94.騎士団長と騎士隊長と烏
騎士棟の最上階。
騎士団長の執務室にはアヤメの誘拐事件の報告に来た隊長達の姿があった。
「…以上が、アヤメの話による今回の誘拐事件の全容になります。ヤーコブ男爵とフテクト兄弟が回復次第、彼らにも事情聴取を行い、並行して証言の裏を取りたいと思ってます。」
代表して報告を終えたクエルトが一歩下がれば、オッドは「ご苦労だった。」と静かに告げた。そして、そのまま立ち上がりインブルと並ぶとクエルトの前に立つ。
「…なにを…?」
突然の事に驚いたクエルトだったがオッドの真剣な眼差しとインブルの珍しい神妙な面持ちにそのまま口を閉じる。
「この度は、騎士団の敷地内にありながら御令姪様を危険に晒してしまい申し訳ありませんでした。」
「申し訳ありませんでした。」
そう言って深々と腰を折ったオッドとインブルにクエルトは瞼が無くなるほど目を見開く。そして、騎士団長ばかりをそうさせてはいけないと、その場にいた騎士たちも同じようにクエルトに向かって腰を折った。
「な、何をしてるんですか?!頭を上げ…」
「…騎士団というこの国の精鋭が集う場所にありながら、犯人の侵入を許し犯行を見過ごしたのは全て騎士団長である私の過失です。」
クエルトの言葉を遮るようにオッドの声が響く。静かだが、強い意志を持った声色にクエルトは言葉を飲み込んだ。
「既に、陛下をはじめとした上層部には処罰を願い出ています。折を見てアールツト侯爵家へも直接謝罪にお伺いする予定です。」
「っ…!?」
今度はクエルトだけではなく他の隊長達も驚きを隠せなかった。騎士団長が自ら上層部へ処罰を願い出るなど前代未聞だった。
クエルトは、驚きと同時に頭を下げ続けるオッドの姿にその責任感の強さと騎士団長としての誇りを感じていた。昔から真面目一徹で真っ直ぐな男だったが…まさかそこまでするとは…。クエルトが口を閉ざしているとオッドとインブルがゆっくりと姿勢を戻した。
「正式な処分はまだですが、騎士団長が不在となった場合は…あなたに騎士団を任せたいと考えています。…クエルト…隊長…。」
「!お前っ!?」
「インブルとも話し合いました。我々が新人騎士のころから厳しく正しく導いてくれたクエルト隊長ならば、安心して騎士団を任せられます。」
「私たちは役職こそ上になってしまいましたが、今でもクエルト隊長への信頼は変わりません。」
オッドに続いてインブルもクエルトに言えば、とうとうクエルトは肩の力を抜いた。
「…お前たちの覚悟は分かった…。だが、私も兄上も騎士団長の処罰など望んでいない。騎士団があったからアヤメを無事に取り戻すことができたのだ。そして、その為に尽力したのは私たちだけではなく、オッド騎士団長とインブル副団長もだろう?」
「…それでも、起きてしまった事への責任はあります。…そうしなければ私は騎士団長という立場に正面から向き合えなくなる…。」
真っ直ぐにクエルトに向けられた瞳には強い決意が宿っていた。そしてその横ではインブルが困ったように眉を下げる。
「クエルト隊長も知っているでしょう?昔からこいつはこういう奴なんですよ。」
「お前っ…!」
「だから、自分もこいつと同じでありたいと思います。たとえクエルト隊長が反対されようともこの気持ちは変わりません。副団長という責務をいただいた時に誓った己に恥じる事はしたくないのです。」
いつもの柔らかな雰囲気を一切なくし、オッドに負けないくらい強く言い切ったインブルにクエルトは二人の固い決意と、もう止めることはできないのだということを悟った。
「…全く…。お前たちは昔と変わらんな。いつもそうやって二人で勝手に決めて、勝手に突き進んでいく……いい加減治してほしいものだ。尻を拭うこちらの身にもなってみろ?私だって、もう若くはないのだぞ?」
「「申し訳ありません。」」
いつも騎士団長としての威厳を纏い、規律を重んじていたオッドと優しさの中に厳しさを持って騎士たちを導いていたインブルの信じられない過去に騎士たちは目を見開いた。さらに、クエルトをクエルト隊長と呼ぶ姿も新鮮…というか違和感しか感じない。
騎士たちの驚きを感じながらもオッドたちがクエルトを何とか説得し終えたころで…
その男は黒い羽根と共に窓辺に降り立った。
「邪魔するぞ。」
「ヒガサッ!!?」
「ヒガサ殿!?」
鍵がかかっていたはずの窓をなぜか外側から鍵を壊すことなく開錠したヒガサは、ゆっくりと室内へ足を踏み入れる。昨夜とは違い覇気を纏っていなかったが、騎士に気が付かれることなくやすやすと窓からの侵入を許してしまったことにオッドは眉を寄せた。
「久しぶりだな、オッド、インブル。」
片手をあげて挨拶をしたヒガサに名前を呼ばれた二人が騎士の礼を取った。
「ご無沙汰しております。ヒガサ殿。」
「お元気そうで何よりです。」
クエルトとは違い、丁寧に挨拶をしたオッドとインブルを見ていた隊長達は密かにヒガサは何者なんだ?と思考を巡らせる。クエルトの友であり、騎士団長、副団長とも顔見知り…?にしてはずいぶんと二人が畏まっている気がするが…?
