8話 王城の図書館にて2(リディオ視点)
妖精と医学の本をぺらぺらとめくりながらリディオはため息をついた。
城内の閑散とした図書館の一番奥にある席で今日も眠り病を治すための手立てを調べている。イリアが眠り病にかかってからもう1か月以上が過ぎていた。精神体は元気そうだったがさすがに肉体の方が心配になってくる。点滴で賄える栄養はごくわずかだ。
『リディオ先生にも触れましたね』
『もし眠り病が治って目が覚めたら、先生の助手になろうかしら』
会ったばかりの頃は表情は暗く乏しかったが最近は柔らかく笑うようになった。
城内で遠くから見かけたときの、どこか張り詰めた凛とした美しさとはまた違う彼女の顔だった。どちらにしても可愛いなと思うのだけど。
ぱしん! とリディオは両頬を挟んだ。
「まったく何考えてんだ」
周囲に誰もいないのをいいことに独り言ちる。
イリアは大貴族セルラオ公爵家のご令嬢だ。本来はリディオが一生関わることのないはずの相手だ。きっと彼女は王子以外の男と話などまともにしたことがないのだろう。だからリディオに懐いてしまった。それだけなのだ。
目が覚めれば嫌でも彼女には現実が待っている。
そのときリディオは彼女の隣にはいられないだろう。
(そういえばあの王子……イリアを婚約者に戻すつもりなんだよな)
机に突っ伏して考える。
城内の状態を見ればわかる。生気を失った草花。枯れた噴水。妖精たちが怒っているのだ。
イリアは亡き母の影響で妖精達を引き付ける体質のようだった。城内の礼拝堂でも登城すると欠かさず祈りを捧げていたようだし妖精に好かれていたのだろう。そんな彼女をこの国の王子たるカルロが傷つけたのだから、妖精達はそっぽを向いてしまったのだ。今のところ影響は城内にしか出ていないがそれが外界へと広がっていく可能性もある。
そうなった場合、イリアがカルロの婚約者に戻される可能性がある。それで妖精達が戻って来るかはわからないが。
イリアに精神体のままでも周囲に触れられるように練習させたのは、いざというとき彼女が眠ったままでも自分の意思を示せるようにしたかったからだ。これ以上彼女の人生が、周囲の都合で振り回されないように。こんなのはただのおせっかいだというのはわかっている。
そもそもただの医者であるリディオが本来口を挟めることではない。
それでも何かしたいと思うのは、イリアの生真面目さとそれゆえの危なっかしさを知ってしまったからだろうか。
(放っておけないんだよな……)
ちらりと視線を横に移すと、たくさんの本の中に持ってきた覚えのない絵本があった。
間違って持ってきてしまったんだろうか。手を伸ばして行儀悪く机に突っ伏したままその本を持ち上げた。
「なんだこれ……眠り姫?」
それはアナスタージ王国に古くから伝わる伝承系の書物のひとつだ。
簡略化された絵本は子供達に人気で多くの子供たちがこれを読んで育っていた。どちらかというと女の子に人気の物語だったけれど、リディオもあらすじくらいは知っている。
妖精に魅入られて眠りの国に連れて行かれたお姫様を王子様のキスが目覚めさせるという物語だ。
「王子様のキスか……」
そんなものでイリアが目覚めるのだろうか?
今の彼女ならすごく嫌がりそうだなと思ったらつい一人で苦笑いしてしまった。
すべてはたただのおとぎ話だ。現実を目の当たりにして、彼女は眠りから覚めたいと思っているだろうか。
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