95.双子
四方を無機質な壁に覆われた、小さな明かりが揺れる窓のない部屋に並べられた二台のベッド。そのうえでカイン・フテクトは静かに目を覚ました。
術後麻酔が切れてから、何度か目を覚ましてはすぐに眠ってしまっていたが今度は頭もだいぶスッキリしている。痛みはあるが我慢できないほどではないし、今まで経験してきたものと比べれば大したものではない。
そのまま視線を動かせば、隣のベッドに眠る双子の弟ケインの顔が見えた。まだ、眠っているようだが、最後に見た時よりも顔色はよく寝顔も穏やかだった。
…こんなふうにベッドの上でひたすらに休息をとるのは初めてだ…。
物心ついた時からベッドなどというものとは縁遠かった。寝るのはいつも固い地面か石が敷き詰められた床の上。よくて木の床で、さらに恵まれているときは干し草が敷けた。今の様に分厚いマットレスなど…記憶にある限りでは一度もない。しかも、睡眠時間は確保できる方が珍しく、不眠不休の労働が自分たちには当たり前だった。それが……罪人のはずなのにこんなにも好待遇を受けているなんて信じられない。自分たちが犯したのはアールツト侯爵令嬢誘拐という大罪だ。厳しい拷問を受けて、首を刎ねられて、民衆に晒されて石を投げつけられるはずなのに。
…まさか…死刑前の最後の施しだろうか?
そこまで考えていたカインは静かに開いたドアに素早く視線を動かした。見れば、まだ子供と言える年齢の三人の白衣姿の人物がそれぞれに荷物をもって入室したところだった。
この子たちは…あの時自分たちを治療してくれた子供だ。
「目が覚めましたか?気分はどうですか?」
ポイズがそっとカインに近づいて触診をする。抵抗することもなくされるがままだったカインが点滴を調節したワイズに視線を向ければ、その眉間にしわが寄った。
「…なにか?」
まだ声変わり前の高い声で不機嫌そうに尋ねたワイズを見たカインは肩の力を抜いた。そうだ、これが侯爵令嬢を誘拐した自分たちに対する自然な反応だ。他の2人が世話を焼いてくれることに驚き戸惑っていたカインが厳しい視線を向けたワイズに内心安堵する。
俺たちはこうやって非難の視線を浴びせられるのが当たり前の大罪を犯した罪人なのだ。
「なぜ、俺たちはこんな好待遇を受けられているのですか?」
「好待遇?…これが?」
「俺たちは罪人なのにこんな上質なベッドを使わせてもらって、さらには食事や診察まで…こんなことされたのは生まれて初めてです。」
カインが純粋に尋ねればワイズの眉間のしわがさらに深くなった。
ここは窓もない湿った地下の病室だ。食事だって生きていく上での最低限の物しか与えられていないし、診察だって手術はしたが特別なことは何もしていないのに…それを好待遇などと…。自分も孤児でそれなりにつらい環境を生きてきたワイズは、自分たちが生きていた環境が恵まれていたものだと知って胃のあたりがズシンと重くなった。
「ここは怪我や病気の罪人を収容するための特別な場所です。あなたも数日後にはここを出て通常の罪人の様に牢に入ることになるでしょう。」
ワイズが感情をこめずに言えば、カインはどこか安心したように頷いた。それを見てさらに胃が重く感じていたワイズの後ろから、ポイズの声が聞こえた。
「目が覚めましたか…?」
「…ここは…?」
ポイズの声に少し遅れて聞こえたケインの声にワイズとカインが同時に視線を向ければ、隣のベッドでさっきまで眠っていたケインがゆっくりとこちらを向いてカインと視線を重ねた。
「カイン…。」
「ケイン。」
ユニゾンした声が静かな室内に響く。
「よかった…。」
すぐさまカインが言葉を続ければケインはゆっくりとまるで不思議なものを見るかのように右腕を持ち上げて手首の先に目を向けた。
「…これは…俺の、手…か?」
