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1 招集 ⑤

 二人はどちらからともなく視線を暖炉(だんろ)の上の絵画の方へと移し、それを(なが)める。


 繊細(せんさい)な筆で描かれた美しい油絵の表面には、劣化(れっか)と汚れを防ぐ魔力薬製の仕上げ剤が(うす)()られており、魔力薬の持つかすかな青みを帯びた神秘的な光沢(こうたく)を放っていた。それはとどまることを知らない時の流れの中で、決して変わることのない『永遠』の象徴であるかのようにも見えたが、その絵に描かれた人物は二人とももはやこの世にいないというのが皮肉(ひにく)にも思える。


 主のいない館も、今は()き二人の妖精族を描いた絵も、この領地にあるものはすべて形だけのからっぽなものばかりだ。それはフィンレーもルクァイヤッドも、ここに来たばかりのエンリェードでさえ(わか)っている。

 だが、それでもフィンレーは落ち着いた声音ではっきりと言った。


「育ての親も封印されてしまった。どうせあの変異種嫌いの領主が契約など守るわけがないと止めたんだが、聞き入れてもらえなくてね。陛下(へいか)と意見を異にして言い合いをしたのは、あれが最初で最後だよ。案の(じょう)、俺の言った通りになってしまった。だが、ルクァイヤッドは徹底抗戦(てっていこうせん)することを決断してくれたし、君も()けつけてくれた。我らが王を取り戻す機会(きかい)が与えられた今、俺にもまだ生きる意味がある」


 その言葉にエンリェードは再びフィンレーの方へ顔を向け、静かに(たず)ねる。


「……本当に取り戻せると?」


「君は利口(りこう)だな、エンリェード」


 フィンレーはそう言って微笑(ほほえ)み、エンリェードに体ごと向き直ると、(けわ)しい表情を浮かべて言った。


「どれほどの者が召集に応じるかわからないが、全員が参戦したとしても不利には違いない」


「数は?」


 エンリェードも真剣な面持ちでうなずき、フィンレーに問いを重ねる。

 彼らは絵画に背を向け書斎(しょさい)を出ると、並んで廊下(ろうか)を歩きながら話を続けた。


「敵は推定では四百。開戦する頃には少なくとも倍になっているだろう。対するこちらは三(けた)に届くかどうか、というところだ」


 廊下の先を真っ直ぐに見()えながらフィンレーが言う。


「普通の人間同士の争いなら、半日もあれば決着の付く人数差と規模だ。月夜の民がいくら百人力とはいえ、とても有利とは呼べない。しかも、もともと数が少ない月夜の民と違って、相手はいくらでも増援を得られる」


「資金が続く限りは」


 そう付け()したエンリェードに若い騎士はにやりと笑いかける。


「その通り! 我々の勝機はそこにかかっていると俺たちは見ている。傭兵稼業(ようへいかぎょう)の者は結構いるが、需要(じゅよう)があると判ればその値はどんどんつり上がり、人が増えるほどその分の費用もかさむ。しかも戦況(せんきょう)(かんば)しくないとなれば、参戦を断る者も出てくるだろう。増援を用意するのが難しくなり、最初の勢いは(おとろ)える。そこまでもたせれば、勝機はなくともひどい負け方はしないはずだ」


「秋まで長引かせれば、いかに変異種狩りに熱心な領主も収穫と冬支度(ふゆじたく)のために領地に戻らなければいけなくなる。それは彼に追従する他の領主や権力者も同様だ。たとえ件の領主が一人で(ねば)っても、多くの者は帰りたがるだろう」


「そう、そしてこちらは冬支度など関係ない――少なくとも月夜の民は」


 そう言ってフィンレーは隣を歩くエンリェードの方へ顔を向けると、興味深そうな表情を浮かべて「君は話が早そうだ」と言った。


「戦の経験が?」


「いや、父の書斎にあった本と、盤上遊技(ばんじょうゆうぎ)の経験で得た知識くらいのものだ」


「盤上遊技? チェスのことか」


 初耳だという様子で尋ね返すフィンレーに視線を向け、エンリェードは首を振って答えを返した。


「チェスに天候や地形の効果、兵糧(ひょうろう)、資金、視界情報の要素などを加えた、より実戦に近い条件下で戦略を競うものだ。まだ生まれて間もない遊技だが、軍学の講義に採用しているところもある」


「なるほど、学問に無縁の俺が知るはずもないな」


 フィンレーはため息混じりに言い、肩をすくめてみせる。


 それに対し、エンリェードは「実戦に勝るものはない。座学のみの知識しかない私など、何も知らないのと同様だ」と静かな語調で応えた。


 フィンレーの口振りからして、彼には戦の経験があるのだろうとエンリェードは考える。実際、月夜の民の王が封印される前にも、彼らは変異種狩りの領主と小競(こぜ)り合いじみたことを何度か行っている。それに決着を付けるための王の封印だったはずだが、皮肉にもそれが全面戦争を決定づけてしまったようなものだ。


 その過去の戦いにフィンレーが加わっていたなら、おそらく彼はその時、まだ十代の少年だっただろう。そんなころから実戦の経験を積んでいる彼と、歴史と魔術の勉学にばかり(いそ)しんできたエンリェードでは、戦に関する知識など比べようもないと思われた。


 しかし、フィンレーは再びエンリェードに目を向け、「そうでもないな」と面白がるような口調で言う。


「君は確かに実戦を知らないだろうが、戦の仕組みは理解していると見た。先人の言葉も、過去の経験も価値がある。それを()かす頭がないなら何の意味もないが、君はそうではないだろう。


人が戦う理由の多くは名誉のためでなく利害、真に勝敗を決めるのは戦力ではなく戦術だ。ただ正面から(なぐ)り合うだけが戦争じゃない。兵を(やしな)う物資、それを運ぶ馬車、当然それらを用意する費用もかかる。大軍を動かすなら、通れる道も選ばなければならない。


そういったことをきちんと理解している人材は有用だ。腕が立てばそれだけで勝てると思っている連中よりもはるかにな」


「そういった者が英雄になる。自分の腕と勝利を信じて戦い、実際にそれをつかみ取れる者こそが英雄だ」


 エンリェードは淡々(たんたん)とした声音でそう(こた)える。

 しかしそのあとに彼は一言、(つぶや)くように言葉を足した。


「だが私は英雄になりに来たわけじゃない」

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