表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/29

5 それぞれの役目 ②

 広々とした食堂に、夜の静寂(せいじゃく)にも(まさ)重々(おもおも)しい沈黙(ちんもく)が落ちる。

 破りがたいその静けさを破ったのは、普段は寡黙(かもく)なエンリェードのひやりとした声だった。


「イドラス(きょう)が適任なのでは? 白狼公の名で武功をお聞きしていますが」


 彼の言葉に皆の視線がイドラスへと集まる。

 それを一身に受けたイドラスは小さく息をつき、「久しぶりに聞いた呼び名だな」と(つぶや)いて首を振ってみせた。


「私は陛下とは離れ、少数精鋭(せいえい)別働隊(べつどうたい)(ひき)いてずっと戦ってきた。陽動(ようどう)急襲(きゅうしゅう)などが主な仕事で、私自身の戦い方もそれに適したものだ。本隊を率いるのには向いていない」


 どこかかたくなな思いの感じられる(かた)声音(こわね)でイドラスは言う。

 エンリェードはそれに無言のまま数度まばたきをしたあと、おもむろにフィンレーの方へと顔を向けた。

 何かを問うように彼の目を見る。

 するとフィンレーも首を左右に振り、皮肉(ひにく)っぽさの混じる口調で彼の言葉なき声に(こた)えた。


「俺は確かに陛下のそばでずっと戦っていたが、月夜の民ではないただの人間の俺が指揮(しき)()るのに不満な者はいるだろう。そこのヴァルツとかな」


 そう言ってフィンレーは、今この場にいる月夜の民の中でサムの他にもう一人いる流枝の民の男を見やる。


 褐色(かっしょく)の肌を持つ目つきの(するど)小柄(こがら)な青年は何も言わず、ただ尊大(そんだい)に鼻を鳴らしただけだった。

 その様子を見て、キナヤトエルがいくらか同情的に呟く。


「流枝の民の変異者は特に、人間に迫害(はくがい)された経験のある人が多いから、気持ちもわからなくはないわ。フィンレーは仲間なんだから他の人間とは違うと思って欲しいところだけど、理屈(りくつ)ではどうにもならない感情というものはあるものね」


「これでもずいぶん和解した方なんだぜ。なあ?」


 親しげな軽い語調で声をかけるフィンレーに、ヴァルツは腕を組んでそっぽを向いたまま何も応えなかった。


「まあ、彼があなたにあたりが強いのは、ユーニスがあなたに好意的だからでしょうけど。奥手なんだから」


「おい、適当なことを言うな」


 キナヤトエルの冗談めかした言葉に、ヴァルツは不機嫌(ふきげん)そうに返して彼女を(にら)む。

 それにキナヤトエルは小さく肩をすくめ、「そうね。悪かったわ」と言った。


「でも奥手なのは本当よ。みんなね。妖精族は元々平和主義的な種族だし、流枝の民も陛下の言葉には忠実だけど、自分から兵を率いることはしたがらないか、()が強くて独走しがち。復讐(ふくしゅう)躍起(やっき)になったり、周囲の状況に目を向けるのを(おこた)ったりね。


そんなみんなを陛下が上手く手綱(たづな)(にぎ)って統率(とうそつ)していたの。その弊害(へいがい)かしらね、大きな兵や複数の部隊をまとめて指揮できる人がいないのよ」


 そう言いながらキナヤトエルはダイニングテーブルの美しい天板の上に頬杖(ほおづえ)をつき、「陛下の代わりは誰にも務まらないわ」とこぼした。

 ルクァイヤッドもそれに同意するように言葉を(つむ)ぐ。


「みんな、彼についていけば世界が変わると思っていましたからね。かく言う私もその一人です。改めて彼の存在の大きさを感じますよ」


 そうしてまたその場に沈黙(ちんもく)(まく)が下りた。


「レディ・ユーニスは強いが、イドラス卿同様、別働隊を率いて戦うことを好むし、結構無茶をするからな」


 ぽつりと呟くようにフィンレーが言うと、ロスレンディルもためらいがちに言葉を発した。


「正確に戦況(せんきょう)を読み、的確に指示を出せるのは、ここにいる中ではドクター・ルクァイヤッドだけでしょう」


 それを受けて堅木の民の医師は申し訳なさそうに「しかし、私自身にはろくに戦う力はありませんよ」と応じる。


「私も陛下のそばにはいましたが、あくまで助言や提案をしていただけで、実際に兵を率いて最前線で戦っていたのは陛下ですから。私が同じことをしようとしても、皆の足を引っ張るのが落ちでしょう」


「ドクターに最前線まで行かれるのは困るわ。私は治癒(ちゆ)術こそ使えるけれど、人間の身体構造もよく理解していて、外科手術までできるのはドクター・ルクァイヤッドだけだもの。治癒術での治療(ちりょう)が難しい捕虜(ほりょ)や人間の怪我(けが)を治すのは、私や他の治癒師には無理よ」


要請(ようせい)に応じ、これから合流してくれるであろう者たちの中にも、正直、陛下に並ぶ統率力のある者はいないというのが現状だしな」


 キナヤトエルに次いでフィンレーもそう呟き、苦々しげな表情を浮かべて頭を()れる。見ると他の者も同じような面持(おもも)ちで、途方(とほう)()れた様子(ようす)だった。


 彼らは王を取り戻すと決め、戦う決断を(くだ)したが、唯一(ゆいいつ)の王を失ったことで少なからず弱気になっている――そのことにエンリェードは気が付いた。


 だがそれは、彼らが長年間近で王と共に戦ってきたからこそだ。


 月夜の民の真の強さは人間離れした能力ではなく、王の指揮による団結力と忠誠心(ちゅうせいしん)と言われるほど、彼らは統率のとれた動きで数の不利(ふり)をものともしない戦いを続けてきた。その(かなめ)を失ったのだから、彼らの動揺(どうよう)も無理はない。


 少なくとも、同じ月夜の民でありながら、遠く離れた地で安穏(あんのん)と過ごしてきたエンリェードに彼らを()める資格はなかった。


 しかし、それでも自分たちを否定する者たちにあらがうと決めた以上、やるべきことはやらなければならない。


「本当に人がいないと言うなら、私がやりましょう」


 おもむろにエンリェードがそう口を切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