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3 手合わせ ④

 館の外は夜のもたらす静けさと濃い闇に閉ざされており、見える明かりと言えば中天(ちゅうてん)に浮かぶ青白い月とその周囲に瞬く星々、そして館を守る壁に等間隔で付けられた魔鉱ランプの青い光だけだ。エンリェードがここへ来た時にくぐった門と館のあいだに広がる前庭は広く、その中央付近ともなると外壁の明かりも届かないため、いっそう闇が深く感じられる。


 天気はいいが風は冷たく、まだかすかな冬の名残(なごり)を残していた。


「この暗さは君に不利だ」


 前庭の中央に立ち、フィンレーと向かい合ったエンリェードは、わずかに目を細めてそう(つぶや)く。


 しかし、魔術で明かりを作ろうとする彼にフィンレーは首を振って(こた)えた。


「心配はいらない。今夜は晴れているし、月が出ていれば充分だ。俺だって月夜の民の陣営だからな。君たちほど夜目は()かないが、闇の中で戦うのには慣れている」


 そう言うとフィンレーは腰の剣を抜き、その重さや感触を確かめるように一度剣先をくるりと回して片手で振ってみせた。その一連の動きにはよどみがなく、実に手慣れた様子で、彼が剣の(あつか)いに()けていることが容易(ようい)に見て取れる。


 彼の剣は片手でも両手でも扱える長さの両刃の直剣で、片刃の曲刀のような斬撃の鋭さではなく刀身の重さを乗せて(たた)き切るタイプのものだ。刺突(しとつ)もできるように先端が(とが)っており、地上における対人戦では比較的扱いやすく、バランスがいい。


「俺の武器は剣だが、君はその杖か?」


 刀身で自分の肩を叩くようにしながらフィンレーが尋ねる。

 エンリェードはそれに応えるかわりに杖を一振りした。その拍子にガシャンという金属の音が響き、杖の先に湾曲(わんきょく)した長い刃が組み上がる。三日月のようなその刀身は、まさしく大鎌の形状をしていた。


 エンリェードとフィンレーを遠巻きに囲むようにして様子を見守っていた月夜の民たちのあいだから驚くような声がもれる。

 フィンレーも軽く目を見張り、「珍しい武器だな」と呟いた。


「仕込み式の大鎌とは。しかも、かなり重そうだ。その細腕で扱えるのか?」


「私も月夜の民だ」


 からかうようなフィンレーの言葉に短くそれだけ返し、エンリェードは大鎌を構えた。

 それを見て取り、フィンレーも剣の柄を両手で握ると、切っ先をエンリェードへと向ける。


 その両者の様子から準備が整ったと(はん)じたイドラスは片手を上げ、二人を見やった。そして彼らがうなずき返すのを確認し、張りのある声で「始め!」と叫んで腕を振り下ろす。


 その次の瞬間、相手の(ふところ)まで飛び込んだのはフィンレーだった。人間の動きにしては相当速い。

 大鎌に比べてリーチの短い彼が踏み込んでくるのはわかっていたが、想像以上の速さにエンリェードは驚いた。そのためか、わずかに反応が遅れる。


 腕を(ねら)ったフィンレーの剣先がひやりと冷えた夜気とエンリェードの右腕を切り()く。かすりはしたが、浅い。

 お互いにそれを理解すると、エンリェードとフィンレーはほぼ同時にそれぞれの武器を振った。


 夜の闇の中に鋭い剣戟(けんげき)の音が響く。それが二回、三回と続き、エンリェードが地面を滑るように後方へ下がると、無言で顔を上げた。

 暗闇の中でうっすらと赤く光って見える双眸(そうぼう)から投げかけられる無言の視線を受け、フィンレーはにやりと笑みを浮かべてみせる。


「俺は月夜の民と真正面から力比べをするつもりはないぜ?」


 月夜の民が普通の人間よりも身体能力がはるかに高く、力が強いことを知っているフィンレーは、エンリェードの振った大鎌を正面から受けるようなことはせず、きれいに剣で受け流していた。


 人間離れした速度で動ける月夜の民の攻撃を正確に目で追い、対処しきるフィンレーの戦闘技術の高さは並ではない。普通は月夜の民と人間が戦えば、まず月夜の民が負けることはないが、フィンレーは明らかに別格だった。


 おそらく何度切り結んでもいなされるだろう、とエンリェードは心の中で呟く。

 ならば、相手の手の届かないところから攻撃をしかけるしかない。

 エンリェードは大鎌の長い柄を握り直し、一息で距離を詰めてなぎ払うように刃を振るった。


 対するフィンレーはそれを下から頭上にはねのけるように流す。これで(わき)が空けば、踏み込みと同時に振りの速いフィンレーの剣がエンリェードの首に届く――はずだ。少なくともフィンレーはそう読んで大鎌を払ったつもりだった。


