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戦う理由  作者: Winterer
1/1

始まり

?「あー、終わった終わった」


少年は思い切り背伸びをした。すると左から


?「テストが終わっても、それで終わりじゃないんだよ。太一ってばいつもテスト終わったら勉強したこと全部忘れちゃうんだから」


という少し冷たい言葉が飛んできた。


?「そーそー、太一はただの運動馬鹿だからなぁ。勉強しても忘れるから意味無いんだよなぁー」


と今度は右から気の抜けた声が飛んできた。


?「うるせえよ。麗奈は俺と違って賢いから勉強にマジになってできるんだよ。俺は向いてないからこれでいいの。つーか悠也、てめぇ偉そうなこと言ってっけどお前、俺と大差ないだろーが」

少年、太一は左の麗奈に文句を言い、もう一人右を歩く悠也にボディーブローを繰り出した。


?「ぶふぉ!?」


と悠也は変な声を出し、腹を抑えてその場にうずくまった。


?「あーもう、また悠也が余計な事言うから~」麗奈はそう言いながらうずくまっている悠也を見ている。

そう、今ボディーブローをキメられてうずくまっている馬鹿が、悠をこと、


悠也「友城悠也だ!よろしく!」


?「お前、誰にいってんだよ?」


という太一の冷やかなツッコミ。


悠也「いや、何故か言わなきゃいけない気がしたんだよなぁ」


?「お前もうすぐ死ぬんじゃね?ご愁傷様だな」


と言いつつ太一はさらに悠也を殴りつける。


悠也「いや、本当に死んじゃうから!お前に殺されちゃうから!」


?「もうそこまでにしといたら?いつまで殴っても何も変わんないと思うよ?」


そう言って太一を止めたのは、


麗奈「依川麗奈ってゆーんだ。よろしくね!」(ブイッ)


と言ってどこかに向かってピースしている。


?「お前、誰にピースしてんだよ?」


麗奈「あ、あれ?何してんだろ私……///」


と言って顔を赤くした。俺の回りってなんか変なヤツ多いよな?と太一は思うのだった。ちなみに彼は、太一こと天神太一。この物語の主人公だ。そこに残念ながら復活してしまった悠也が、


悠也「どうでもいいけど、帰ろーぜ?」


太一「それもそーだな」


麗奈「そーだね」


とまあ、2人は悠也の意見に賛成した。既に時刻は8時を過ぎている。

     ・

     ・

     ・

麗奈「それじゃあ、また明日ね。2人ともバイバイ」

太一「おぅ」


悠也「まったねー♪」


太一はあっさり、悠也はハイテンションに別れの言葉を告げた。

3人の中で、麗奈の家が学校から一番近いため、麗奈が最も早く別れるのである。そして次に近い悠也に家に向かっていると、


?「おい、お前らちょっと待て」という声が背中にかけられた。2人が後ろをふりかえると、


太・悠「「やっぱりか」」


金髪でピアスをした、いわゆる不良たちが10人程いてこちらを睨んでいる。


太・悠「「ハァ~」」


太一たちは揃って盛大なため息を吐いた。


?「てめぇら、なんだその態度は!?おい!今の状況分かってんのか?」


いかにもありきたりなクサいセリフだな、と太一は思う。


太一「分かってますよ~?カスがカス引き連れてイキがってんでしょー?」


その言葉にリーダーっぽい額にピシリと青筋を浮かべる。


?「ぐっ……今ここでてめぇらをぶち殺してやってもいいが、俺は心が広いからな。こっちの条件を呑むってんなら見逃してやっても良いんだぜ?」


太・悠「「やだ」」


?「まだ何も言ってねーだろーがぁぁ!!!」


とリーダーっぽいヤツがシャウトした。ちょ、うるさい。時間も時間なんだから近所迷惑も考えろよ……。


太一「どうせまた、『依川から離れろ~』だろ?何回言いに来てんだよお前は」


そう、このリーダーっぽいヤツ、つーかもうめんどくさいから以降はりっちゃんでいくわ。

りっちゃんは既に2度、太一たちにケンカを売ってきている。最初は太一とタイマンで()り、太一の圧勝。2度目は手下を2人連れて来たが、1対3でまたも太一の完全勝利。そして今回はなんと10人も連れて来た。

