3 手合わせ ③
他の者たちも王の名代であるルクァイヤッドの判断に任せるといった様子で、反対の姿勢を見せる者はない。
ただ、好奇心旺盛な若草の民のラトがエンリェードに関心の目を向けながら、興味本位の疑問を口にした。
「黒狼公は剣術、魔術両方に長けた人だったと聞くけど、その名の通り狼の姿でも戦っていたんだろう? エンリェード卿も黒狼の姿で戦うの?」
その問いに再び、一同の視線がエンリェードに集まる。
「一応訓練は受けましたが……残念ながら体術、剣術、魔術、すべてにおいて私が父に勝るものはありません。形だけ同じように戦うことはできるかもしれませんが、とてもご期待には添えないでしょう」
謙虚にも聞こえる言葉を返し、エンリェードは空になったカップを静かにソーサーの上に置いた。
それを見ながらラトは少し残念そうに「そっかあ」と呟く。その様子から、彼も黒狼公に対して憧れに似た何らかの思いを抱いていることがうっすらと感じられた。
フィンレーの時もそうだったが、自分の知らないところで、自分の知らない人たちが父親のことをどのように評価していたかを目の当たりにするという感覚は、百年近く生きているエンリェードでもこれまで経験したことがなく、奇妙なものだ。ましてやそれが好意的で尊敬に近いものとなれば、面映ゆくもあり誇らしくもある。
早くに他界した母親同様、父親ともあまり縁のなかった彼にとっては、それを経験できただけでもここへ来た価値があるように思えた。
もっとも、彼らの黒狼公に対する評価が高ければ高いほど、エンリェードにかけられる期待は否が応でも大きくなる。それに応えられるだけの実力がないことを彼は自覚していたが、それをみんなにどのように示すかを考えるのはいささか気の重いことだった。
そんな彼の心を読んだわけではないだろうが、不意にフィンレーが明るい声で「いいことを思い付いたぞ」と言って手を叩く。
「エンリェードは俺と違って大見得を切るようなタイプではないだろうが、彼の言葉は謙遜にも聞こえる。実際のところどれほどの腕前か、一つ俺と勝負して確かめようじゃないか」
その言葉にどよめく一同をぐるりと見回し、それからフィンレーはエンリェードの返答を求めるように隣の席へと顔を向けた。
「作戦会議も必要だが、今日は起きてからずっと商談だの何だの、話し合いばかりだ。俺はそろそろ少し体を動かしたいし、君も自分の実力を皆に知らせておくいい機会だと思わないか」
エンリェードは軽く目を見開いて驚きの表情を浮かべていたが、フィンレーにそう尋ねられ、意を決したように一つうなずいてみせる。
それを見て取り、フィンレーは満足そうに「よし!」と言って立ち上がった。
「君は何をしてもいい。魔術を使ってもいいし、変身能力を使うのもありだ。もちろんお互い武器も使えるが、殺害はなしの真剣勝負。どうだ?」
フィンレーの問いにもう一度うなずき、エンリェードも椅子から腰を上げる。
彼らはそれぞれテーブルに立てかけていた自分の武器――剣と杖を持って顔を見合わせた。
「前庭が広いから、そこでやろう。誰か審判をしてくれ」
「私が立候補したいところだけど、もう出かけなきゃ。フィン、負けたら承知しないからね」
いつの間にか席を立ち、フィンレーのそばまで来ていたユーニスは、活を入れるように彼の肩を叩く。
「努力するよ」
フィンレーが肩をすくめてそう応じると、彼女は小さく笑って明るい髪をひるがえし、一瞬にしてコウモリへと姿を変える。そしてサムがすかさず開けた窓をくぐり、外に広がる闇の中へと飛び立っていった。
「では、審判は私が務めよう。見たい者は共に前庭へ、急ぎの仕事や用のある者はそちらに行ってくれて構わない。作戦会議の続きは勝負のあとだ」
イドラスが言って立ち上がり、先頭に立って食堂を出ていく。
それに他の月夜の民たちが続き、エンリェードもフィンレーに一歩遅れて彼らのあとをついていった。
そんなエンリェードの隣へ音もなく歩み寄り、「彼は強いわよ」とキナヤトエルが囁く。その語調は警告というよりも、単純に面白がっているように聞こえた。
がんばって、と声もなく口だけで伝え、彼女は機嫌良さそうに手を振る。
エンリェードはそれに何か応えるでもなく、ただ静かに彼女を見つめ返しただけだった。