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2 取引 ③

「そして私たちはできることなら、ルース様の支援を受けたいと考えております。ですが、お互いの公平な取引のためにも現在の私たちの状況や、戦いの方針について先にお話ししておくべきでしょう。その中でも、ルース様に知っておいていただきたい大事なことがいくつかあります」


「まず一つは、この戦いが勝機の薄い負け戦だということだ」


 ルクァイヤッドの言葉を()いでそう口をはさんだのはフィンレーだった。


「敵は月夜の民を滅ぼすため、反変異種派の他の領主と手を組んで傭兵(ようへい)をかき集めているばかりか、吸血鬼狩りと呼ばれる専門の狩人も(やと)ったと聞く。まだ月夜の民が吸血鬼と呼ばれていたころ、それを危険視し退治しようと、月夜の民を殺すことに特化した武器や技術を開発した人間たちがいたが、吸血鬼狩りはその末裔(まつえい)だ。その他にも、魔術師を何人も雇っているという情報もある」


 言いながらフィンレーは勢力図の敵領主のそばに書かれている吸血鬼狩りと魔術師という文字を指差し、新たにチェスの白い駒を手に取ると、馬の形をしたナイトと魔術師の帽子をかぶったビショップを敵領主の陣営に加えた。


 これで勢力図の上には黒い駒が一つと、白い駒が五つほど並んでいる状態だ。

 それを手で示しながらルクァイヤッドがルースに言う。


「ご覧の通り我々は数の上で不利な上、天敵とでも言うべき狩人たちも相手にしつつ、魔術による攻撃の対策までしなければなりません。いくら月夜の民の身体能力が高く、魔術に()ける者が多いとは言え、劣勢(れっせい)であることに変わりはないのです」


「その状況で俺たちが目指すことは、どこかに封じられている我らが王の捜索(そうさく)奪還(だっかん)だ。そのためには相手の目を捜索隊からそらし、戦場に引きつけておく必要がある。


そしてとにかく戦いを引き伸ばし、奪還が(かな)わなかったとしても、相手をしばらく戦ができないところまで消耗(しょうもう)させるのが目的だ」


 そこまで言ってフィンレーが口をつぐむと、ルクァイヤッドは(おだ)やかな微笑(ほほえ)みを浮かべてルースに()げた。


「つまり正直なところ、我々は勝つことはあまり考えていないのです」


「何だって?」


 驚きとも怒りともつかない複雑な面持ちでルース少年は声をあげる。

 それに対し、三人の月夜の民と一人の人間の騎士は動じることなく若い商人に視線を返した。


 エンリェードも無言のまま、そんな両者をじっと見守る。彼はここに来たばかりでまだ詳しい戦いの方針を聞かされていないが、ルクァイヤッドの言葉は想定の範囲内だった。月夜の民と彼らを嫌う人間のあいだで長きに渡りくり広げられてきた戦いにおいて、月夜の民が成果らしい成果を得ていないことをエンリェードは知っていたからだ。


「王の奪還の他にもう一つある俺たちの目標は、月夜の民が全滅しないこと。それだけだ」


 フィンレーはそう言って腕を組み、椅子(いす)の背に身を預けた。

 それとは対照的にイドラスがわずかに身を乗り出すようにしてテーブルの上で長い指を組み、淡々(たんたん)とした口調で話を()ぐ。


「あなたは若いからご存知(ぞんじ)ないかもしれないが、私たちは月夜の民を脅威(きょうい)と見なし迫害(はくがい)する人間たちと何百年も戦ってきた。しかし、その成果は皆無(かいむ)に等しい。戦えば戦うほど、彼らの私たちに対する嫌悪(けんお)(にく)しみが強まるばかりだ。


今回の主な敵であるセント・クロスフィールドの領主は変異種狩りで名高いが、彼の前にもそんな人間は何人もいた。教会の権力者もいたし、飢饉(ききん)を我々のせいだと言う農民たちの集団だったこともある。


そういった者たちを徹底(てってい)的に打ち負かし、その首領の首をとったところで、何十年かすればまた同じような者が現れるのだ。月夜の民に負けた歴史を()まわしい悪の勝利とし、かつての者たちよりも深い(うら)みを持ってな」


「私たちも最初は、勝利の先に自由があると思っていました。しかし、いくら私たちを敵だと言う人を殺めても、その者の首を切った私たちを指差して他の人間が『やつらは敵だ』と言うのです。それを何度もくり返し、私たちは理解しました。自分たちを否定する者たちを殺しても、結局のところ何の解決にもならないと」


 イドラスの言葉にうなずきながら、ルクァイヤッドはそう言って小さく息をついた。


 寿命というものがない月夜の民の中でも、ルクァイヤッドとイドラスの人生は四百年を超える。その決して短くない歳月の大半を種族の生存権を守る戦いに(つい)やしてきた彼らの言葉には、百年も生きていないエンリェードたちには決してわからない――だが確かに感じられる重みのようなものがあった。


 それに打ちのめされたかのような、どこか疲れた口調(くちょう)でユーニスが(つぶや)く。


「私はそれでも戦い続ければいつか変わるんじゃないかと思っているけど、ここにいるルクァイヤッドやイドラスは実際に戦い、その成果のむなしさを目の当たりにしてきたから、不可能だと言うわ」


 そんな彼女の言葉にイドラスは小さく(あご)を引くようにしてうなずき、さらに言葉を重ねた。


「特にドクター・ルクァイヤッドは、一番長く陛下の(となり)でそれらの戦いを間近で見て来られた。望まない戦いに応じ、やむを()ず命を奪って一時の平和を手に入れたところで、結局は何も変わらない現実を、何百年も……」


「だから私たちは、この領地を手に入れたのです。迫害(はくがい)される月夜の民の避難(ひなん)場所とするためですが、最終的な目標はここを人間と月夜の民が共存する地にすることでした。


ですから陛下は行き場をなくした人間もこの地に招き入れ、月夜の民と人間が争わないことを条件に住むことを許したのです。それはおおむね順調にいっていますが、(くだん)の領主はそれも気に入らないと言い、この領地ごと私たちを(ほうむ)り去るつもりです」


 表情を(くも)らせながらルクァイヤッドは言い、ルースの青い目をじっと見つめた。その彼の双眸(そうぼう)は血に()れたように赤く、わずかに光を放って見える。


 魔物が持つ鮮血の赤目は魔眼だ、という昔からの言い伝えをルースは思い出した。彼らの目を長く見つめると心を読まれ、支配されると。


 眼前の席に並んで座っている者たちのうち、流枝の民の青年を除くすべての者の目が赤いのを見て取り、ルースはこの時になって初めて、今自分が人間とはまったく違う存在と相対していることを自覚した。


 彼らの態度(たいど)は紳士的だが、その気になれば流枝の民の少年を一人殺すことなど造作(ぞうさ)もないはずだ。そう考えると、胸の奥から恐怖が首をもたげてくる。連れてきた使用人など、彼らが部屋に入ってきてからというもの、(ふる)えながらうつむいたまま一度も顔を上げようとしない。


 ルースの心の内に一瞬、自分は今非常に(おろ)かなことをしているのではないか、という不安が()き上がった。

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