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1 招集 ①

 エンリェードのもとにその手紙が届いたのは、彼が魔術学院を出て数年経った頃のことだ。生まれ育った領地を出てからは、もう何十年と経つ。


 今さらこの名前を目にすることがあるとは、と思いながら、エンリェードは血の気のない白い指先で封筒に書かれた宛名の文字をなぞった。『黒狼公』という単語の隣につづられている名は彼のものではなく、今は()き父親の名前だ。


 月夜の民であった父、黒狼公の領地を現在治めているのはエンリェードの異母姉の一族だが、姉自身をはじめ、彼女の娘や孫も月夜の民の血は薄いと聞く。すでに他界した異母兄も月夜の民の血こそ引いていたものの、その特質を持っていたわけではなく、死ぬべき定めの下に生まれた『人間』だった。


 父親と同じ特質を受け継ぎ、魔力を食らっている限りは寿命が尽きることのない変異種――月夜の民として生まれたのは、兄弟の中でただ一人、エンリェードだけだ。


 だからこの手紙は今自分の手元にあるのだろう、とエンリェードは思う。


 手紙の差出人は、月夜の民を束ねる王の名代(みょうだい)だった。王自身は月夜の民の殲滅(せんめつ)を望む人間の領主との契約で、何年も前に封印されたままだ。彼を取り戻すことが多くの月夜の民の願いであり、名代が目下の目標にしていることでもある。


 それを考えると、月夜の民の『黒狼公』宛てに届いた手紙の内容は、中を読まずともおおむね察しがつくというものだろう。だから姉は、領地からはるか遠い人間の街でひっそりと暮らしているエンリェードの下へ、わざわざその未開封の手紙を届けたに違いない。


 手紙の内容が何であれ、『黒狼公』としての判断はエンリェードに一任する、というのが姉からの伝言だ。姉一族からの使いはそれだけを伝え、押し付けるように手紙を渡すと、もはやそれ以上告げるべきことも、関わるつもりもないといった様子でさっさと帰ってしまった。

 それが数日前のことだ。


 エンリェードは小さく息をつき、手紙を(ふところ)にしまうと、部屋の中をぼんやりとした青白い光で照らしている魔鉱(まこう)ランプの明かりを消した。そしておもむろに窓に歩み寄り、それを開け放つ。


 春とはいえ、ひやりとした寒気をはらむ夜の風が音もなく吹き込み、エンリェードの闇に溶けるような黒髪を揺らした。


 もうここですべきことはない、と彼は心の中で(つぶや)く。ただ一人の友人であり、恋人である彼女との別れもすませた。大家に退居の知らせもしたし、ここに戻ることは二度とないだろう。


 エンリェードは魔術師用の(つえ)を持って窓枠(まどわく)に手をかけ、外へと身を乗り出すと、(またた)く間にコウモリへと姿を変え、そのまま夜の来る方、深い闇の中へと消えていった。

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