プロローグ
燃え盛る炎の中で、正義は〝それ〟が上げる、断末魔の叫びを聞いていた。不思議と怖いとも思わず、ただこれで、全てが終わり、そして始まるのだと思った。
「正義…!」
悲鳴にも似た母の声で、正義は我に返った。すぐそばに、火だるまになった〝それ〟が近づき、今にも自分の足をつかもうとしている。正義は急に恐怖に襲われ、逃げようとしたが、畳の上に転がる空き缶に足を取られ、尻もちをついてしまった。
「おま……はや……ろ……」
〝それ〟が、黒く焼け焦げながら、炎に喘ぎ、呻き、必死の形相で正義を睨む。
尻もちをついたままで後ずさりながら、正義は、醜く焼かれている〝それ〟を眺めていた。正義の足をつかもうと伸ばされた腕は、肉が焼かれて縮んでゆき、もうそれ以上、動くことは出来そうになかった。
「キャーッ!」
母の悲鳴と同時に、天井が焼け落ち、壁も崩れ始めた。ひとたび火が回れば、古い木造アパートは、ひとたまりもなかった。炎の勢いは、とどまる所を知らず、今や部屋中、火の海となっていた。炎は出口を求めて一気に広がり、熱風と煙とで肺が焼けそうだ。
遠くから消防車のサイレンが聞こえてくる。
これで全てが終わり、そして始まるんだ。そうだよね?母さん……。
正義は意識を失った。