1 招集 ⑥
フィンレーは窓から差し込む夕焼けの残り火のような、かすかな赤に照らされたエンリェードの顔を見返し、小さく息をつく。
そして「そうだな」と言って首肯した。
「我々の大半がそうだろう。ここに集うのは世にも珍しい、負け戦と承知で、利害も損得も度外視した者たちばかりだから」
「月夜の民の存亡がかかっている」
「そうだ。今戦わなければ、おそらく月夜の民に未来などないだろう。王もいない今、もはや守るべきは月夜の民自身の命くらいのものだ」
この館も領地も、住む者がいなければ守ったところで何も意味はないと彼らにはわかっていた。彼らにはもう自分たち以外に何もないのだ。
「だが、失うものがない者は、戦略でへまをしなければ強い」
穏やかに、しかし強い意志のこもる音吐でフィンレーは言う。エンリェードは彼の横顔を見やり、黙然とうなずいた。
その時、彼らの向かう廊下の先からコウモリが一匹飛んできたかと思うと、若い女の声で「フィン!」と声を上げる。
そして次の瞬間にそのコウモリは二人の目の前で女の姿に変わった。
「ここにいたのね」
「レディ・ユーニス、また館内を飛び回っているのか? イドラス卿に叱られるぞ」
いつものことなのか、フィンレーは驚くどころか少しあきれた口調で言う。
しかし、ユーニスと呼ばれた女は明るい茶色の髪を揺らし、まったく意に介していない様子で不敵に笑って彼に応えた。
「今日は大目に見てくれるわよ、急いであなたを呼びに来たんだから。それに、エンリェード卿もね」
「何かあったのか?」
「あの商人がまた来たの。本気みたい。みんな食堂にいるわ」
それだけ言うとユーニスは再びコウモリに姿を変え、来た方へと戻っていく。
それを見送り、フィンレーはエンリェードに目を向けると、「行こう」と言って足早に歩き出した。エンリェードもそれに黙ったまま従う。
「ちょうど君に話そうと思っていたところだった。人間の商人が一人、我々に協力を申し出て来ているんだ。魔石や魔力薬、資金の提供をするかわりに、今後も月夜の民と優先的に商取引をしたいと」
「……真意は?」
「わからん。本当に月夜の民とは縁もゆかりもない、ただの流枝の民の少年だ。商人をしている月夜の民の仲間が調べた話では、父親が名の知られた商人で、これまで父親と共に稼いだ金を元手に一商人として独り立ちするつもりらしい。
そこで、生きるために魔力を必要とする月夜の民を魔力資源の市場における新たな上客として目を付け、継続的な取引を求めて声をかけてきた、ということのようだが……吸血鬼だの人類の敵だの言われている月夜の民に自ら商売を持ちかけるなんて、よほどのバカか変わり者だろう」
「だが、それが本当なら我々には願ってもない話だ」
エンリェードの言葉にフィンレーは真剣な面持ちでうなずき、「バカか変わり者か、それとも俺たちの救世主となるか、彼の顔を見に行こうじゃないか」と言った。