出会い
享司は大学卒業後、大手ゼネコンに就職し、営業部に配属された。上司に連れられての外回りや、接待で忙しく、それなりに充実した日々を送っていた。もともと外交的な性格は営業の仕事に向いていたのだろう、みるみる成績を上げて、社内で頭角を現していった。同期の誰よりも早く、管理職になり、周囲からは一目置かれていた。しかも、どんなに仕事で忙しくても、周囲への気遣いも忘れないため、上司からはかわいがられ、女子社員からも人気があった。
「享司さん、素敵よねえ。仕事もできて、優しくて。それにルックスもそこそこいいと来てるんだもん。社内での評価も万全だし、結婚相手として申し分ないわよねえ」
ある日の昼休み、社内で弁当を食べながら、京香が言った。
「え、あんた、狙ってるの?」
隣にいた真理が咎めるように言う。
「うん……実は今度デートに誘ってみようかなあって」
「えー!抜け駆けはずるいよ。だったら、みんなで飲みにいかない?合コン、合コン」
「ちぇ、せっかく二人きりでデートしようと思ったのに」
「だいたいフラれるかも知れないでしょ。最初はほら、一対一よりもみんなでワイワイやった方が、アプローチしやすいじゃない」
「まあね。そうと決まったら、メンツを集めないと。ちょっと営業の同期に声かけるわ」
二人のやり取りを見ながら、静かに弁当を食べていたのは、美津江だった。美津江は享司より後輩で、入社間もないころ、コピー機が紙詰まりを起こし、困っているところを助けてもらったことがある。それ以来、おとなしく控えめな美津江は、みんなが熱を上げ、騒いでいるのを横目に、ひっそりと享司への思いを温めていた。
「美津江、あんたも来るでしょ。あんただって、たまにはそういう所にも顔出さないと」
「え?私はそんな……」
「いいからいいから、頭数そろってないと楽しくないんだから、こういうのは」
半ば強引に参加することになった美津江だったが、ほんの少し、浮きたつ気持ちを抑えることができずにもいたのだった。
京香のセッティングで、無事営業部の男性社員を巻き込み、三対三の合コンにこぎつけることができた。先について享司たちを待つ間、身だしなみの最終チェックをする。
「ちょっと、胸の谷間強調しすぎじゃない?色気作戦なの丸見え。どんだけ寄せて上げてるの」
「そういうあんただって、今日香水変えてない?」
ワイワイと盛り上がっている京香たちを見ながら、美津江は自分が場違いなような気がしていた。何しろこういう席には縁がない。服装だって、自分の中では少しマシだと思うワンピースにしてきたが、明らかに浮いていた。
「やっぱり私、帰る」
美津江が怖気づいて立ち上がろうとすると同時に享司たちがやってきた。
「お待たせー、遅くなりましたあ。」
京香の同期、副島だった。
「お忙しいところ来ていただいてありがとうございます」
「日ごろからお世話になっている総務のキレイどころのお誘いじゃ断るわけにはいかないでしょ」
「もう!さすが営業さん、口がうまいんだから」
そんな感じで始まり、美津江はすっかり帰るタイミングを逃してしまった。
不慣れな席で緊張していると、亮司が話しかけてきた。
「佐々木さんでしたっけ?いつも受付のところに花を飾ってくれてるよね」
美津江はどぎまぎしながらうなずいた。
「朝出かけるときに目に入ると、なんだか癒されるんだよね」
そう言うと、享司はにっこりと微笑んだ。あこがれの人に、名前を知られていて、しかもその人から話しかけてもらった。みるみる顔が赤くなり、どうしたらいいかわからなくなった美津江は、グラスに入ったワインを一気に飲みほした。
「佐々木さん?大丈夫?」
大丈夫ではなかった。美津江はそのまま気を失った。