5 それぞれの役目 ③
フィンレーを含め、月夜の民たちは感嘆とも困惑ともつかないざわめきをもらし、顔を見合わせる。それは諸手をあげて喜ぶという風ではなく、反応としては微妙なものだ。
もっとも、エンリェードにもそんな反応が返ってくることはわかっていた。彼らに本当に必要な言葉は別のものだ。それをこの場にいる誰よりも理解していた彼は、「ですが」と言葉を続けた。
「今一度よく考えてみてください。もしも私に指揮を執らせることを良しとするなら、フィンレー卿を指揮官とすることにも問題はないはずです。
大して腕が立つわけでもなく、今回の召集に応じて加わっただけの戦争未経験者である無名の月夜の民か、長く戦いを共にし、経験も豊富だが普通の人間――どちらが信頼できるかという点で考えた時、大差ないと言うなら、実力も経験も充分なフィンレー卿が適任であると私は思います。あるいは、イドラス卿」
エンリェードはそこまで言うとイドラスの方へ顔を向け、静かに言葉を続けた。
「あなたは私が知る限り、私たちの中でもっとも戦いに長けた方です。すべての指揮を執ることになったら、あなた個人の力は存分には発揮できないかもしれませんが、別働隊を率いていらっしゃったのなら、まったく兵を率いたことがない私などよりもはるかに適性があると思います。
規模は大きくなりますから大変でしょうが、補佐くらいなら私にもできるかと思いますので、その時は尽力します。それ以外の他の方に適任がいらっしゃるならそれでも構いません。同じように私はできる限りの補佐をしますし、それでも誰もいないのなら、私が指揮を執りましょう」
そう言ってエンリェードは改めて意見を求めるように一同を見やる。
それにはじめに応じたのは若草の民の商人、ラトだった。流枝の民の子供ほどの背丈しかない小人族である彼は、テーブルに腰かけた状態で皆の方へいくらか身を乗り出しながら言う。
「僕はエンリェード卿でもいいと思うけどな。彼はさっき自分のことを無名だと言ったけど、エンリェード卿は黒狼公の息子だ。戦闘面における陛下の代任を務めていたのが、まさしくその黒狼公だったんだから、そのあとをエンリェード卿が引き継いでもいいんじゃないかと思うよ。
さっきの戦いではフィンレー卿に負けたけど、いくら強くても自分には全軍を率いるなんてできないって臆病風を吹かせている人よりも、やってもいいと言える人の方が僕は適任だと思うね」
「ラト」
咎めるというよりは注意する程度の柔らかな口調でキナヤトエルが彼の名を呼ぶ。その言外には言いすぎだという控えめな警告が込められていたが、ラトは気にしていない風だった。
「だってそうだろ。子供のお遊びじゃないんだ、やりたくないとか、種族が気に入らないから任せたくないとか、つまらない駄々をこねてる場合じゃないよ」
「でも、あなただってやれと言われてもできないでしょう?」
「それはまあ、そうなんだけど……」
ぴしゃりとキナヤトエルに言われ、ラトはきまり悪そうに応じる。
そのやりとりを見てルクァイヤッドは微笑み、剣呑になりかけた空気を変えるように穏やかに言った。
「籠城するにせよ打って出るにせよ、全軍の指揮を執る者はいた方がいいでしょうね。打って出る場合は、指揮官の重要性はさらに高くなるはずです。それでも、それを誰かがやらねばなりません。
私は軍人ではなくただの医者で、戦闘能力もろくにありませんが、必要とあらば指揮を執ることもやぶさかではありません。他の方はどうですか? 他に適任だと思う人がいるなら、挙げてくださって構いませんよ」
「僕はエンリェード卿に一票」
「レディ・ユーニス」
ラトに続いてヴァルツが名前を挙げる。
フィンレーは「俺はイドラス卿だな」と迷いなく言った。
「俺は戦いの経験があるとは言っても、十年にも満たない。だが、イドラス卿は百年以上戦ってきたんだ。月夜の民でもあるし、誰も文句は言わないだろう」
他の者も口々に候補者を挙げるが、イドラスかフィンレーで意見が割れる結果となった。今は外出していてこの場にいないユーニスや、エンリェードを支持する者も少数いるが、エンリェード自身はイドラスに票を投じたこともあり、多数票の二者の中から決めるのが妥当と思われた。
「イドラス卿、あなたご自身のお考えは?」
ルクァイヤッドに穏やかに尋ねられ、イドラスは珍しく戸惑ったような表情を浮かべる。
だが、やがて意を決したように「皆が私を信頼すると言うなら、最善を尽くそう」と、いつも以上の真剣かつ険しい面持ちで応じた。
「決まりだな。ヴァルツもイドラス卿なら納得するだろう?」
フィンレーがそう言って、気難しい流枝の民の青年へと目を向ける。彼はそれに無言で首肯した。
それを見てフィンレーは満足そうに「よし」と声をあげる。
「あとから来る流枝の民の変異者たちも同様だろう。人間の俺より、イドラス卿の方がいい。誰も不満は言わないはずだ」
エンリェードも皆と一緒にその言葉にうなずいた。
「大任を押しつけるような形になってしまい、申し訳ありません。ですが私たちも最大限の補佐をしますから、ご安心ください」
ルクァイヤッドがイドラスに言って微笑むと、彼も短く「頼む」と応じて笑みを見せた。
それに伴い、暗く沈んでいた一同の表情も明るくなる。
そんな彼らに向かってエンリェードが控えめに口をはさんだ。




