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ネツゾウ  作者: 天野桂花
10/23

疑惑

 正義は、父享司の変化が理解できなかった。あの日、父と二人で公園に遊びに行ってから、父は変わってしまった。

 帰宅すると、いつもアルコール臭を漂わせ、千鳥足で部屋に入ってくる。正義が近づいても、まるで汚いものでも見るような目つきになり、手でシッシッ、と追い払う。母のことも大声で罵り、しまいには殴ったり蹴ったり、暴力をふるうようになった。

「やめてよ!お母さんが死んじゃう」

 泣きながら父の足にしがみつくと、父は正義を振り払い、舌打ちをし、母を殴るのをやめた。

「寝る」

 寝室のふすまをけたたましく閉め、父がいなくなると、正義はすすり泣く母に駆け寄って、抱き着く。正義を抱きしめながら、母は何度も謝り続けた。

「ごめんね…ごめんね…」

 あんなのはお父さんじゃない。お父さんさえいなければ。

 正義の中に憎しみが芽生えていった。


 そうこうするうちに、父の態度が少し変わったように感じた。飲んで帰宅するのは相変わらずだったが、以前よりは酒の量も少なくなっているようだった。母への態度は冷たいままだったが、以前より暴力をふるう頻度は減っていた。それでも、ちょっとでも気に入らないことがあると、大声を上げ、暴力をふるうのは変わらなかった。

 母はすっかりやつれてしまっていた。居間に飾ってある入園式の時の写真に写る両親の笑顔を見ると、正義は胸が痛くなった。ほんの数年前のことなのに、まるで遠い昔のことのようだ。

 春には入学を控えていたが、いまだ入学準備もされていなかった。


 年末も押し迫ってきたある日のこと、その日享司はまだ帰ってきていなかった。先に眠っていた正義の耳に、母が誰かと言い争う声が聞こえてきた。

「もう二度と会わないって言ったじゃない!早く帰って!」

 そっとふすまを開けて隙間から様子を窺うと、見知らぬ男がいた。

「やっと見つけたんだ。ずっと、ずっと、探してたんだ。あんただって、俺のこと忘れられなかっただろ?」

 男は薄気味の悪い顔でニヤニヤしながら美津江に迫っていた。

「やめて!もうあなたとは何の関係もないんだから!」

 美津江は押し殺した声で必死に抵抗していた。

「冷たくしないでよ。俺はずっとあんただけを思ってきたんだ。俺の息子、大きくなっただろう?なあ、会わせてくれよ。奥にいるのか?」

 男は正義がいる部屋のほうへと近づいてきた。

「だめ!お願い!その子は、あなたの子なんかじゃない!」

 美津江は必死に男を押し返す。

「まあいいや。そろそろ旦那も帰ってくる頃だろうし。今日のところは退散するよ」

「いいえ、もう二度とこないでちょうだい!」

 半狂乱の美津江をじっと見つめると、男はニヤニヤしながら言った。

「でもさー、旦那だって、うまいことやってるんだぜ?今だって、よろしくやってるんじゃないかなあ」

「え?どういう、こと…?」

 男はおかしそうに顔をゆがめて笑うと、信じられないことを口にした。

「旦那さんはさ、駅前の香織って小料理屋の女将とできてるみたいだぜ」

 美津江の顔からみるみる血の気が引いていった。

「う、嘘よ、そんなこと。あの人に限ってそんな」

「そうそう、可愛い娘もいたっけな。あれ、隠し子だったりして」

 男は楽しそうに笑うと言った。

 あまりのことに美津江は呆然とし、言葉を失った。

「そんなわけだからさ、また俺たちも仲良くしようぜ。俺があんたと息子を幸せにして見せるからさ」

 そう美津江の耳元で囁くと、男は不敵な笑みを浮かべ出て行った。

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