深緑のトライアングルSheet1:エル推しの男
スナック『エンター』。
性別不詳の店主アキラと、自称異世界から転移してきたエルフのエルが切り盛りする小さな店。
"切り盛り"というより飛行機でいうところの"きりもみ"状態で墜落間近の経営状態だったが、エルの作ったホームページ効果かはたまたエル自身の物珍しさのせいか客足が徐々に伸びてはいた。
とはいえ低空飛行に大して変わりはない。
そんな中、足繁く通ってくれる常連の一人。
グッさんこと川口は今日もカウンターの端でハイボールを飲んでいた。
今日は珍しくほぼ満席だ。
普段は物置きと化しているもう一つのボックス席も解放し、アキラもエルも行ったり来たり。
川口の隣にも一見さんとおぼしき若い男性の二人組が居た。
「あのエルフの子、めっちゃ可愛いな」
「俺はアッチの革ジャンがタイプ」
「えっ!?あの人、男じゃないの?」
そんなヒソヒソ話が聞かずとも耳に入ってくる。
「あの、すいません」
アキラがこっちに戻ってきたタイミングで、エル推しの男が声を掛けた。
川口はいつもの"一見さんあるある"、アキラの性別確認かと辟易したが、意外な質問が投げかけられた。
「ホームページ見たんですが、ここでエクセルの相談受けてもらえるとか…」
この手の相談が多いかというと、それほどでもない。
操作方法やマクロの関数なんかはネットで調べれば大抵解決するからだ。
川口の提案で結成された(?)ITトラブル解決チーム『エクセレンター』も開店休業中だ。
もっとも不倫で失脚したモリワーキー教授の後継として洲崎さんの会社からの業務委託はあった。
情報収集のマクロをエルが組んで、それを川口の会社で分析、改善策を提案するという業務が確立した。
ささやかながら店にもマージンが入る流れになっている。
「エクセルですか…」
チラと川口の方へ目をやるアキラ。
これは個人の"相談"で"依頼"じゃないよね?
という確認である。
川口もこれが仕事になる案件じゃなさそうなのは承知しているので軽く頷き了承する。
「エル、案件お願い」
アキラがエルに声を掛ける。
エル推しの男は嬉しそうだ。
「こんにちは、エルです。エクセルの事で何かお困りですか?」
近ごろは愛想笑いも出来る様になったエル。
もっとも一部の常連達は以前の塩対応も嫌いじゃないとか言っている。
人間の感情は摩訶不思議ですねとアキラに問いかけた事があるが、ひとしきり大笑いが続いた後、
「人間の俺でもそう思うから気にしなくて大丈夫」
と返された。
「エルさん、よろしくお願いします」
エル推しの男はニヤケ顔が収まらない。
きっと相談事が解決しなくても現時点で満足してるんじゃないか?
横にいる川口はアキラがそう言いたげな表情を浮かべてこちらを見ているのに気が付いた。
同意見だと言う代わりに軽く頷く。
無言の意思疎通。
エルがまだ使えないこの世界の魔法かも知れない。