第10話 どことなく元気がないような
「篠原愛実ですー。……うーん、だね、恥ずいかも」
「アミちゃん!」
「うんうん、アミちゃんだよー」
たいしたもので、篠原は早くも姫野の扱い方がわかっている感じだ。
「えー、うーん、何これ恥ずかしいんだけど」
「俺もやったんだから逃げるのは許さない」
「康太の言葉を全面的に支持する」
そして、俺と青島の言葉を聞いて溜息をついた篠原が、一拍置いてから話しだした。
「部活の話とかその辺の自己紹介は教室でもやっちゃたから、なんだろうね? 何言えばいいんだろ」
「何でも知りたいです!」
「なんでもかー。あ、そだね。もう知ってると思うけど、隣にいる宗ちゃんが私の彼氏で、私と同じ高校入る為に頑張って勉強してくれたんだよねー」
「へいへい。どうせ俺は馬鹿ですよ」
「そうは言ってないじゃーん。同じとこ入れてくれたでしょ? 私の為に頑張ってくれたのが嬉しいって話だよ」
「一緒だね、服部君! 私も勉強下手だったけど、紅葉と同じ学校入る為に頑張ったんだよ!」
勉強下手って表現がもう既に勉強下手そうだな、姫野。
「うん? ああ、おう。姫野さんも勉強苦手なんだ?」
「苦手ー。だけど、紅葉が教えてくれたら凄く良くわかるんだぁ」
「冬は集中力あるんだから、一人で勉強する習慣をつけなさいよ」
「へー、吉永さんって勉強教えるの上手なんだ? 私も宗ちゃんに教えてあげたかったんだけど」
「愛実が何言ってるか全然わからなかったわ」
「ちゃんと教えてたんだけどなぁ」
一人一人自己紹介すると言う流れは何処へいったのか。
一度緩んでしまった空気は急激に弛緩していくもので……。
「てか、もう私の自己紹介よくない? ここにいる皆なんとなくわかるでしょ。次いこ次、夕花いっちゃお」
「はいはい。えーっと? 私は田邊夕花で、この中だとー……鹿島君だけかな、あんまり知らないの? よろしくね」
篠原の次に自己紹介フェーズに突入したのは、俺や青島達が座る席の向かい側で、俺とは対角線上の一番離れた位置座っている女子。
「よろしくお願いします!」
対角線上に座る俺と田邊さんが、お互いにペコペコと頭を下げる。
「自己紹介。自己紹介かー。愛実と同じで大体教室で言っちゃったからなー」
姫野にちょっと似た髪型、黒のロングではある。
だけど、どうしてだろうか。
顔立ちのせいなのか、それとも眼鏡を掛けているからなのか、隣に座る姫野と見比べると田邊さんからはちゃんとした知性を感じる。
一言で言えば、真面目そうな印象を受ける。
あえてこの中で挙げるとすれば吉永に近い感じで、真面目な優等生な印象。
てか、教室での自己紹介でも真面目だったと言うか、しっかりしていたと言うか。
ちゃんとした目標を持っている人だな、とは思っていた。
「教室の自己紹介の繰り返しになっちゃうけど、私が深山に入ったのは『宮祭』をやりたいからで、一年では難しくても二年では宮祭の執行部──『宮廷』に入って全力で盛り上げたいと思ってます」
それを聞いた俺達の口から、自然と“おおー”と言う感嘆の言葉が漏れると共に小さめの拍手が起こる。
「はい!」
「どうぞ、姫野さん」
すぐ隣で勢い良く手を挙げた姫野に、田邊は微塵も怯む事なく微笑んで答えた。
強い、この女子やりおる。
なんて事を考えていると、姫野が質問を口にする。
「時々皆言ってる宮祭ってどんなのですか! 文化祭とは違うの?」
「ううん、文化祭ですよ」
「文化祭なの?」
田邊の答えが理解できなかったようで、姫野は首を傾げてしまう。
「ええ。今日も先生から軽く説明があったと思うけど、宮祭は深山高校の二学期にある文化祭とか体育祭とかその辺の祭の事を言うんですよ」
「先生が“一週間に青春を詰め込んでー”って言ってたあれ?」
「そう、それね。実際には夏休み前から準備期間があるんだけど。皆も知っての通り、深山高校の青春の殆どは二学期が始まった直後の最初の一週間だと言っても過言じゃないです」
「一週間……?」
瞳に力が入った田邊が語りだした事で大人しくなった姫野が、一週間と言う言葉を繰り返し呟きながら頭を傾げるロボットになったけど、吉永が頭を撫でて落ち着かせていた。
「宮祭は文化祭、体育祭、後夜祭の三つの祭りを一週間かけて行う深山高校で一番大きいイベントね。特に文化祭は三日間あって、保護者や周辺地域に開放される最初の二日と、生徒だけで行う三日目があるみたいなので、私も三日目の内容は知りません」
「三日! 凄い!」
「うん。高校の文化祭なんて一日でさっと終わらせる所が殆どで、長くても二日なんだけど、深山高校は三日あるんですよ。それで、文化祭が終われば翌日が休日になって、その翌日が体育祭ですね。平日のど真ん中に開催される体育祭は、文化祭と違って一般客がいないので観客はぐっと減りますけど、それでも、運動部はこの一日が見せ所になると思います」
「うんうん!」
田邊の説明がわかりやすいのか、それとも文化祭や体育祭と言ったお祭り事がきなのか。
それは知らないけど、目を輝かせている姫野を見ると思わず頬が緩む。
そうして、何にでも感動する奴だなー、なんて事を考えながら姫野を見ていた俺がさり気なく視線を横にずらせば、退屈そうに視線を落としている吉永が居た。
なんか、今日はなんとなく疲れて見えると言うか、調子悪いのかな。