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1 招集 ④

「うちはもともと、騎士の家系でね。そこそこの名誉(めいよ)と金があったもんだから、ある日幼い三男坊が誘拐(ゆうかい)された。もちろん相手の目当ては金だったわけだが、そいつは実に運のないやつで、当時近くを周遊していた月夜の民の王に出くわし、あっさりと人質(ひとじち)の子供を奪われてしまったのさ。


月夜の民の王は親切にその子供を家に帰してやろうとしたが、子供の両親は恩人が月夜の民の王と呼ばれる男と知り、臆病(おくびょう)風を吹かせた。自分の子供が変異種にされたかもしれない、あるいはそうでなかったとしても、変異種の王に恩を受けては、変異種狩りで有名な領主に人類の裏切者として目を付けられるかもしれない、とね。


そこで両親は、三男を死んだものとして返還(へんかん)拒否(きょひ)した。そして行き場のなくなった子供は月夜の民の王に育てられ、彼の近衛(このえ)騎士になったというわけだ」


 まるでおとぎ話でも口にするような、どこか他人事(ひとごと)のような話し方でそこまで語ると、フィンレーは反応をうかがうようにエンリェードに目を向ける。


 それに対し彼は数秒の沈黙(ちんもく)のあと、「あなたにとってそれが良い運命であったのならいいのですが」と言った。


 それを聞いて騎士は快活(かいかつ)に声をあげて笑う。


「あなたは慎重(しんちょう)だな、エンリェード(きょう)。いや、賢明(けんめい)か、それとも優しいと申し上げるべきか? もちろん良い運命だったとも。そうでなければ、私は今ここにこうしていないだろう。


確かに両親が案じたように、月夜の民には人を従わせる力がある。血を奪われた者は眷族(けんぞく)となり、解放されるまで下僕になるなんて(うわさ)も。だから私が月夜の民の傀儡(かいらい)となって戻ってくると恐れたのも無理はない。


実際にそんな風に人間を支配した者も過去にはいたかもしれないし、噂の真偽(しんぎ)までは私は知らないが、たとえ本当だとしても関係ない。少なくとも陛下がそんな卑劣(ひれつ)なことをするわけがないからだ」


 フィンレーはそう言うと大仰(おおぎょう)に両手を広げ、一呼吸はさむと、吟遊詩人のような口調で「かくして」とさらに言葉を続けた。


数奇(すうき)な運命の三男坊は月夜の民の王に従う騎士となり、今は主を失ったが、ここにきて憧れだった黒狼公のご子息に出会う幸運にも恵まれたというわけだ。種族は違うが同じ王の名の下、共に戦う友となったのだから堅苦しい言葉(づか)いはもう必要ないよな? 君も俺のことはフィンレー卿などと呼ばずに、ただフィンレーと呼んでくれ」


「……あなたがお望みなら」


 エンリェードの返答に騎士は満足そうにうなずく。


 明るい夏の日差しを思わせる金色の髪に血の通った肌の色を持つフィンレーは、冬の夜に落ちる闇の(とばり)のような黒髪と、月のように白い肌を持つエンリェードとはまったく見た目が違うにも関わらず、彼に対してまるで家族であるかのような親し気な口調でさらに続けた。


「俺は君とは近しいものを感じているんだ。俺は人間の両親に見捨てられ、月夜の民に育てられた異端児(いたんじ)。そして君は(みずか)ら変異したのではなく、月夜の民の親を持ち、その特質を引き()いで生まれた(まれ)な子供だ。


月夜の民の親から月夜の民の子供が生まれるのは、数百年に一度くらいだと聞く。そんな君を産んだ母君は早くに亡くなられたため、幼かった君を育てたのは三番目の奥方で、流枝の民の女性――だろう? つまり、我々はお互いに自分とは種族の異なる親に育てられたというわけだ」


「何故そんなに私のことに詳しい?」


「陛下から聞いたんだ。黒狼公がご自分の領地に去られてからも、何度か手紙のやり取りがあったらしくてね。それで月夜の民の血を引く、黒狼公の正当な後継者とでも言うべき君が生まれたことも聞き知った。それで俺は勝手に君に共感していたんだよ。境遇(きょうぐう)に似たところがある気がしてね」


 誰にも話した覚えのない自分のことを、会ったばかりの青年がやけに詳しく知っていることに疑問を持った様子のエンリェードに対し、フィンレーはいささか自嘲気味(じちょうぎみ)に笑って肩をすくめてみせる。

 そして彼は自分でも言い訳がましいと思いつつも、どこか独り言のように心の内を口にした。


「実のところ、俺も自分の親の顔はあまりはっきりと覚えていないんだ。別に(うら)んじゃいないが、思い出したいとは思わないし、会いに行こうとも思わない。会いたくてももうご両親に会えない君とは状況が少し違うだろうが……どうにも君には自分を投影(とうえい)してしまう。俺にはあまり、自分につながるものが周りになかったせいかな」


「……」


 そんなフィンレーの言葉に、エンリェードはただ沈黙(ちんもく)のみを返した。しかしそれは返す言葉に困ったからではなく、理解ある寛容(かんよう)の沈黙であったと言える。彼にもフィンレーの気持ちが(わか)る気がしたからだ。

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