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ネツゾウ  作者: 天野桂花
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始まり

 結局その日は、早々にお開きになり、営業車で来ていた享司が美津江を家まで送ることになった。道案内として同乗した京香は、美津江を送り届けたあと、享司を飲みなおそうと誘ったが、運転があるから、と断られ、結局送り届けられることとなったのだった。


 ことの顛末を京香から聞いた美津江は青ざめた。

「まったく、あんたのおかげでせっかくセッティングした飲み会がパーになっちゃったわ」

「ごめん…」

「それはともかく、享司さんにお礼言っときなさいよ。部屋まで送ってくれたんだから」

「わかった…」


 その日の昼休み、美津江は享司のもとを訪れた。享司は美津江に気づくと微笑みながら話しかけてきた。

「佐々木さん、体調は大丈夫?」

「あの、昨日はすみませんでした…その、せっかく来ていただいたのに、私のせいで。それに、あの、ご迷惑もおかけして…」

 顔を赤らめながらしどろもどろになって謝ると、享司は穏やかに微笑みながら言った。

「全然迷惑じゃないよ。残念だったけど、仕方ないよ。また今度予定組もうよ。なんなら、食事会にしよう」

 美津江はますます赤くなってうつむいた。

「そうだ、佐々木さん、お昼は?よかったら一緒に行かない?」

 美津江は目を丸くして享司を見つめると、うなづくのが精いっぱいだった。


 享司は入社以来、女子社員たちにちやほやされていたが、正直恋愛には興味が持てずにいた。だから、その分仕事に打ち込んできたのだが、そんな時にほかの女子社員とは違って控えめだが気の利く美津江の存在を知り、いつしか気になっていた。だから副島から合コンの話を聞き、最初は面倒だと断ろうとしたのだが、メンバーの中に美津江がいることを知って、参加することにしたのだ。


 当日は仕事先からの直行になってしまったため、営業車で向かうことになってしまった。せっかくの飲み会でアルコールが飲めないのは少し残念な気もしたが、仕事を離れた美津江に会えるのが楽しみだった。なんとか時間に間に合って、約束の居酒屋に到着すると、いつもの雰囲気とは違って少し華やかな美津江がいた。嬉しくなった享司が声をかけると、美津江はみるみる赤くなり、一気にワインを飲みほしたかと思ったら、そのまま気絶してしまった。

「僕、営業車で来てるから、送っていきますよ。家、どの辺ですか」

 京香が案内することになり、営業車に乗り込む。

「ちょ、京香ズルい」

 真理が言うが、京香はお構いなしだ。

「美津江の家知ってるのは私だけだから。せっかく集まったけど、今日はこれでお開きってことで」

「じゃ、享司、しっかり送り届けるんだぞ。京香ちゃんに変なことするなよ」

「ばか、何言ってるんだよ。お前らこそ、飲みすぎるなよ」

「はい、はい。さ、真理ちゃん、俺たちと飲み直ししようよ」

 真理は少し不満げだったが、残された副島たちと居酒屋へ戻っていった。

 

 助手席に乗り込んだ京香は、美津江のアパートまでの道のりを案内すると、このあと飲みに行こうと誘ってきた。だが、享司は京香には全く興味がなかったし、そもそも美津江がいないのなら一緒に飲みに行く意味がないと思った。

「実は今日、ちょっと疲れてるから、今度また日を改めてみんなで飲みに行きませんか」

 体よく断ると、京香も自宅前まで送り届け、その日は帰宅したのだった。

 

 ランチタイムでどこも混んでいたが、享司は行きつけの定食屋を案内した。

「ここ、結構穴場なんだよ。値段は手ごろだし、早くてうまい」

 店内はサラリーマンでいっぱいだったが、ちょうどカウンター席が空いていた。

「注文はお決まりですか?」

 店員が水の入ったグラスを置きながら聞く。

「僕は生姜焼き定食、佐々木さんは?」

「じゃ、私も」

「すみません、生姜焼き定食2つお願いします」

「生姜焼き2つ!」

「はいよ!」

 厨房から威勢の良い返事がした。


「まさかあんなにお酒が飲めないとはびっくりしたよ」

 享司が笑いながら言うと、美津江は真っ赤になってうつむいた。

「いや、飲めないのが悪いんじゃなくて、飲めないのにあんな風に飲むのはよくないよ」

 享司が優しく諭すように言った。

「私、ああいう飲み会って初めてで、緊張してしまって、その……」

 美津江はしどろもどろになりながら言った。そんな美津江に享司は屈託のない笑顔を向けながら言う。

「今度は食事会ってことで集まろうよ。佐々木さんさえよければ、だけど」

 美津江はまた誘ってもらえるとは思っていなかったので、驚きと動揺で、返事ができずにいた。すると、享司の口からさらに信じられない言葉が続いた。

「実は、前々から佐々木さんのこと気になってたんだ。今回の飲み会も佐々木さんが来るっていうから参加したんだ」

 美津江は自分が耳にした言葉が信じられなかった。社交辞令だろうか。営業の人は口がうまいから…。戸惑う美津江を見て、享司は真顔になり言った。

「なんて、急にごめん。でも、嘘じゃないよ。本心だから」

 何と答えていいか、困っていると、

「お待たせしました!生姜焼き定食です!」

 出来立ての生姜焼きが運ばれてきた。

「うまそー!いや、うまいんだけどさ。いただきます」

 享司はにこにこしながら食べ始めた。美津江も、熱々の生姜焼きをほおばった。

「熱っ…!」

「まだ時間あるから慌てないで大丈夫だよ」

「はい…」

「どう?おいしいでしょ?」

「はい」

 そう答えたものの、美津江は自分に今起きていることが信じられず、生姜焼きの味もわからないほど舞い上がっていた。



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