痛むことも気にせず、しっかりと結合している包帯に覆われた右手を何度も裏表と返して確認するケインの姿に、知らずにカインの瞼に涙がたまった。ヤーコブ男爵にケインの右腕が切り落とされた時に襲ってきた絶望が、今、目の前で起きている奇跡を何倍も眩しく輝かせる。
「…そうだ。っ…アールツト侯爵令嬢が…アヤメさんがっ…治してくれたんだ…。」
涙交じりにカインが告げれば、全く同じ顔をしたケインが瞼を無くすほど大きく目を見開いて右手とカインに何度も視線を動かした。
「なっ…なんで…だよ?あの令嬢…なんで、俺に…そんなこと…。」
理解できないというように力なく頭を振ったケインに、そっとエーデルが歩み寄った。
「お嬢様は、目の前に命があれば必ず手を伸ばされます。」
「は…?」
突然のエーデルの言葉にケインが聞き返せば、エーデルはゆっくりと笑みを作る。
「お嬢様はとても優しいお方です。たとえ自分を誘拐したあなた達であろうと命が危険にさらされているのであれば見捨てることはしません。」
「そんなの…ただの偽善だろ?みんな口ではそう言って、メンツを保って見栄を張るんだ。俺は、そういう奴らが…一番虫唾が走る。」
ケッと吐き捨てて鋭くエーデルをにらんだケインだったが、視線の先の少女の顔は先ほどと変わらず笑みのままだった。
「お嬢様は違います。私たちはそのおかげで救われ、新しい人生をいただきました。」
「だから何だよ?…何が言いたいんだよ?!この手を付けてもらった礼でも言えってのか?ハッ!そんなのあの令嬢が勝手にやった事だろ?頼んでもねーのに余計なことしやがって…。礼なんて誰が言うか!」
「ケインッ!」
悪態をついて掛布の中に潜ったケインにカインの声が咎めるが、ケインは何も言い返さず黙り込んだ。ケインの失礼な言動を詫びようとカインが口を開く……より前にエーデルの小さな手がケインが潜ったことでできた掛布の山に触れた。
「…あなたがどう思われようが、私はお嬢様を信じています。そして……お嬢様を凶刃から守っていただきありがとうございました。」
エーデルが告げれば、ポイズとワイズが揃ってカインとケインに頭を下げた。それにカインは驚愕し、掛布の中からケインが息をつめた音が聞こえた。
「…では、ゆっくり休んでください。また、夕方に参ります。」
姿勢を戻したワイズがそう告げて、三人はそのまま部屋を出ていった。
地下からの階段を上がりながら、ワイズは前を登るエーデルとポイズの姿を無言で見つめていた。あの兄弟の素性と産まれをクエルト隊長から聞いた時から胃のあたりが落ち着かなかった。そして、先ほど直接会話をしてエーデルの話を聞いた時、この得体のしれない騒めきの正体をはっきりと理解した。
…あの二人は…将来の自分の姿だったのかもしれない。
そう自覚すれば、ざわめきが収まり、代わりに得体のしれない恐怖と不安が沸き起こる。
孤児院にいたころ、この二人を学校に行かせるためにどんな仕事でもやった。まだ小さかった体を生かして、盗みにも入ったし、窃盗や強盗の見張りもしたことだってる。人さらいはさすがにしていないが、それに近しい仕事の手伝いなら何度も繰り返していた。その時は、この二人が自分のような汚れた環境ではなく、真っ当な仕事に就き人並みの幸せを手に入れる事だけを望み、金を稼ぎ続けた。俺はこいつらが幸せならそれでいい。こいつらを生かすためなら何でもやる。そう強く思い何でもやっていたが、あのまま続けていたら…きっとあの二人よりも酷い未来が待っていたのかもしれない。
あの火事がなければ。
お嬢様に出会わなければ。
スチュワート様が俺たちを拾ってくれなければ…。
俺は、この二人の為にどんな悪事にも手を染めていただろう。
…それがたとえ、どこぞの誰かを誘拐し、売り飛ばすような非道なものだとしても…。