そんな騎士たちの思考を読んだのか、クエルトがため息交じりにヒガサに告げる。
「そろそろお前の正体を明かしてやったらどうだ?騎士たちが困惑しているぞ?」
「困惑?正体も何も昨夜言ったとおりだ。俺はイスラ王国でイズミ様に仕えるものだ。」
「それが大雑把過ぎるんだよ、お前は。」
「うるさい。だったらなんて言えばいいんだ?」
苛立たし気に嘴を鳴らしたヒガサに再びため息を落としたクエルトは気を取り直したように騎士たちに視線を向けた。
「こいつはイスラ王国特殊部隊の総隊長だ。」
!!!??
クエルトの言葉に隊長達が一斉に息をつめた。
イスラ王国に存在すると言われている特殊部隊。潜入や情報操作、暗殺、破壊工作等何でもできる陸海空どこでも対応可能の超精鋭部隊だ。しかし、その存在は誰の目にも記憶にも留まることはなく、闇から闇へと渡り歩く幻の部隊と言われていたはずなのに…。その部隊をまとめあげる総隊長が目の前で優雅にソファで寛ぐ大きな烏だとは…。
「表向きは軍事顧問の退役軍人ってことになっているから他言はするな。他言すれば、殺すことになるから…よろしくな。」
冗談だろ…?
話を聞いていたレシが心の中でつぶやけば、ヒガサから鋭い視線を向けられて思わず肩を揺らした。
心の声まで聞こえんのかよ?
「聞こえるのではなく、観察するのだ。心音、視線、瞳孔の開きや動き、体温。ありとあらゆるものから相手の思考を予測し対応し…潰す。我が隊の基本だな。クエルトやオッド、インブルもできるはずだぞ?」
ヒガサの言葉にクエルトに気配を探られた挙句、心の声まで聴かれたことを思い出した。そういう事だっのか!どうりであの三人にはよく心の声を聞かれるわけだ。一人納得したように頷くレシを横目にテオは自分もその技術を身に着けてみたいと密かに思っていた。
「…ところで、ヒガサ殿。本日は何の用で我が騎士団へ?」
話は済んだと退屈そうにソファで翼を揺らしたヒガサにオッドが尋ねれば、ヒガサはゆっくりとクエルトに視線を向けた。そこには先ほどまでの穏やかさはなく、刃物の様に鋭く研ぎ澄まされた殺気が込められていた。
「…私の客だ。報告は済んだので私はここで失礼する。…ヒガサ、行くぞ。」
「…邪魔したな。」
クエルトがオッドに一礼して部屋を出て行けばヒガサがそれに続いて部屋を後にした。音もなく閉まったドアを見ながらインブルが大きく息を吐く。
「まさか、あの二人で喧嘩なんてしないよな?」
「…あの二人も大人だ。そんなことはないだろう。」
「いえ、それは…可能性はゼロとは言い切れません。」
インブルに返したオッドを否定するように遠慮がちにストーリアが口を挟んだ。
「どういう意味だ?」
怪訝そうに聞き返したインブルにストーリアは眼鏡のブリッジを押し上げながら気まずさを滲ませた顔でアンモスたちに視線を送る。それを受けた隊長達が一様に頷き返した。
「アヤメ嬢を救出に行く際に、ヒガサ殿はクエルト隊長に対して、その…、怒りをあらわにしていました。」
「なんだとっ?!」
「なぜいつもアヤメ嬢を苦しめるような奴らの中に一人であの子を置いておくのだとクエルト隊長に詰め寄り、…アヤメ嬢がこの国にいることを、アールツトの名のもとに迫害されていることを…決して許さない。と…。」
ストーリアの言葉にオッドとインブルが口を閉ざした。
ヒガサがクエルトに向けた言葉は、まるで自分に言われているように二人の心を鋭く抉った。あの少女がアールツトの名のもとに迫害されていることは知っていた。民衆の心無い影口や噂、そしてアールツト辺境伯からの仕打ち。その全てを知っていたのに、何もしなかったのは自分たちも同じ事だ。
さらにオッドはアヤメが騎士団に仮入団する際にわずか10歳の幼い少女に、治癒魔法が使えないのは本当か?使えないのなら騎士団に入る意味はないのではないか?と自分が言った言葉を思い出し、激しい後悔に襲われる。あの時は、ただ幼い身を案じてかけた言葉だったが…ひどく彼女を傷つけたことだろう。
