭がぼーっとする。
「あ、でも、折角だからもう一つの方も着てみるね! もう少し待っててね!」
「はいよー、おっけー」
ニヘラと笑った吉永がカーテンの向こうに消えた瞬間、その場にしゃがみ込んだ俺は思った。
よし告白しよう、と。
仮に振られたとしても……いやまあ、十中八九振られるんだろうけど。それでも、俺が吉永の事をどう想っているのかは伝えたい。玉砕覚悟で告白する連中が理解不能だったけど、今ならそういう人達の心理もわかるような気がする。
世界的に見れば交際前に想いを伝える『告白』する文化のある国は極々一部で、告白する習慣の無い国からすれば間抜けな馬鹿げた文化に見えるらしいけど、今ならわかる。
告白文化は素晴らしい。
特に日本の場合、古くは和歌で想いを伝える所から始まって、今でもラブレターや公開告白、SNSを使っての告白など、様々な形で残る告白文化だけど今ならよくわかる。気持ちや想いを確かな言葉にして伝える文化は、とても美しい。
剥き出しの感情を言葉にして伝えるのは大変な勇気が必要になるから、そんな勇気を持った人達だからこそ、告白する男女は誰も彼もが魅力的なのだろう。三好に告白して涙を流していた吉永が綺麗に見えたのも、そう言う理由なのかな。
……まあ、人の告白を馬鹿にしたり玩具にするちょっと近付きたくないタイプの人が居るのも知ってるけど。少なくとも、吉永はそう言う事はしないと言い切れる。
「鹿島、居る?」
「居る居るー」
「えっと、じゃあ次ね」
再び開いたカーテンの中には、先程のビキニとは別の水着に着替えた吉永が居て、おっかなびっくりと言った様子でこちらを見ていた。
「二個目は、ビキニじゃなくてワンピなんだけど、ちょっと露出抑えめって言うか、水着と言うより洋服にも近いかも? どうかな?」
「どうって言うか、さっきのが少し大人っぽかったのに比べて、こっちは可愛い系と言うか。あー……。でも俺はこっちの方が好きかなー」
「え、そうなの? どの辺が良いとかある?」
それはもちろん、さっきの水着の方が吉永の胸とかお腹とか見れてヤバかったのは確かだ。
だけど、俺が見れると言う事は、他の連中も見れると言う事で──……。
それに、こっちの水着なら一緒に居ても緊張し過ぎないで済むかもしれない。
何より、さっきのエロい水着よりも今の可愛い水着の方が吉永に似合っている気がする。
「んー、どの辺だろう。いや、悪い。何となく俺はこっちの方が良いかなって思っただけだから、あんま気にしなくてもいいよ。良い感じの意見言えなくて悪い」
俺以外の男にあんまり見て欲しくない。
それは彼氏や夫だったら許される言葉だろうか言わないけど、つまりはそう言う事。
独占欲強い方なのかな、俺。はぁ……。だせぇ……。
「な、なるほど、そうなんだ? うん、そっか。うーん」
歯切れの悪い俺の言葉に首を傾げた吉永は、身体を捻りながら身に纏った水着を確認していた。
「でも、吉永が──」
「わかった。鹿島はこっちの方が良いなって思うんだよね?」
「ああ、うん。まあ、そうだけど。特に理由は無いって言うか、ただの一個人の意見だからあんま気にしなくていいよ。男子代表の意見としては弱いかも、悪い」
「謝らなくていいってば。うん、わかったー。ありがと、参考になったかもー」
「……おう」
相変わらず少し顔を赤くした吉永が嬉しそうに笑うので、釣られた俺も笑顔を返した所で試着は終了。
その後、当初から言っていた通り、着替え終えた吉永と俺は今日の所は水着を買わずにお店を出る事にした。
親切な店員さんは笑顔で送り出してくれたけど、次は何人か引き連れて来店するので今日の所は許して下さい。
そうして、水着選びの後にショッピングセンターの中を軽く見て回った俺と吉永は、遅くなって電車が混む前に帰宅する事となった。
「おっつかれー。今日は色々付き合ってくれて助かったよ」
「それ言うの私の方じゃない?」
「んな事ないって、一人であの塾に行くのは中々に勇気がいるからな。戦友が居てくれて助かったわ」
「戦友かー。それじゃあ、次があるならまた行ってあげるー」
最寄り駅に到着すれば、長いようで短い一日がようやく終わった事を実感する。
ほっとする一方で、今日一日が幸せ過ぎたから寂しさも感じているかもしれない。
「そりゃ助かる、次があればまた頼むよ。さーてと、明日学校行けば期末の順位も出るんだろうなー」
「だねー。順位落ちたら部長に何言われるかわかんないから、実はちょっと怖いかも、んふふ」
「安藤部長いつも笑ってるけど、なんか地味に怖いもんなー」
「あー、それちょっとわかるかも。本人には言えないけど、へへへ」
吉永がどう想っているかはわからないけど、俺は今日の事を初めてのデートとして覚えておく事にしよう。
心なしか隣を歩く彼女との距離が縮まったような、そんな気もするけど……。
どうなんだろうなー、全然わっかんねえなぁ。
「そんじゃ、また明日学校でー」
「うん、またねー」
いつもの道、いつもの別れの言葉。
いつもと違う事があるとすれば──。
「ねえ、鹿島?」
「ん? なんすか?」
「んー……。ううん、やっぱなんでもなーい。またね」
吉永の笑い方が少し変わった事だろうか。
出会った頃のような、屈託のない笑顔。
今日は、俺が好きになった彼女の笑顔を沢山見る事が出来た。出来る事なら、明日からもずっと笑っていて欲しい。
「はいよー、またなー」
夕陽に溶けるように消えていく吉永を見送ると、少し寂しい気持ちになったけど、寂しがっている暇はない。
「──さて、と」
いつ告白するかな。
確かに、俺はまだ吉永のように泣いてしまう程に想いを募らせているわけではないかもしれない。
だけど、それでも、この気持ちはもう引き返せない所まで来てしまったと思う。水着姿を見て告白しようと思ったのは我ながらどうかと思うけど、切欠なんてどうでもいい。
俺は吉永が好きで、彼女に告白したい。その気持ちが今まで以上に確かなものになっただけの話だからな。
告白しよっと。