「ワイズ兄さま?」
「どうかしましたか?」
その時、ふとこちらを見た二人の声にハッとして顔を上げる。そこには、孤児院にいた時とは比べ物にならないほど健康的で知性的な二人の姿があった。
「……。」
揃ってこちらを覗き込む二人に熱いものが込み上げて、階段でありながら、危険性も考えすに二人をギュと抱き寄せた。あんなに小さかった二人はいつの間にか、俺の手が回らないほど大きくなった。二つの熱を、温もりを感じながらワイズは強く心で誓う。
俺は…道を間違えたりはしない。この二人の為に。
そして……底辺から拾い上げ、導いてくれたお嬢様の為に…。
「…なんでもない。…行こう。」
二人から手を離して、先をうながせば不思議そうな顔をしながらも二人は再び前を向いて階段を上り始める。それを確認してから、ワイズは一度だけ出てきたドアを振り返った。見張りの騎士が一人置かれた寂しげなドアはまるで過去の自分の姿の様で胸が苦しくなった。
…叶う事なら…彼らにも……___。
…浮かんできた思いを振り払うように前を向いたワイズは一度小さく息を吐く。そして、階段の先にある光を目指して足を上げた。
三人を無言でカインが見送っていれば、ドアが完全にしまった直後にケインが掛布から顔をだした。
「なんだよ…あいつら…。頭おかしいんじゃね?」
その言葉とは裏腹に、明らかにケインの目は潤んでいて、カインは苦い笑みを作る。素直になれないケインをみれば、たった一人の血を分けた兄弟と再び生きて会えたことに喜びが込み上げた。
………たとえ残り数日で首を刎ねられることになろうとも…。
悪態を続けるケインにカインは、あの夜アヤメから言われた言葉を聞かせてやる。冥土の土産にはちょうどいいかもしれない。……ちっぽけなゴミくずのような俺達でも、この世に生を受けたことに意味があったのだと思って死ねるのなら幸せだと思うから。
話を聞いたケインはしばらく微動だにせずに口を閉ざし、包帯がまかれた右手を凝視していた。その表情からは何を考えているのかはわからないないが、双子であるカインにはケインの心境の変化が手に取るようにわかっていた。
「…っんだよそれ…。」
しばらくの沈黙の後、ふり絞ったようなケインの声が部屋に響いた。そして、見る見るうちにケインの顔が歪み、ぐしゃぐしゃに顔をゆがめながら、強く閉じられた瞼から涙があふれだした。
「…くっ、うっ…。」
そして、それを見ていたカインの瞼にも涙がたまり、やがて溢れる。
「…悔しいな…。」
グッとシーツを握り絞めた拳が微かに震える。カインは歯を食いしばり、声を殺して涙を流しながら拳を握り続けた。
「…初めて。生まれてきて、良かったと…思えたんだ。」
「うっ、ふっっ…俺も、今…思った。」
カインの言葉にケインが嗚咽を堪えながら返す。
「…生きていきたい、もっと生きていたい…そう思ったんだ…。」
絶望だらけの人生で、初めて生きていきたいと……思ったのに…。許されるのならば、この先の人生もケインと二人で、あの人の傍で生きていたいと思えるのに…。
そう思えば言葉よりも感情が先に立ち涙が止まらない。
「カイン…。」
「な、んだ?」
嗚咽を収めた声で聞いたケインにカインが答えれば、自分と全く同じ顔がみっともなく涙を流しながら訴えてくる。
「俺、死にたくねぇよ…。まだ、まだ…もっと生きていたい。」
「ケインッ…!」
「やっと、…見つけたんだよ…!色づいたんだよ…クソみてぇな人生が…やっと…。」
「っ…っああっ!俺もだっ…。」
しかし…どんなに生きたいと思っていても自分たちの未来には死が待っている。…自分たちの犯した罪はそれほどまでに重い。カインの握り締めた拳から血がにじむ。
悔しい。悔しい。悔しい悔しい悔しい悔しい!!