 ところが、エンリェードはフィンレーの振る剣の流れに乗るように身をひるがえし、宙に舞う。

 新月の夜で染め上げたような彼の黒い髪と服がフィンレーの頭上にかかる月を一瞬隠し、彼を見失わせた。

 その一瞬の間隙(かんげき)にばさりと翼の羽ばたく音が刺さる。


 フィンレーが勢いよく振り返ると、前方の上空にエンリェードの姿が見えた。その背にあるのは三(つい)の黒い魔力の翼。そして彼の頭部からは二本の長い角が伸びていた。

 その異形の姿に再び二人の周囲からどよめくような声があがる。


「六枚の翼に角持ち?」


「あんな姿、見たことないぞ」


 しかし、エンリェードはそれに気を()めることなく空中で大鎌を振るった。その刀身から風となった魔力の刃がフィンレー目がけて走る。

 一撃目を後方に飛びのくことでフィンレーはかわしたが、そのあとを容赦(ようしゃ)なく次の攻撃が追い、立て続けに砂埃(すなぼこり)が舞い上がった。


 その中から飛び出したフィンレーは一瞬よろめき、慌ててその場で体勢を立て直すが、わずかに顔をしかめる。足下を見ると服の一部が裂け、血がにじんでいる。最後の一撃が彼の足をかすめていたのだ。

 傷は深くないが、何発も食らうと不利には違いない。しかもエンリェードは剣の届かない上空だ。


 これが剣を持った人間同士の戦いなら卑怯(ひきょう)だと()められてもおかしくないが、相手が空をも飛べる月夜の民である以上、フィンレーはこの一方的な状況を打開する(さく)を考えなければならない。

 だがエンリェードはその時間を与えまいとするように、さらに大鎌を振るった。再び風の刃がフィンレーを襲う。


 フィンレーは次々放たれる攻撃を避けながら前庭の一角にある弓の練習場の方へと()け、(まと)のそばに立てかけられていた弓を取ると素早く矢をつがえ、エンリェードに向けて放った。振りの遅い大鎌でそれを落とすのは難しいタイミングだ。

 エンリェードは翼をはためかせ、自分目がけて真っ直ぐに飛んでくる矢をよける。


 その軌道(きどう)を読んでフィンレーは立て続けに矢を放ち、再び剣を握るとエンリェードの方へ駆け出した。

 矢の一本がエンリェードの翼の一つを貫く。だが、ただの鉄製の矢じりでは彼の魔力の翼に傷一つ付けることもかなわない。


 エンリェードは気にすることなく、自分の方へ突っ込んでくるフィンレーの方へ向き直った。フィンレーが矢を放ったのはエンリェードを射るためではなく、彼を地上の方へ追い立てるためだ。


 もう一度高度を上げて上空へ逃げればエンリェードは優位を取り戻せるが、彼は上へよけると見せかけ、そのまま宙返りするようにして後方へと下がった。案の(じょう)、フィンレーは彼が空へ逃げると読んで剣を振り上げる。それは空振(からぶ)りに終わったが、フィンレーは休むことなく連続でエンリェードへ攻撃をしかけた。空へ逃がさないための猛攻(もうこう)だ。


 振り上げた剣を即座に返して振り下ろし、エンリェードがそれを後方へ下がってよけるのを見切り、さらに大きく踏み込む。そして上ではなく、左右によけやすい方向から連撃をくり返した。

 この近距離では大鎌を振るえないはず、とフィンレーは心の中で呟く。必ず距離を取りたがる瞬間が来ると彼は確信していた。


 そのタイミングをつかめるよう、フィンレーはわざとエンリェードが距離を取れるだけのギリギリの(すき)を作ってみせる。その瞬間、彼が横へ大きく飛び退()いたのを見て、フィンレーはここだと思った。


 足の痛みも忘れ迷わず身をひねり、それと同時に深く踏み込む。これで剣を突き出せば、ちょうどエンリェードの心臓に刃が届く距離とタイミングだ。

 それはフィンレーとエンリェードはもちろん、彼らの戦いを見守っている他の月夜の民たちにもわかった。フィンレーの勝ちだと。


 イドラスが「そこまで」と言いかけた時、不意(ふい)にエンリェードの姿が黒狼に変わり、するりとフィンレーの攻撃範囲を抜けた。そのまま地面に着地し、遅れて降ってきた鎌をつかんで人の姿に戻る。地面に片膝(かたひざ)をついた状態で、エンリェードはそのまま大鎌を下から振り上げた。

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