『お言葉ですが、我が姪は治癒魔法など使えなくとも立派に騎士団の一員として活躍することができます。』
あの時言ったクエルトの言葉通り、アヤメは治癒魔法など関係なく騎士として医師として多くの命を救ったというのに…。オッドの隣にいたインブルも同じことを考えているのか、その眉間には深いしわが刻まれていた。
騎士団の敷地内にある、演習場を見下ろす高台にクエルトとヒガサは立っていた。
「話とはなんだ?」
朝の鍛錬を終えた騎士たちがそれぞれの任務に向かう姿をしばらく無言で見下ろしていたヒガサが静かに告げる。そのまま向けられた視線を受け止めたクエルトはゆっくりと頭を下げた。
「すまなかった。」
それは、とても静かな声だった。
「…何の真似だ?」
「お前との約束を違えてしまった。確かに、お前の言う通り俺はアヤメの事を守り切れなかった…いや、守ろうとしなかった。自分の立場やアールツト侯爵家を出た身分であることが大きな理由だったが…一番は…アヤメに、…あの子に我が一族の新しい未来の可能性を見たからだ。」
頭を上げることなく言ったクエルトの姿を見ながら、ヒガサは己の拳を強く握り絞める。腹の底から怒りが込みあがり体中の血管がすべて沸騰している様な感覚に襲われる。
「…っざけるな…!…ふざけるなっ!!」
その怒りのままに叫んだヒガサは頭を下げていたクエルトの胸ぐらをつかみ上げた。
「お前のっ!そんなくだらない……アールツト一族のくだらない未来のためにっ…あの子がどれほどの苦痛を味わったと思っているっっ!!」
そして、そのままヒガサの拳がクエルトの左頬を殴りつけた。その勢いのままドサッと地面に転がったクエルトにヒガサが詰め寄り鋭い視線を向ける。
「…立て…。あの子が味わってきた14年にも及ぶ痛みはこんなものではない。」
「っ…。」
クエルトは膝に手をついてゆっくりと立ち上がる。そして、静かにヒガサの瞳を見つめた。
「アヤメには悪いことをしたと思っている…。」
「黙れっ!!」
今度はクエルトの右頬を殴りつける。それによろけたクエルトの肩を乱暴につかんだヒガサはドゴッ!とクエルトの額に自分の額を打ち付けた。
「本当に悪いことをしたと思っているなら、なぜすぐにアヤメを解放しない?!なぜすぐにあの子を守ってやらない!?お前はっ…その未来の為ならあの子がどうなってもいいのかっ!!!?」
そのままクエルトを地面に叩き付けようとしたところで、グッとクエルトから伸びた手がヒガサの長衣の合わせを掴んだ。
「そんなこと思うわけがないっ!!」
声を荒げたクエルトがゴンッとヒガサと額を突き合わせた。漆黒の瞳と澄んだ青い瞳が近距離でにらみ合う。
「あの子は私の姪だ。可愛い大切な、愛する姪だっ!誰よりも幸せにっ…安全であってほしいと思っているっ!!」
「ならば何故だっ!!なぜ傷つくアヤメを放っておいたっ!」
「アヤメはっ!!守られるだけの弱い人間ではないっ!!」
「!?」
「あの子は、どんな困難にも立ち向かい自分の足で立ちあがる強さを持っている!義姉上が望まれたように、すべての痛みと苦しみを糧にして…アヤメは自分で道を切り開いてきたんだっ!!」
クエルトの言葉に一瞬だけヒガサの力が抜けた。しかし、それにかまうことなくクエルトはヒガサを引き寄せ続けた。
「兄上も義姉上もアヤメをただの守られるだけの娘には育ててはいない。そんなことは望んでない。…あの子にはどんな環境でも逞しく、しなやかに生きていく強さを知識を身に着けさせている…。」
「っだとしても…そうだとしてもっ!このままアヤメを傷付けさせるような環境にはおいておけないっ!!」
「それはアヤメが望んだことじゃないだろうっ!!」
!!!