…ただ、とてつもなく…悔しい…。
この仕事をヤーコブに命じられた時からこうなることは知っていた。何かあればあの男は自分たちを切り捨てる。全てわかっていたがそれでもいいと思っていた。いつ死のうがかまわないと本気で思っていた。……だが……今は、こんなにも生きたい、生きていきたいと思っている。後悔なんて言葉では甘いくらいの熱く大きなものが、ズシリ…と二人の胸を押し潰していた。
その夜…二人の涙と「生きたい」という強い気持ちは誰にも届くことのない地下の牢獄を静かに満たしていた。
3日後。
カインとケインの回復に合わせて少しずつ事情聴取か行われ、すべてを終えた二人は鎖でつながれたまま衛兵と騎士に囲まれ、裁きの間に出廷していた。
裁きの間にはインゼル王国国王、宰相、その他上層部がずらりと並び高台からカインとケインを鋭く見下ろしていた。その視線を受けながら、宰相であるユスティーツが読み上げる自分達の罪状を静かに聞き続ける。ユスティーツが言い終われば後は判決を待つだけだ。
二人の顔にはもう涙も後悔の跡もなく、ただ穏やかに、これから告げられる自分たちの刑を待っていた。
後悔ならここに来るまでに何度もしてきた。でも、そんなことをしても変わらない。
カインがふと横に並ぶケインに心の中で告げれば、ケインは視線だけで頷いた。
そうだ。ならば、変えられない未来を嘆くよりも、人生の最後にこんな気持ちになった事に感謝をしよう。
二人で数秒見つめ合い視線を戻せば、ちょうどユスティーツの読み上げが終わったところだったようで、二人の正面に座っていた王がゆっくりと立ち上がった。
「これからお前達への判決を言い渡す。…最後に申し開くことはあるか?」
静かに、それでも強く響いた声にカインとケインは互いに顔を見合わせた。
こんなことをして自分たちの罪が軽くなるとは思っていないが、これが最後だというのならこれだけは言っておきたい。その強い思いで、互いに頷き合い真っ直ぐに王を見つめた。
「「アールツト侯爵令嬢に心からの謝罪を申し上げます。申し訳ありませんでした。」」
判決の間に、見事に揃い重なった声が響いた。そして、そのまま赤毛が二つ、まるでシンクロしているかのようにゆっくりと深く腰を折った。上層部の何人かが驚く中、十分な間をおいて上体を起こした二人に王はゆっくりと口を開く。
「…二人に判決を言い渡す。カイン・フテクト、ケイン・フテクトお前たちをアールツト侯爵令嬢誘拐の罪で1年間の国外労働の刑に処す。勤務地はイスラ王国。監察官としてイスラ王国最高軍事顧問ヒガサ・ナリオ氏を任命する。」
極刑を言い渡されるものだと信じて疑わなかったカインとケインは、言い渡された判決に瞼を開いたまま固まっていた。
「アールツト侯爵家は我が国の至宝。その令嬢を誘拐したことは重罪だ。しかし、我が国の王都で生まれながら過酷な環境で生き抜き、己が生命をかけて侯爵令嬢を守り抜いた二人の行いは情状酌量の余地があると上層部で判断した。……すべての刑期を終えて再び我が国に戻ってくることを願う。」
以上!
響いた声に呆然としていたカインとケインが弾かれたように首を垂れた。
いったい何がどうなったんだ?
国外労働?
イスラ王国??
??
頭の中は大混乱で様々な思考が飛び交っているが、それにかまうことなく、衛兵と騎士に囲まれて馬車に押し込まれた二人は気が付いた時には、二人のよく知る騎士団の演習場に連れてこられていた。馬車から転がり落ちるように二人が演習場の入り口に立てば、バサッ…バサッ…と上空から重い羽根音が聞こえてきて、そのまま大きな烏が目の前に降り立った。
「よぉ、久しいな。」
「「っ!?」」
自分たちよりも頭二つ分大きな烏に睨まれてカインとケインが震えあがる。その様子を見たヒガサは楽しそうに目を細めると、怯える二人に無慈悲に言い放った。
「今日からお前らの監察官になったヒガサだ。一年間、せいぜい死なずに励めよ?」
ヒガサが言い終わった瞬間、それまで何もなかった彼の後ろに一瞬で猛禽類の獣人たちが並んだ。烏、鷲、鷹、それぞれがヒガサに劣ることなく鋭い視線を二人に向けている。
「俺の部下たちだ。俺が不在の時でも一日中お前たちを監視している。殺されたくなかったら変な気は起こすな。ただ、与えられたことだけを忠実にこなして生き抜け。」
「い、生き抜け?」
「俺たちに、何をさせようと…しているんですか?」
震えながら尋ねたカインとケインにヒガサがジッとその瞳を見つめた。その瞬間、さきほどまでの楽しんでいるような様子はなく真剣な張り詰めた雰囲気に変わる。
「お前たちを…アールツト侯爵令嬢の専属護衛人にする。」
「「…!?」」
静かに告げられた言葉にカインとケインが同時に息をつめた。
なんで?自分たちが?!俺たちはアールツト侯爵令嬢を誘拐した実行犯なのに…!!
