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5 それぞれの役目 ④

「もう一つ、提案をしてもいいでしょうか」


「どうした?」


 フィンレーが不思議そうに尋ねると、エンリェードは血の気の欠けた白く長い指でテーブルの上に広げられた地図の岩場の部分を示しながら、「外で守るならこの岩場まで敵を入れるより、その手前の谷のところで足止めした方がいいかと思います」と言った。


 そして()れ地に置かれたままの自軍の(こま)と同じ色の駒を二つ手に取り、細い道を(はさ)むように切り立つ谷の上の両側に一つずつ駒を置く。


「ここへ来る時に、この谷を見かけました。彼らの弓が吸血鬼狩りの狩人たちの使うものと同じ(いしゆみ)なら、下から谷の上までは射線(しゃせん)が通らないはずです。


弩は矢が太く、威力(いりょく)は高いですが比較的(ひかくてき)真っ直ぐに飛ぶので、あの谷の高さなら少し顔を引っ込めれば当たることはないでしょう。長弓の矢は大きな放物線を描くので、角度次第(しだい)では届くとは思いますが、顔を出していない状態の我々に当てるのは難しいはず。


当てずっぽうに撃つことになるでしょうから、敵の矢を消耗(しょうもう)させられるかと。そして我々は敵の射程外の上空や谷の上から易々(やすやす)と攻撃ができます。


前方の谷の終わりのところ、岩場につながるあたりを本隊で押さえれば、相手は後方にしか逃げ場がありませんが、大所帯の彼らは下がるのも一苦労でしょう。外で守るなら、ここでないとほぼ意味はないように思います。この地の利を生かさず、自軍を荒れ地まで下げてしまうのはあまりにも弱い」


 そう言ってエンリェードは荒れ地のところにあった自軍の駒を岩場と谷の境目(さかいめ)に置き、谷の上の両側二つと合わせて三方から谷の下の細道を囲む配置を作ってみせた。

 それを見てフィンレーが興味深そうに声をあげる。


「驚いたな、ドクター・ルクァイヤッドも以前、まったく同じ提案をしていた」


断念(だんねん)したのは、谷の上の二部隊と本隊の連携(れんけい)を密に取って相手の出方を見ながら的確に動かないと、強引に正面突破されたり、大型魔術で各個撃破され壊滅(かいめつ)しかねないからだ」


 イドラスが(きび)しい口調で説明を加える。


「そこまでの統率(とうそつ)は無理だという判断から、夜襲(やしゅう)のしやすさも考慮(こうりょ)して荒れ地にまで下がる案になったんだが、連携が可能なら確かにそこの方がはるかに強いな」


 フィンレーは地図とその上に置かれた駒を見やり、考え込むように(あご)に手を当てながらそう言った。

 エンリェードはそれにうなずき、さらに言葉を続ける。


「ただでさえ数で(おと)る戦力を分散させるのはリスクが高いですが、各部隊が少数だからこそ守る数が減るとも言えます。


敵はさすがに三方同時に魔術で攻撃することはできないでしょうし、たとえ同時に攻撃してきたとしても、各部隊で張る対魔術用の防御壁は小規模(しょうきぼ)ですみます。大がかりな魔術装置は必要ありませんし、規模が小さいほど守りは(かた)くできるので、デメリットばかりではありません。


夜襲のことを考えるならこちらの領土に入ってくれた方がやりやすいですが、交戦状態の場合、敵の部隊や駐屯地(ちゅうとんち)および領地に攻撃をすることは伝統的に容認されています。隣の領地に多少の迷惑はかかりますが、他者の土地に駐屯する彼らに非があるということになるので、我々が国際的に非難されることはないでしょう。


ならば、昼でも防衛のしやすい谷を押さえた方がいいと思います。谷の上に敵も兵を出してくるでしょうが、大軍を動かせるほどの広さはありません。どちらにどれほどの敵がいるのかを正確に把握(はあく)し、きちんと対処すればある程度の期間、守ることは可能だと思います」


「ただし、指揮を(あやま)れば総崩(そうくず)れ、か」


「そうさせないために、私たちが補佐をします」


 きっぱりとそう言い切ったエンリェードを、少し驚いたように一同が見やる。

 フィンレーも目を見張り、一瞬ぽかんとした様子で彼を見ていたが、たちまち表情を変えてにやりと笑みを浮かべると、「俺はその案に賛成だ」と、よく通る大きな声で言った。


「確かに荒れ地での防衛は弱すぎる。攻城兵器の脅威(きょうい)こそないが、防御壁を構築するまともな魔術装置もない状態で、自軍すべてや本陣を守り続けるのはあまりにも厳しいだろう。携行(けいこう)魔術装置を使うにしても限度がある。


エンリェードの言うように、規模の大きい対魔術用の防御壁を構築するのは、小規模のものより壁が薄く魔力資源の消費も激しいしな。それに、この(せま)い谷で押さえ込めれば敵は攻城兵器はもちろん、歩兵や騎兵すらろくに動かせなくなるんだ、ほぼ弓と魔術にだけ気を付ければすむ状態になるのはいい」


 フィンレーの言葉に半数ほどが同意の声をあげた。残り半分はまだ考えあぐねている様子で、沈黙を守っている。

 そんな者たちの意思を問うように、ルクァイヤッドは「籠城(ろうじょう)するか打って出るか、決断を下しましょう」と言った。


「どちらの策を()るにせよ、それに見合った準備をそろそろ始めなければいけませんからね。前回話し合った時は籠城した方がいいと言う人が多かったですが、イドラス卿の指揮の下で連携を取れるとなると、話も変わってくるでしょう」


「多数決で決めるのですか?」


 ロスレンディルの問いにルクァイヤッドはイドラスの方へ視線を向けて答える。


「皆の意見はうかがいますが、最終決定はイドラス卿にお任せするのがいいでしょう」


 その言葉に異論を唱える者はなかった。


 多数決の結果は若干(じゃっかん)、館の外へ打って出る策を支持する者が多く、エンリェードの指摘した谷で足止めする案に票を(とう)じた形と言える。そしてイドラスの最終的な決断も籠城ではなく、館の外に出て兵を率い、谷を封鎖(ふうさ)して防衛することだった。

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