クエルトの言葉にヒガサが息をつめた。そしてそのまま瞼が無くなるほど大きく目を見開き固まった。それを見たクエルトがゆっくりとヒガサの合わせを掴んでいた手を離す。
「アヤメを守ろうとしなかった俺がこんなことを言える立場ではないのかもしれないが、あの子は…アヤメは己が知識と医療で多くの者を救うことを望んでいる。…そして、その知識と医療を他の者たちへ教え、広めるために多くの論文を兄上に提出している。」
クエルトから手を離されたヒガサは力なくその場に立ち尽くしていた。そんなヒガサにクエルトは言葉を続ける。
「アヤメは治癒魔法と同じ医療を施せる医師を…環境を作ろうとしている。そして、それがアールツトの治癒魔法に依存している我が国の未来を…アールツト一族の未来を変えるものだと私は思っている。お前にとってはくだらない未来かもしれない。それでもアールツトの名を持っている以上、私にとっても…アヤメにとっても、あの子の作る未来は大きな意味を持つんだ。」
クエルトの言葉を聞きながら、ヒガサの脳裏に浮かんだのは手枷を付け首と鎖でつながれながらも自分を誘拐した罪人を手術しているアヤメの姿だった。そして、カイン・フテクトへ告げたアヤメの言葉が耳によみがえる。
『昔は…よくどうして自分なんかが生まれてきたのだろう。って泣いていたわ。生きる価値も意味も見出せなくて、この世からいなくなりたい…消えてしまいたいって思っていた。』
昔、アヤメは一人で泣いていた。自分が泣いているところを見て心を痛める家族を思って…一人、部屋のベランダの隅でシーツにくるまって声も出さずに泣いていた。
『それでも…そんな私でも必要としてくれる人がいたから。』
アヤメの傍にはいつもヒルルク殿やフェルがいた。シリュルや使用人たちも、皆一様にアヤメを大切に慈しんでいた。
『そんな私でも認めてくれる人がいて、夢を共に追いかけて支えてくれる人たちがいたから。』
騎士団に入団してからのアヤメは分からないが、それでもあの三人の様に彼女を思い、慕う人間ができていた。
『だから、生きていこうと思えるようになった。…自分が生まれた意味は分からないけど、それでも生きていくための理由を見つけることができたの。』
あの辺境伯に酷い仕打ちを受けても、己の力不足に押しつぶされそうになっても、アヤメを支え守る騎士がいた。そして、再びアヤメは立ち上がった。
あの子の周りには多くの人間がいて彼女を支え、慕っている。そして……あの子は…アヤメは……
「お前の気持ちはわかる。…だが、アヤメは…守られるだけの弱い人間ではない。自分の足で、自分の力で立ち上がる力をもった人間だ。だから、どうかアヤメを信じて…守るだけではなく、見守ってやって欲しい。」
呆然と立ち尽くしていたヒガサにクエルトが再び頭を下げた。ヒガサはその姿をただ目に映しているだけだった。先ほどとは違い、腹の底から込み上げるような怒りはもうない。ただ、少しの寂しさと喪失感を感じていた。しかし、それは決して不快ではなく、心は穏やかに凪いでいる。
「…アヤメはこのままここにいても…幸せになれるのか…?」
「幸せかどうかは、アヤメが決めることだ。…あの子はもう子供ではなくなりつつある。」
ヒガサのつぶやきにクエルトは静かに告げた。ヒガサの記憶の中にあるアヤメはまだ小さくて、幼くて、いつも一人で泣いていた。しかし、昨日見た彼女は一人の人間の命を救う立派な「医者」だった。おのずと胸に手を当てる。先ほどまでの寂しさと喪失感はゆっくりと別な何かへ変わっていくような気がした。
「…見守る…か…。」