「な…んで?」
「俺たち…が…?」
信じられない思いのまま尋ねればヒガサは表情を崩さぬまま口を開いた。
「お前達に向けたアヤメの言葉を聞いた。そして、それを聞いたお前たちの顔を見た。理由はそれだけだ。…不服ならば、今すぐここで俺が処刑してやろう。まぁ、生きていたとしても、これから先の一年は死んだほうがましだと思うような地獄が待っているがな。」
カチカチと嘴を鳴らして挑戦的な視線を向けたヒガサに、いち早く驚きから立ち直ったケインが声を上げた。
「俺はやるぜっ!一年頑張れば、あの人の…アールツト侯爵令嬢の護衛になれるんだ。こんなうまい話蹴るなんてもったいねぇ!」
ケインの言葉を聞いたヒガサは鼻で笑ったが、ケインの瞳にある強い意志の光は見逃さない。そして、ケインから遅れる事数秒、カインもゆっくりと頷いた。
「俺もだ。…もう一度生きてご令嬢に会って…お守りする力も付けられるなら、俺もやってやる!」
「おう!二人でめちゃくちゃ強くなってやろうぜ、カイン!」
「ああっケイン!!」
二人で肩を組んで笑い合うその顔には、先ほどまでの死を受け入れた凪いだ表情ではなく、「生きる」という希望に満ちたものだった。そんな二人の顔を見たヒガサが一瞬だけ頬を緩ませたが、それに気が付いた者はいない。
「よし。では、最初の訓練だ。今から、我が国まで走って向かえ。」
「「はっ!?」」
ヒガサの言葉に2人の表情が固まる。
インゼル王国からイスラ王国までは馬車で1日。途中山を越えるし、この時期は積雪で通れない場所もあるため、人間の足で歩けばイスラ王国の王都までは4日から5日はかかる。それを…走る…?!
「途中の山や川で食料を調達し寝床を確保しろ。あぁ、マルとサワが昼夜を問わず襲撃するから生き延びるんだな。では、4日後我が国で会おう。…あんまり簡単に死ぬなよ?」
そう言ったヒガサが風と共に姿を消せば、いつの間にか彼の後ろに控えていた猛禽類達も2羽を残して消えていた。
「なぁ、マル、この人間食べていいの?」
「ダメよ、隊長に怒られるわ。国に着くまでは舐めるだけにして。」
「えーーー。少し噛んでもバレなくない?」
残った茶色と白の模様が美しい大きな鷹の獣人の物騒な会話を聞きながら、カインとケインは一瞬だけ目を見合わせて、次の瞬間大きく一歩を踏み出し駆けだした。
驚きはあるが恐怖や不安はない。
夕焼け色の空に向かってかけながら二人の心はいままで感じたことのないほど晴れやかで、軽やかで、希望に満ち溢れている。
もう、生きるために自分を殺すことはない。
罪を犯すこともない。
ただ、自分の望む目標に向かって駆けていける。
それは初めて2人が手に入れた『自由』だった。
競うように2人で駆けながら心の中でアヤメに叫ぶ。
待っていてください!
必ず、強くなって帰ってきますから!
その時は正面から、ちゃんと顔を見て名前を言わせてくれ!
あんたを守る強さも、あんたを支えられる力も全部身に着けてやる!
『カインとケインがこの世に生を受けて、生きていてくれることがこんなにも嬉しいと思う人間がここにいることを知っていてほしい。』
あの日…あの人が俺たちに贈ってくれた大切な言葉。
この言葉があれば、たとえ地獄だろうが、どこまでもかけていける。
だから
いつか…また逢う日まで…。