2 僻地の女王訪問
その日の夜。イリスは一日吹雪の中仕事に精を出していたため、ひどい熱に侵されていた。
「っはあっ、無理しすぎたか…。くそっ。せめて誰か近くにいてくれれば。」
深い山林の奥地は、木々が茂っているはずなのだが、雪と暗さで足元がおぼつかない。
自分はこんなところで、誰にも知られずにこの世を去るのか。無念に思った後、幼少期に亡くなった両親を思い出し、集落の知人たちを思い浮かべた所で、それまで囂々と聞こえていた吹雪の音が止んだ。意識がなくなりかけている。
(まずいぞ…。ここで意識を失えば、本当に終わってしまう…。)
なんとか目を開き、感覚を取り戻そうと再び歩き始めた。
「女王陛下だ!」
「女王陛下!このような所までいらして下さりありがとうございます。」
「お綺麗だ・・・!」
様々な民衆の声が飛び交う中、エリザベスはその地を訪ねた。亡き父が治めていた国のはずれ、極寒で人口も少ない町だ。都市部とは違うカラフルな街並みが、白銀に包まれていて、思わず
「きれいね…。」
という感嘆がもれる。
「こちらのお店に是非寄ってください。」
「うちも来てくださいな!」
初めはお忍びで国の偵察に来たのだが、馬車から降りるなり、その見目麗しい姿を一目見ようと、取り囲まれてしまった。おまけに、店へ連れていこうとする始末だ。
「お言葉に甘えて、少しお邪魔しますね。」
全ての声に耳を傾け、丁寧に誘いに応え、一方で治安状態や生活基準をこっそり探る。
「思ってたよりも人々の暮らしは豊かでないわ。野菜も寒すぎて不作のようだし、活気があるのはごく一部の栄えている集落だけみたいね。」
離れたところにいる影の護衛に伝えると、歩みを止めた。
「ここから先は私一人で行くわ。」
「・・・!」
「あと一つ、この森の奥に集落があるのだけれど、噂を聞く限り閉鎖的なようなの。外部の、それも王族が来たことがあまり知られないようにするには、できるかぎり目立ちたくないの。」
「しかし!」
「あなたはもう戻って頂戴。」
「ですが、」
「お願い。大丈夫だから。」
「…。わかりました。くれぐれも危険な真似をしないと約束して下さい。何かあったら、この、一つ下の集落に待機しますので、すぐ逃げて来てください。」
「ええ、わかってるわ。」
無視に近い形で、フードをふかく被り、背の高い針葉樹林へ入っていった。