りっちゃん「10人相手じゃ流石のお前も歯が立たんだろ。さあ、どうする?条件を呑むかここで俺たちに()られるか、選べ」


確かにただの高校生に10人相手は無理だろう。すると、


悠也「10人か。手ぇ貸そーか?太一」


と悠也が言ってきた。そうなのだ。悠也はケンカに弱くない。常日頃太一にイジられているので回りからは弱いと思われているが、太一程ではないにしろかなり強い。しかし、


太一「いや、大丈夫だ。つーか俺の獲物に手を出すなよ」


そう、要するに太一はケンカ好きな高校生なのだ。


悠也「そー言うと思ったよ。あーあ、たまには俺も暴れてーなぁ」


そう言いながら悠也は道端の縁石に腰掛けて退屈そうに太一たちを眺めている。

それを見てりっちゃんが喚く。


りっちゃん「馬鹿かお前はぁ!1人で10人も潰せる訳ねーだろーが!」


太一「いいからかかって来い、このウスラハゲ」


りっちゃん「黙らっしゃい!!俺はハゲてないわぁ!!行け、お前ら!!」


そう言うと下っ端A~Jが襲い掛かってきた。

と言っても下っ端は何をしても下っ端な訳で、


A「ぼぐぅ!!」


E「ぐぼぇ!!」


一瞬で地に体をたたき付ける羽目になる。

     ・

 5分後 ・

     ・

太一「ほい、一丁あがり♪」

パンパンと手を叩く太一の足元には10個のボロ雑巾、ならぬ10人の下っ端が倒れていた。


太一「あーあ、眠気覚ましにもならねーじゃん」


りっちゃん「ひ、ひぃ!!」


りっちゃんは腰を抜かし、震えながら後ずさった。それもそのはずだ。たった5分で10人相手に傷1つなく制圧したのだから。


太一「ったく、しょーもねー。次ん時は50人くらい連れて来るんだな。悠也、行こーぜ」


太一と悠也は、腰を抜かして震えつづけているりっちゃんをその場にぃたままそこを後にした。


悠也「それじゃーな」


太一「おぅ。また明日」


悠也の家に着き、太一は自分の家へと向かった。太一の家はここから歩いて10分程の所にある。毎日毎日歩くのめんどいんだよな。明日からチャリにすっかなー等と考えながら歩いているといつの間にか家に着いていた。


太一「ただい…」

?「遅い!!」


太一「ぐぼぇ!!」


玄関を開けてただいまと言おうとした途端、少女が太一に体当たりを仕掛けられた。少女の頭が鳩尾にめりこんで肋骨が軋み、肺が潰れる。


太一「ゲホッ、ゲホッ…唯、何しやがんだ!?」


?「お兄ちゃんが遅く帰るのがいけないんでしょ!まったく、どこほっつき歩いてんのよ?」


そう言って少女、唯は太一を問い詰める。ちなみに唯とは太一の2つ下の妹だ。


太一(顔はかわいいんだが性格がちょっとキツイん…)


唯「余計なことを考ええんでいい!!」


太一「うぐっ!」


唯はそう怒鳴るなり太一にパンチをした。

しかし何故考えてることが分かるんだ?読心術でも心得てんのか?


唯「で、何で遅かったの?」


太一を睨みながら唯が再度尋ねた。しかし口が裂けても言える訳がない。


太一「何でもねーよ」


唯「…もしかしてお兄ちゃん、またケンカしたの?」


とさっきとは打って変わって不安そうに問い掛ける。

やっぱ読心術使えんのか?といっても心配をかけさせる訳にもいかず、


太一「ケンカなんかしてねーよ。ちょっと悠也ん家に寄って来ただけだ」


唯「本当に?」


太一「本当だって。ほら、ケガなんか全くしてねーだろ?」唯「うん……」


そうは言いながらもまだ不安が消えていないらしく、太一は唯の頭に手を乗せて撫でると、嬉しそうな顔をした。

唯が極端にケンカを嫌がるのは理由がある。

太一がまだ幼稚園に入っていた頃、太一は唯が小学生にいじめられている見かけ、彼はとにかくその小学生に向かって行った。しかしまだまだ幼稚園児、小学生に勝てるはずもなく返り討ちにされてしまった。

