4 死に至るもの ⑤
サムは急に自分が話題の中心になったことにどぎまぎした様子で、「ええと」と口ごもる。
そんな彼に代わり、イドラスが冷静に言葉を紡いだ。
「サムは陛下の眷族だ。陛下が亡くなっているなら、彼も灰になっていなければおかしい」
「そ、そうです。陛下は私を病気から解放するため、眷族にしてくださいました。それ以来、私の胸の内には冷ややかな――しかし何か勇気づけられるような、陛下の凛とした炎を感じます。それが消えない限り、陛下は無事にどこかで生きていらっしゃるはずですよ」
イドラスの言葉の助け舟に乗るようにして、サムもエンリェードの疑問を否定する。その口調には緊張の色がにじむものの、ゆるぎない確信を持っていることが感じられた。
「なるほど……失礼しました」
伏し目がちにうつむくようにして、エンリェードは小さく首肯する。
その様子を見やり、フィンレーが真剣な面持ちで口をはさんだ。
「君の言いたいことはわかるぞ、エンリェード。罠じゃないかと疑っているんだろう」
居もしない王がまだ生きているかのように見せかけ、捜索に来た者を吸血鬼殺しの武器で仕留める――そんなことが起きるのではないかとエンリェードが危惧したことにフィンレーは気が付いたのだ。
その言葉に一同がはっとしたような表情を浮かべる。王がまだ生きていることは、眷族のサムが生きているという事実からわかってはいるが、本当にそこに王が封印されているという保証はどこにもない。からっぽの棺の前で、狩人が手ぐすねを引いて待っている可能性は否定できないのだ。
ルクァイヤッドもうなずきながら慎重に言った。
「確かに罠である可能性もゼロではありません。ですが、そうだとしても再調査は必要でしょう。陛下が封印されてからというもの、契約に反しない範囲で方々を捜索しましたが、手がかりらしい手がかりは今回が初めてです。
彼らが調べていたのは、戦火や移転によって現在は完全に放棄されている古い聖堂で、本来は警備を置くようなところではありません。実際、長いこと打ち捨てられていたようですしね。そこに武装した守りの者がいるというのは不自然です。
セント・クロスフィールドの領主の性格からして、罠にはめるつもりならもっと派手に封印場所を宣伝しているようにも思いますし、他の捜索隊の報告待ちというところはありますが、これ以上の情報がないならば、罠であった時の対処および奪還のための戦闘も視野に入れた捜索隊を編成し直し、再調査に向かわせるべきかと思います」
「異論はありません」
エンリェードはそう応えてうなずく。他の者たちも同様に異議なしの意を示した。
「その件はそれでいいとして、狩人たちの使う毒についても対処が必要よ。今日の怪我人については時間がなかったし、主のヴェルナンド卿が亡くなってしまったから出番がなかったけれど、解毒薬の研究を早急に進めるべきだわ。エンリェード卿がくれた研究資料も役立つはず」
「研究資料?」
毒の入った小瓶を細くしなやかな指先で転がしながら言ったキナヤトエルに、フィンレーが不思議そうな顔をしてみせる。
「さっき裁縫道具を貸してほしいと言ってきた時に、怪我人を診るなら役に立つかもと私に預けてくれたの。薬の研究はロスレンディルが専門だから、今は彼が持っているわ」
そう応えてキナヤトエルは、ルクァイヤッドとは反対側の隣の席に座る気の弱そうな妖精族の青年、ロスレンディルに目を向けた。
その視線を受け、ロスレンディルはテーブルの上に置いていたエンリェードの研究資料を皆に見えるように広げる。
「内容は狩人の使う毒の成分調査と、その解毒薬の独自研究の結果です。非常に貴重な情報ばかりですよ。そもそも成分を調べようにも、狩人の毒自体が手に入りませんからね。
彼らの『狩り』は基本的に暗殺です。それが明るみに出る頃には被害者が灰になっていて、矢も回収され、毒の採取は難しいはず。我々の解毒薬の研究が一向に進まなかったのもそのせいなのに」
ロスレンディルがそう言ってエンリェードへ問うような視線を向ける。それは「どうやって毒を手に入れたのか」と訊いていた。
それにエンリェードは淡々と言葉を返す。
「魔術学院の禁書庫に採取された毒が保管されていたので、学院で研究員をしている友人に無理を言って借りました」
「よく貸し出してくれましたね」
驚いた様子で声をあげるロスレンディルに、エンリェードは小さく肩をすくめて応えた。
「友人のおかげで禁書庫に入り、中を閲覧する許可は得ましたが、貸し出しの許可まで得たわけではありません」
「黙って持ち出したのか? やるじゃないか」
愉快そうに言ってフィンレーがにやりと笑う。
「狩人の毒は他でもない、月夜の民を殺すために作られたものだ。月夜の民が調べるのは当然の権利だろうさ」
それがエンリェードが先ほど言っていた『自分にできること』だったのだろう、とフィンレーは思った。武人だった父親のようにはなれないと悟り、エンリェードは自分の力でできる限りの調査や研究を行ったのだ。その研究資料を届けることも、彼がここへ来た目的の一つに違いない。
「私は薬学の専門家ではないので解毒薬の研究は不充分だろうし、調査に使えた毒は昔のものなので、今の毒とは成分が違うかもしれません。どこまで参考になるかわかりませんが、その資料はそのままお持ちください」
エンリェードがそう言うとロスレンディルは礼を言い、一同を見回すと、「解毒薬の研究は私にお任せください。戦闘は苦手ですが、薬なら得意分野です。どれだけやれるかわかりませんが、最善を尽くします」と緊張した面持ちで告げた。
「ぜひお願いします」
その場の一同を代表するように言って、ルクァイヤッドは穏やかに微笑む。
武器を振るい、魔術を使うだけが戦いではないことを、ここにいるすべての者が理解していた。戦いを有利に進めるための情報を集める者、薬の研究をする者、疲れを癒すおいしい食事やお茶を用意する者――そんな者たちも、彼らがこれから挑もうとしている戦いには必要なのだ。
「じゃあ次は、俺たちの得意分野の話だな。そろそろどこでどんな風に戦うのか、基本の方針を決めておくべきだろう」
椅子に腰かけたフィンレーが身を乗り出して言うと、誰かが手際よくテーブルの上に館周辺の地図を広げた。それと一緒にチェスの駒のような、手製と思われる木彫りの小さな人形が並べられる。
「端から籠城するのか、こちらからも打って出るのか、というところで意見が割れていましたね。エンリェード卿はご存知ないことですし、状況をまずはまとめておきましょう」
フィンレーの言葉にうなずきながら、ルクァイヤッドがそう前置きして説明を始めた。




