2 取引 ①
エンリェードたちが館の食堂へ行くと、そこにはルクァイヤッドをはじめ十余人ほどの人々が集まっていた。その全員が月夜の民だ。種族は妖精族が一番多く、流枝の民は先ほどのユーニスと男が二人。そして若草の民と呼ばれる小人族が一人、食堂のテーブルに腰かけて話をしていた。
「僕は同じ商人だし、彼に顔を知られると調査がしづらくなるだろうから、ここで待っているよ。戦いについては全然わからないしね」
「戦いに詳しい騎士様が来たわよ」
ユーニスの言葉に、一同が部屋に入ってきたフィンレーとエンリェードの方を見やる。
「フィンレー卿、エンリェード卿も、ありがとうございます。人間の商人の方が本格的に取引をしたいと、来られています。フィンレー卿は同席されるでしょう?」
「ああ、呼びに来てくれて助かったよ。ありがとう、レディ・ユーニス」
「エンリェード卿はどうされますか? 客人をお待たせしているので、詳しい事情を説明する時間がないのが申し訳ないところですが」
「商人のことはここに来る途中で少し話した。君も来い、エンリェード。どうせ商人にこちらの事情を説明をしないといけないんだ、君も同席すれば状況がわかっていいだろう」
フィンレーの言葉にエンリェードはうなずく。
「では私とフィンレー卿、エンリェード卿、そしてレディ・ユーニスとイドラス卿の五人で話を伺ってきましょう。これ以上の大人数で行っても、お相手を怖がらせるだけでしょうから」
そう言うとルクァイヤッドがいくつかの書類とおぼしきものを持って先に立ち、五人は客人である商人が待つ応接室へと向かった。
その途中、フィンレーが「確か予定では、商人が来るのは明日の日中じゃなかったか?」と尋ねる。それに答えたのはルクァイヤッドだった。
「そのはずだったのですが、月夜の民にとっては日が出ていない方が都合がいいだろうからと、わざわざ訪問時間をずらしてくださったようです。商談は早い方がいい、ということでもあるようですが」
「ずいぶんと月夜の民に好意的だな」
「ラトの話では、月夜の民に荷担することに否定的な父親の猛反対を押し切ってきたらしい。あまり公には言えない取引も行ってきた父親に対する反抗心からなのか、月夜の民に対する同情なのか、あるいは本当に月夜の民を良いビジネスパートナーだと思ったのか……その真意は未だわからないが、本気で取引を望んでいるのは間違いないようだ」
険しい顔でそう補足したのは妖精族のイドラスだった。もっとも、彼の表情が険しいのは普段からで、今回に限ったことではないが。
真面目で厳格な彼は、華奢な体格の者が多い妖精族にしては肩幅が広く、比較的がっしりとした体つきの戦士であるためか、その風貌には独特の圧がある。だが彼の語調は柔らかで冷静だった。豊かな白金の髪と端正な顔立ちもいかにも妖精族らしい華やかさがあり、彼の気難しそうな雰囲気を和らげるのに一役買っている。
そんな彼の言葉をさらに補足するように、フィンレーが隣を歩くエンリェードに向かって言った。
「ラトというのは、さっきいた若草の民の商人だ。見た目こそ小さな子供だが、あれでなかなかの商売人でね。人間に紛れて商売をしている。彼は顔が広いから、いろんな情報収集をしてくれているんだ」
「彼が調べてくれた限りでは、これからお会いする商人の方が変異種狩りの領主とつながりがあるという話もありません。ならば純粋な協力者は歓迎したいところです。彼の身の安全も考慮しつつ、協力関係を結べそうならそうしようと思います」
ルクァイヤッドのその言葉に、他の四人は異論なしといった様子でうなずいた。