4 死に至るもの ①
「治癒術が使えるとは。やはり君は魔術師なんだな」
手合わせで受けた足の傷を、それを付けたエンリェード本人に治してもらいながらフィンレーが意味ありげに呟く。
エンリェードは彼を一瞥しただけでそれには何も応えず、治療を終えると静かに椅子から立ち上がった。サイドテーブルに置かれた魔鉱ランプの青白い光が彼の陰にさえぎられ、一瞬の薄闇を作り出す。
エンリェードはフィンレーの怪我を治すついでに、少し話をしたいと言われ彼の部屋に来ていた。
ルクァイヤッドが空から降ってきた流枝の民の怪我人――どうやら王の捜索隊の一人で、報告に帰ってきたらしい――の治療にあたっているため、作戦会議は彼とその手伝いに行ったキナヤトエルが戻ってからということになっている。そのあいだに、多少の治癒術を使えるエンリェードがフィンレーの部屋で治療をすることになったのだった。
この館で自分の部屋を持っているのは、館の主である月夜の民の王を除けばフィンレーだけだ。月夜の民は人間ほど睡眠を必要としないため、ベッドのある部屋は病室のような扱いで、休養を必要とする者が交代で使うのが常だった。その一つに先ほどの怪我人も運び込まれている。
「ありがとう。うん、傷跡一つない。無残なのは服だけだな」
「それはお互い様だ」
裂けたズボンの裾を引っ張って言うフィンレーに、エンリェードが穴の開いた右腕の袖を見せる。彼の受けた傷自体は、すでに自己治癒力によって跡形もなく消えていた。
フィンレーは肩をすくめ、足を伸ばした状態で腰かけていたベッドから降りようとする。しかし、エンリェードがそれを制して言った。
「もう少しそのままにしておいてくれ」
「うん?」
「ご不満なようだから、責任を持って服も直そう」
それを聞いてフィンレーは不安そうな表情を浮かべた。
「このままで? 針で刺したり、服と一緒に俺の足も縫い付けたりしないだろうな」
「魔力の刃に切られても平然と走っていたくせに、針の何が怖いと言うんだ。心配しなくても、妖精族は一般的な家の仕事は誰でも一通りできる」
そう応えてエンリェードは持ち込んだ裁縫箱を開け、生地の色に合う糸を見つけ出すと、それを針に通して黙々と裂け目を繕い始める。
「何を持ってきたのかと思ったら……裁縫道具なんて誰に借りたんだ?」
「キナヤトエル。館にいくつかあるからと、そのうちの一つを貸してくれた」
「キニーが? いつも魔法で直してくれているのかと思っていたよ」
「夢を壊したのなら悪かったな」
感情の感じられない声音で返すエンリェードの言葉に、フィンレーは声をあげて笑った。
「君でもそんな冗談を言うんだな」
エンリェードが怪訝そうな表情を浮かべ、フィンレーに顔を向ける。
彼はそれを面白そうに見返しながら続けた。
「寡黙だから、必要なこと以外しゃべらないのかと思っていたよ。もし君が主人公の物語があったなら、あまりに君が無口なものだから読者がそわそわしていたと思うぜ」
フィンレーはそう言ってまた笑ったが、エンリェードはそれについて反論も肯定もしなかった。