それから太一は自分を鍛えた。もう2度と唯を心配させることのないように……。


太一「な?」


太一は再度確認する。


唯「うん!」


今度は唯も元気よく返事をした。


太一「うし。……なあ、今晩は何なんだ?」

太一と違い唯はしっかり者だ。仕事で忙しく帰りが遅い母の代わりに家事のほとんどをやってくれている。時々太一が食事を作ることもあるが基本的に唯が作っている。


唯「今日はお母さんの帰りが早いから私は作らないの」


という唯の言葉に太一は気付いた。今日は5月21日……、


太一「そうか、今日は……」


    親父の命日……


太一の父親である天神奏太は3年前、家族4人で旅行をしている際に船から落ちて死んだことになっている。ただ、遺体はは発見されておらず、仕方が無いので落ちた日が命日ということになった。しかし、あの日に起こった本当ことを誰も知らない。知っているのは太一だけだった。


     ・

     ・

     ・

3年前の5月21日……。


太一は船の舳先に1人でっていた。特にすることもなく、ただただ海を眺めていると、


?「太一」


と呼び掛けられた。クルッと太一が振り返ると、


太一「親父か。どーしたんだ?母さんと唯は?」


奏太「旅の疲れが出たんだろうな、2人とも部屋で寝てるよ」


太一「ふーん」


太一はそう言うと再び海に目を戻した。


太一「それで?何か用事があったんだろ?」


奏太「いや、特に何も。何だ?何か理由が無ければ息子と話してはいけないのか?」


太一「そーゆー訳じゃないけど……」そーゆー訳ではないが何かおかしい。今まで奏太は太一の知る限り、理由も無いのに話し掛けてくるようなことは1度もないはずだ。常にデレデレしていた唯は例外としてだが……。


    胸騒ぎがする……。


太一「親父、やっぱり何か俺に……」


奏太「さぁて、そろそろ部屋に戻るかな。太一も風邪ひかない内に部屋に戻……」


太一「親父!!」


背中を向けて歩き去ろうとする父親に、太一は無意識の内に叫んでいた。奏太の足はピタリと止まる。


太一「親父……、何か俺に隠し事してないか?俺だけじゃない、母さんや唯までにも」


太一のその言葉に奏太は苦笑いを浮かべながら太一の方に向き直る。


奏太「本当に太一は鋭いな。まったく、誰に似たんだか……」


はぁ、と奏太はため息を1つつくと急に真剣な顔を作った。


奏太「お母さんと唯は俺が眠らせた」


太一「!!」


太一は父親の言葉が信じられず、自分の耳を疑った。


太一「眠らせたって……薬か何かでか!?何してんだよ親父!!」


太一は大声で怒鳴りつけたが、奏太はいたって冷静なままだ。


奏太「もっと詳しく言うならこの船に乗っている人全員と言った方が正しいな。ただ、お前を除いてな」


太一「何でそんな……。いや、それより何故俺だけ眠らせなかった?」


太一は父親の言った言葉に愕然とした。


奏太「太一、お前だけを眠らせなかったのは、他人に聞かれずお前に話さなければならないことがあるからだ。今から俺はここからいなくなる。だから、母さんたちにはうまく伝えておいてくれ」


奏太がそう言った直後、突然海中の一部が光を放ち出した。しかし、


太一「懐かしい……」


何故か太一にはその光を知っている気がした。


奏太「そうか、懐かしいか……」


すっと奏太の目が細くなる。

奏太は太一の見つめる先を見ながら口を開く。


奏太「太一、俺はもう行く。最後に3つ言っておくことがある。1つは、俺はもうきっとここにはかえってこれない」


太一「うん……」


太一は簡単に返事をした。


奏太「うむ。2つ目は何年こ後に俺と太一は再会出来るだろう。だがそれは危険な状況下で、だ」


太一「うん……」


返事はしたものの、太一は父親の言葉に考え込んだ。

何だよ危険な状況下って……。唯と母さんは会えないのか?


