遺書
霊安室はひんやりとしていた。顔にかけられた布を取ると、母は眠っているようにも見えた。
不思議と涙は出なかった。
「心中を図ったんだ。一緒に発見された男は刃物で刺された外傷による失血死が死因だったようだ」
母は穏やかな顔をしていた。
「遺書も見つかってね。なぜこんなことになったのか…つらいとは思うが…」
秋月はそういうと、正義に一通の手紙を渡した。
”まーくん、ごめんね。こんな風にして、お別れをすることになるとは思わなかったけど、こうするのが一番だと思ったの。
突然いなくなってしまったことも、本当にごめんなさい。だけど、これ以上あなたに迷惑をかけたくないと思って。
そして、私の一番の罪を償うためにはこうするしかなかったの。
あなたのお父さんを殺したのは、私です。隠していてごめんなさい。”
正義はそこまで読むと、わなわなと震え始めた。
そしてあの日、目の前で燃える父の姿を思い出し、恐怖で胃が引き攣り、激しく嘔吐した。
「違う!違う!だって、あの時、母さんは…違う!」
頭を掻きむしり、叫びながら、なおも吐き続け、正義は意識を失った。
香織が美津江たちを訪ねた日、美津江はただ泣きじゃくるばかりでそれ以上、何も語ることはなかった。 ただ、享司の死というよりは、香織との関係を誤解していたことに対してショックを受けているようだった。
香織はそんな美津江を見て、
「ここを出て、うちの店でしばらく働かない?」
と言った。
「生活が落ち着くまで、いてくれて構わないから」
そうして、美津江は香織のもとに身を寄せることになった。享司のことについては、口をつぐんで二度と語ることはなかったが、店の手伝いをしたり、正義と一緒に夏生の世話をしたり、少しずつ落ち着きを取り戻していったように見えた。
半年ほど過ぎて、事務のパートの仕事を見つけると、店からそう遠くないところに空き部屋を見つけ、美津江は正義と二人で暮らすことにした。
「いつまでいてくれてもいいんだよ。困ったときはお互い様なんだし」
そう香織が止めても、美津江は頑として、
「これ以上世話になるのは申し訳ないから」
と香織のもとを出て行った。
「困ったらいつでも頼ってね。お互いシングルマザーなんだし」
「ありがとうございます」
そうして、親子二人の生活をスタートした美津江だった。
正義も少しずつ、以前の快活さを取り戻していった。それでも、体の傷跡を見られるのが嫌で、夏でも長袖を着て、体育の時間もプールには入らなかった。
夏生は、まだ一緒に暮らし始めたころ、正義の体の傷跡を見て、不思議そうな顔をして、
「どうしたの?これ?」
と無邪気に尋ねたことがあった。正義は慌てて傷を隠そうとしたが、夏生は無遠慮にシャツをめくって、
「かっこいいね、ドラゴンのうろこみたい」
とにっこりと笑った。傷のことでからかわれたり、見てはいけないものを見たように目をそらされることが多かった正義はびっくりして夏生を見た。
「隠さなくたっていいのに。夏生はまーくんのこと、かっこいいと思うよ」
まっすぐな瞳でそう言う夏生に正義は思わず、つられて微笑んだのだった。




