5 それぞれの役目 ⑤
作戦会議が終わるころにはすっかり空は白み、雲の切れ間からこぼれ落ちる春の暖かな日差しが立派な館の屋根や石壁、広々とした前庭を照らしている。
わずかに鳥の声はするものの目につくところに生き物の姿はなく、館の周辺は相変わらずのわびしさに包まれていた。
「そんなところにいたら灰になるぞ」
軽い口調の青年の声にエンリェードが振り向く。
石で作られた外壁の内側に備えられている、おそらくほぼ彼専用の梯子を登り切ったフィンレーは、壁の上から外の様子を眺めていたエンリェードの隣に並んで立った。
そこから見える景色は一面朝靄に煙り、白く飽和して遠くまで見通せない。月夜の民は比較的目がいいが、彼らの赤い瞳でも靄の向こう側まで見透かすことはできないだろう。
その光景はまるで先の読めない未来のようにもフィンレーには思えた。
「月夜の民でも、そんなに簡単には灰にならない」
生真面目に、そして静かにエンリェードが応える。
それにフィンレーは小さくため息をついて上着を脱ぐと、エンリェードの頭からそれをかぶせて言った。
「遠路はるばる、ここまで長旅をしてきたんだろう? 休んだ方がいい。今から張り切っていると開戦前に倒れるぞ」
「君こそ睡眠を取るべきだ。人間は毎日眠らないと」
両手で少し持ち上げた上着の下から顔をのぞかせ、エンリェードが淡々と言葉を返す。
その反論にフィンレーはもう一度息をつき、「それはそうなんだが、敵は昼に攻めてくるからな。俺もそろそろ夜の生活から昼に戻さないといけない」と言ってあくびをかみ殺した。
月夜の民と共に生きる彼は、日暮れ前に起きて月夜の民と時を過ごし、夜が明けると眠るという昼夜逆転の生活をしている。
だが、それともしばらくはお別れだ。
フィンレーはエンリェードの方へ顔を向け、おもむろに「よくイドラス卿を説得してくれたよ」と言った。
「俺も何度か彼に発破をかけてはみたんだが、彼は慎重だからなかなか首を縦に振ってくれなくてな。イドラス卿がその気にならないなら、俺がやるしかないと思っていたところだった」
「……彼にはずいぶんと失礼なことを言ってしまった」
ぽつりとそう呟いたエンリェードに、フィンレーは明るく笑って首を振ってみせる。
「イドラス卿はあんなことで怒るような器の小さい人じゃない。むしろ感謝してるさ」
その言葉にエンリェードはうつむき、「ここへ来る前、礼は言われたよ」と、朝露が一粒落ちるように言った。
「へえ、何て風に?」
「私とラトの言葉で目が覚めたと」
エンリェードの返答にフィンレーは声をあげて笑った。
「確かにラトの言葉は効いたな。誰も言わなかったことを堂々と言い切ったから」
そう言ってフィンレーは石壁の上に腰を下ろし、白くかすむ眼前の景色を眺めながら深呼吸をする。かすかに潮の香りをはらむ朝の空気は柔らかく、夜のうちに冬の名残はずいぶんと遠くへ去ったようだ。




