5 それぞれの役目 ①
「今回の私たちの一番の目的は、陛下を探し出して取り戻すことです。そのため、捜索隊が敵に邪魔されることなく活動できるよう、戦場に変異種狩りの領主たちの目を引き付けつつ、捜索のための時間を稼ぐ必要があります。
それには籠城するのが一番手っ取り早いでしょう。この館の周りには頑丈な石の防壁がありますし、対魔術用の防御壁を構築する大型の魔術装置もあります。
また地図を見てわかる通り、館の北側は切り立った崖になっていて、その先は岩礁の多い海です。この北側から敵が船で来ることはまず不可能ですが、我々には魔力の翼があるので、主に北の海路から魔力薬や魔石といった物資の補給を行います。
欠点の一つは、ここからの攻撃手段が弓と魔術という遠隔のみになることでしょう。弓矢はあとで多少回収できますが、魔術に関しては魔力資源を消費する一方です。
それは対魔術用防御壁についても言えることで、魔術による攻撃をそれで防ぐことはできますが、防御壁の動力となる魔石を消費します。魔力資源を提供してくださるルース様の協力により、物資に余裕はあるものの、何十日も守り切るのは難しいでしょう。
何故ならここで籠城するだけでは、相手も陸路で物資を補給し続けられるからです。相手の物資補給路を断つための別働隊が必要になります。
また、石壁を攻城兵器の類で物理的に攻撃された場合、すぐには修復できないというのも欠点です。修復用の魔術をかけることは可能ですが、当然それにも魔力資源を消費します。石壁が崩れ、魔力資源が尽きた時、我々にはなすすべがなく、しかもここを落とされたらあとはありません」
「そこで出たもう一つの案が、ここから出て外で少しでも時間を稼ぐことだ。石壁や大がかりな防御壁を張る魔術装置はないが、ここに開けた荒れ地がある」
そう言ってフィンレーは地図を指差した。館から少し離れた場所に、彼の言う通りこれといった障害物となるようなものがない平地が広がっているのがわかる。
「ここに本陣を置いて簡易の防壁を築き、敵が攻撃してくる昼間は防衛に徹して、こちらの活動時間帯である夜に積極的に攻撃に出る、という案だ」
駒の一つを荒れ地に置きながらフィンレーが言うと、それに次いでイドラスが荒れ地の先の岩場を指で指し示し、「敵はこのあたりに陣取ることになるだろう」と続ける。
「だが、館の周囲にある石壁をここから攻城兵器で壊すには距離がありすぎる。前に出てきている我々の本陣や部隊に向けて撃つにしても、岩が多くて思うように大型兵器は動かせないに違いない。
となると、敵の攻撃は弓と魔術による遠隔攻撃、そして歩兵や騎兵による近接攻撃だが、後者に関しては空を飛べる私たちにとって大した脅威ではない。主に弓と魔術による攻撃に警戒し、それらをしのぎながらの戦いとなるはずだ」
「弓矢には毒が塗られているでしょうしね。気は抜けないわ」
毒の入った小瓶を持ち上げ、中の黒い液を忌々しそうに睨みながら言うキナヤトエルに、ロスレンディルも緊張した面持ちで同意するようにうなずいてみせる。
イドラスもそれに首肯し、話を続けた。
「陛下がこの地を領地として選んだのは、土地こそ豊かではないが守りやすい地形だからだ。岩場の先――我らが領土と隣の領地のあいだにある中立地帯は谷で、道も狭い。大軍を引き連れている敵は動きが取りづらいだろう。館は文字通り最後の砦であり、ある程度は外で守ることをはじめから考えて選んだ土地だ、それを生かさない手はない」
それに納得したり同意したりする一同を見渡しながら、フィンレーは険しい口調で「だが」と口をはさんだ。
「この策の最大の問題点は、柔軟に皆の指揮を執れる者がいないことだ。住み慣れた場所でひたすら防衛のための指揮を執るのと、外で臨機応変に敵の動きに対処しつつ、積極的に攻撃の指揮を執るのとではわけが違う。そもそも、外で戦うのは陛下自身が兵を率いていることを前提としていたしな。外で戦うなら、陛下の代役を務められる指揮官が必要だ」
その言葉に皆が一様に嘆息をこぼし、表情を曇らせる。
「我々は戦いにおいて、あまりにも陛下の統率力に頼りすぎていたんだ」
誰かがぽつりと口にしたその呟きを、その場にいる誰も否定することができなかった。