そう告げたヒガサの表情は穏やかで、クエルトは自然と頬が緩む。この男は誰よりも優しく、愛情深い。それ故に一度心を開いた者に対しては強く執着する。生まれてきたアヤメを見てこの男の何を動かしたのかはわからないが、その時からヒガサはアヤメの為に行動してきた。本人に知られることなく…密かに、何度も。しかし、それもそろそろ終わりにしてやらなければいけない。アヤメはいつまでも子供ではないのだから。
「俺にできるだろうか…?」
「できるさ。難しい時は俺のところに来ればいい。その時は殴ってでも止めてやるよ。」
そう言ったクエルトの姿に昨夜のアヤメの姿が重なった。
『…何もできない、と諦めたくなったり、2人じゃどうしようもないほどつらい時は…私のところにいらっしゃい。三人でたくさん話し合いましょう?』
あぁ…、やはりこいつを信じてアヤメを残したの正解だったのかもしれない。あの子は、誰かに守り支えられるだけではなく、誰かを守り支える強さを身に着けたのだ。
そう思ったヒガサはゆっくりとクエルトに手を差し出した。アヤメのそばを長く離れることになった時と同じように。だが、あの時よりも不思議と心は満たされている。
「…人間は好かんが、お前を『友』として信じている。」
その言葉と差し出された手に一瞬息を詰めたクエルトはグシャリと顔をゆがめて差し出された手を取った。
「今度こそ、お前の信頼を失わないように全力を尽くそう。…友よ。」
そしてどちらともなく笑い合った。
「さて、俺はそろそろアールツト家に戻る。」
「そうか。アヤメはどうだ?兄上は落ち着かれたか?」
「アヤメはお前たちを見送った後倒れた。」
「何っ!?お前っ、なぜそれを早く言わない!!?まさかっ…毒か?!」
「いや、ヒルルク殿の診察では精神的な疲労による発熱だそうだ。あと、ずいぶんと薄着で捕らえられていたからな。そこにフテクト兄弟の血も浴びて体が冷えたんだろう。まぁ、風邪だ。」
「はっ…風邪?!」
軽く言い放ったヒガサは、力が抜けたように惚けているクエルトを横目に高台の塀の上に飛び乗るとバサリと羽を広げた。
「ああ、それと今回の事を我が主へ報告しない代わりに条件が一つある。」
「なに?条件?」
「ああ。…飲めるか?」
「…内容も聞かないのに、飲めるわけはないだろう。」
「ならば、主へ報告させてもらう。」
「っ!!いや、わかった…。内容にもよるが、善処するとは言っておく。」
ユスティーツからオッドを通じてアヤメの誘拐の件はイスラ王国へ知られないようにヒガサを口止めしてほしいと命令を受けていたクエルトは渋々了承する。するとそれを見たヒガサはクッと楽し気に目を細めた。
「あのフテクト兄弟を俺に預けろ。」
「はぁ?!そんなこと俺の一存でできるわけがないだろう!」
「だったらオッドと宰相殿を説得するんだな。」
そう告げて飛び立とうとしたヒガサにクエルトが慌てて声をかける。
「待てっ!お前、あの兄弟をどうするつもりだ?!まさか殺すつもりじゃないだろうな…?!」
「…アヤメが助けた命を俺が殺すわけがないだろう。…じゃあ、また二日後。」
「あ!おいっ、待てっ!!ヒガサッ!!」
クエルトの制止を無視してヒガサは空へ飛び立った。そしてそのまま高度をグングンとあげていく。その姿を見ながら、クエルトは人知れずため息を落とした。
全く…俺を何だと思っているんだ。ただの騎士隊長にそんなことできるわけがないだろうが…。グチグチとヒガサへの文句を言う姿とは対照的にクエルトの心は晴れやかだった。
そして、再び空を見上げる。
もうヒガサの姿はなかったが、それでも再び友と呼べる関係に戻れた嬉しさと温かさを感じるように空を見続けていた。
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