奏太「最後に3つ目。お前にとって大切なモノを何があっても守り通すんだ。必ずな」


太一(大切なモノ……)


奏太「どうしたんだ?」


黙り込んだ息子に奏太は心配そうに尋ねた。


太一「いや、大丈夫」


奏太「そうか。で、返事は?」


太一「わかったよ……」


太一は渋々ながら返事をする。


奏太「よし。……これでやり残したことはない。母さんと唯によろしくな」


奏太は最後にそう言うと光っている海に飛び込んだ。奏太は海中で光る何かに向かって潜っていく。そこに見えたのは……、


太一「扉……?」


扉だった。奏太はその扉の中へ吸い込まれるように入っていく。そして奏太がその扉をくぐり抜けると扉は静かに閉まり、そして幻のように消えていった。


太一「親父……またな……」

     ・

     ・

     ・

これが太一の知っている本当の出来事だ。母親の瑞穂や唯には船が大きく揺れた時に落ちた、と説明している。


唯「お兄ちゃん?」


太一「ん……?」

気が付くと唯がじっとこちらを見ていた。『そうか、今日は……』と言ったっきりぼーっとしていたから心配になったのだろう。


太一「ああ、いや、何でもない。ちょっくら風呂入って部屋に上がるから晩飯の時に呼んでくれ」


唯「うん、分かった」


素直に頷く唯に背を向け、太一は風呂場に向かった。

     ・

     ・

     ・

太一「あー、さっぱりした!」


体から湯気を出しながら太一は階段を上って自分の部屋に入った。


太一「ハァ~……」


太一は部屋に着くなりベッドに倒れ込んだ。ケガはしなかったとはいえ流石に10時人相手は疲れるのだ。

太一は仰向けに寝転び天井を見ながら唸る。

太一(にしてもあいつ、何であそこまで麗奈にこだわるんだ?)


あいつとはリーダーっぽいヤツ、りっちゃんのことだ。


太一(確かに麗奈はルックスはいいけど他にももっといいヤツおるだろうに。全くもって訳分かんねえ……)


この時、太一の頭からは3年前の父親の話は無くなり、その後もりっちゃんのこだわりについて考えていた。


唯『お兄ちゃあん、夕食の準備できたよー』


太一「へ……?」


突然下から聞こえてきた唯の声に太一が時計を見ると、部屋に入ってからすでに1時間以上たっている。


太一(げっ、そんなにたってたのか!?)


太一は舌打ちし、返事をしてすぐに下に降りた。もう唯も母親の瑞穂も食卓に座っている。

食卓の上には鶏の唐揚げにサラダに豚汁が。全て奏太の好きだったものだ。

太一もすぐ椅子に座った。


3人「「いただきます」」


3人で合掌をすると太一は唐揚げに箸を伸ばし、


瞬間、頭に鋭い痛みが走った。


────太一、太一……


太一(痛ッ……。何だ?今頭の中で声が……)


────時は満ちた。今こそ、お前の……


太一(時?満ちた……?何なんだ一体……)


太一は頭を押さえて椅子から転げ落ち、その場にうずくまった。


太一の様子に驚き唯が太一の横に駆け寄る。


唯「お兄ちゃん!?」


太一「大丈夫……」


痛みが引いたのか太一は少しふらふらしながらもしっかりと立ち上がった。


瑞穂「本当に大丈夫なの?体調が悪いなら寝た方がいいんじゃない?」


瑞穂に言われ、太一は少し迷った挙げ句ゆっくりと頷く。


太一「うん、ちょっと寝てくるよ。あ、起きたら唐揚げ食いたいから少し残しといて」


そう言い残して太一は自分の部屋に戻った。

それから再びベッドに寝転がり、さっきの頭痛と幻聴について思案する。


太一(何だったんだ?こんなこと今まで一度も無かったし……。一体……)


そこまで考えて太一は気付いた。今日は5月21日。


太一(今日は親父が死んだ……いや、親父いなくなった日だ。それと何か関係があるのか……?)


そんなことを考えている内に、太一はいつの間にか眠ってしまった。

     ・

     ・

     ・

太一「んんっ、ふあ~」


太一はベッドの上でグシグシと目を擦った。どうやら眠っていたらしい。

だが妙なことに太一は明かりを消したはずなのに何故か眩しい。


太一「何だよ一体……」


天井を見ても電灯は点いていない。寝ぼけ眼で太一は光を放っている方向に顔を向けた。その方向にあるのはベランダから見える向かいの家のはず。しかし、


太一「なっ!?」


そちらを見て太一は止まった。何故ならそこに向かいの家など無く、窓の前に白い扉があったからだ。よく見るとその扉が光を放っているのが分かる。


太一(これは……そうだ!3年前親父が吸い込まれていった扉だ!!)


太一はベッドから起き上がり、扉に近づいて扉の取っ手に触れた。その瞬間、太一の体に震えが走る。


太一(恐怖?悪寒?いや、もっと違う……これは喜び……?)


思い切って取っ手を引き、扉を開いた。


太一(森……?)


そこにはアマゾンの秘境かと思う程の深い深い森があった。しかしおかしい。いや、すでに森がある時点でおかしいのだが。ただ、今太一のいる所は夜中だ。だが、その扉の向こうは真っ昼間のように明るかったのだ。


太一「何だこりゃ?もしかしてどこでもドアで地球の反対に繋がっちまってんのか?」


と1人でふざけてみた。けれど、これがそんな簡単なものではないことくらい太一にも分かっている。

ここの空気はいつもと違うものを感じる。全くの別物……。冷や汗で背中にパジャマがくっつき足が竦む。しかしそれと同時に、


太一「やっぱり懐かしい……3年前と同じだ……。もしかしてこの向こうに行けば親父がいるのか?……………よし!!」


太一はジーンズに穿き替え、お気に入りのシャツを着てジャケットを羽織った。一応サイフ、ケータイを持ち、護身用に木刀を竹刀袋に入れて背負った。(小学2年から中学の終わりまで剣道をやっていたのだ)

すでに寝ているであろう母親と妹を起こさないように階下に靴を取りに行き、


太一「何で2人とも起きてんの……?」


予想外なことに唯と瑞穂は階段を降りた所に立っていた。


唯「お兄ちゃんの部屋でガタゴト音がするから気になって起きてきたの……」


瑞穂「竹刀なんか持ち出して……。ケンカ?」


唯「えっ、ケンカするのお兄ちゃん!?」


瑞穂の問いの中に含まれた大嫌いな単語に唯は完全に目が覚めてしまったらしい。


太一「いや、ケンカじゃない。ただ何があるか分かんないトコにに行くことになりそうだからさ。護身用だよ、護身用」


太一は唯の頭を撫でながらそう言うと、妹から離れてバッシュを手に取りに、まだ何も口にしていない母親に向き直った。


太一「母さん……」


瑞穂「もう、自分で考えて行動できるようになったのね……。いつ帰って来れるか分かってるの?」


太一「いや……」


瑞穂「そう……。でも、どこに行くかは知らないけど、これだけは約束して。いつになってもいいから、必ず帰って狂って」瑞穂は何かを知っているかの様に言った。


太一「うん。唯、お母さんを頼んだぞ?」


唯「うん……」


太一は妹の覇気のない返事を聞き、部屋に戻るべく2人に背を向けると、


瑞穂「ちょっと待って」


瑞穂に呼び止められた。太一が振り返ると瑞穂は太一たちを置いて台所に入って行った。

     ・

 5分後 ・

     ・

瑞穂「はい、これ」


瑞穂がそう言って渡してきたのはおにぎり10個と500ミリリットルペットボトル2つ。さらにカロリーメイト。そして何故かポテチに板チョコ、柿ピーなどなど……。


瑞穂「どれくらいで帰るか分かんないんでしょ?食糧はあった方がいいからね」


言いながら息子のナップサックに入れ、すっと差し出す。


太一「母さん……。ありがとう、って言いたいけど……。なんでポテチ?なんで板チョコ?これ、いらなくね?だってお菓子じゃん。ピクニックじゃないんだし……」


瑞穂「男が細かいコト気にしない♪」


瑞穂はバシンッと太一の背中をシバいた。

地味に痛いのですがお母様……。


唯「いってらっしゃい、お兄ちゃん」


唯はなんとか笑顔を作って言う。


太一「おう!!」


太一は大きな声で答え、ナップサックを受け取り階段を駆け上がる。そして自室に入り、白く光る扉の中に飛び込んだ。

途端に視界が白い光で溢れ、彼の意識は遠のいていく。

     ・

     ・

     ・

瑞穂(頑張りなさいよ太一。あなたの生き方はあなただけが決めるもの。でも、何があっても、必ず無事に帰ってきて……)


瑞穂は寝室に戻り、そう祈っていた。しかし唯は階段を下から見上げながら、


唯「なんで玄関じゃなくて2階……?」


彼女の呟いた言葉は誰かに聞かれることもなく、虚しく闇に吸い込まれていった。

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