85.侯爵令嬢と…
よろしくお願いします。
少し長いです…。
作戦会議室から場所を移したクエルト達は、騎士棟のとある部屋で、カイン・フテクトと対面していた。先ほどまで同席していたヒガサは、今この場に姿はない。用事があると言い残して去って行った彼をクエルトは止めなかった。ヒガサが元から集団行動を好む方ではないと知っていたからだ。ただ、アヤメにつながる重要参考人の事情聴取を自ら行わないことに少しの引っ掛かりを覚えていた。
「こんな時間に呼び出して悪いな。」
「いえ、大丈夫です。」
張り詰めた雰囲気の中、レシが明るく言えばカインは少しの緊張をにじませたまま静かに言葉を返した。騎士団の隊長格が揃って自分に注視しているのだから、緊張しない方がおかしい。と返事を返したカインを見ながらレシが思う。
「単刀直入に言う。本日、アヤメ・アールツトが行方不明になった。」
ストーリアが告げれば、カインの顔は驚きに染まった。
「そんな…!アヤメさんは確かにアルと一緒に自宅へ帰ったはずです。私が見送りました。」
すぐさま帰ってきた言葉に、クエルトが眉を寄せる。カインの表情からは嘘をついているような感じは受けないが…。
「それが、そのまま屋敷に帰ってこなかったんだよ。だから、もう一度アヤメ嬢を見送った時の話が聞きたいんだ。」
アンモスが言えば、カインはゆっくりとうなずいて口を開いた。
「今日は、いつもの様にアルの支度をして、アヤメさんを待っていました。それで、いつものように少し話して見送ったのですが。」
「話した内容は?」
間髪入れずにテオが聞けば、カインは思い出すように頭をかいた。
「特別なことは何も。普通に世間話です。今日は合同練習お疲れさまでした、とかそんな感じで。」
「その時に怪しい人物やいつもと違うような出来事は無かったか?」
「ありません。アルが少し元気がないなとは思っていましたが、騎士団の敷地内ですし、怪しい人物は不審な動きをするような人物はいませんでした。」
「そうか…。」
カインの答えに口を閉ざしたテオに変わり、今度はレシが質問をする。
「そう言えば、今日は従者がやけに多かったようだけどなにかあったのか?」
「え…と、ああ、多分大掃除が入ったからだと思います。」
「大掃除?この時期に?」
「はい。今年は2年に一度の武器交換の年でして。保管されている弾薬や武器を交換の際に掃除するんです。」
「へー、知らなかった。」
「レシ、お前は何年騎士団に所属しているんだ?新入団者の時には従者と一緒に大掃除に参加しただろう?」
ストーリアがレシを咎めるように言えば、レシは「すんません。」と言いながら笑ってごまかした。
「そうかー。大変だったな。カインも参加したんだろ?飯は食う時間あったのか?」
「いえ、私たちの仕事ですので。食事は交代でとらせていただいてます。」
「俺さ、今日食ってないんだけどメニューなんだった?」
「えーと、確か…白身魚だったと思いますよ。必要であれば後ほどご用意しますので。」
カインの言葉にピクリとテオの眉が揺れる。
「わりぃな。」
「おい、話がそれているぞ。」
いつの間にか夕食の話に脱線してしまったレシを今度はクエルトが咎めて、気を取り直すように溜息を吐いた。
「アヤメについて他に不審に思うような点はなかっただろうか?」
「いえ、とくには思い当たりません。少しお疲れのご様子でしたが、本入団されてからは色々大変そうでしたので、なるべくお声をかけるように心がけてはいたのですが。…このような事態になるとは…。」
悔し気に膝の上に置いた手で拳を握ったカインは、クエルトを真っ直ぐに見つめて口を開く。
「アヤメさんは無事なのでしょうか?何かわかった事などは…?」
「…悪いが捜索状況については何も言うことはできない。だが、私たちはアヤメの無事を信じている。」
カインの視線を正面から受け止めたクエルトがハッキリと言えば、自分を納得させるように何度か頷いたカインが「私も信じます。」と小さくこぼした。それを見ていたストーリアが3番隊の騎士に視線だけで合図を送る。そして、合図を受けた騎士が用意してあったポットを持ち上げた。
「話してばかりで喉も乾くだろう。温かいものを用意した。良ければ飲んでくれ。」
ストーリアの合図を受けた騎士がカインにカップを渡し、そのままポットから茶を注いでいる所へ、周囲に気づかれないようにレシが指を向ける。そのとたん、水差しから静かに流れていた茶がゴボッと溢れて、カップを持っていた右腕にかかった。
「熱っ!?」
「すいません!!」
「何をやっているんだ!」
すぐさまその熱さにカインがカップを落とせば、それが床に落ちる前に茶を注いでいた騎士を叱責しながらテオがカップを回収した。それと同時にレシがカインに駆け寄って、茶のかかった腕を握る。
「大丈夫か?!腕見せてみろ!!」
「あ、熱いっ…。」
ポットの茶はぬるくしておくはずだったが、ホカホカと湯気を上げるそれは明らかに熱湯だったようで、用意を命じられたテオの明らかな悪意にアンモスとストーリアが意味ありげな視線を向けたが当のテオは、素知らぬ顔でカインとレシに視線を向けていた。
「動くな、患部を見るぞ。」
熱さで身をよじるカインを抑えてレシが右腕のシャツをめくる。そして、現れた部位に騎士たちの視線が集まり…そして止まった。
書類に記載されていた身体的特徴。
右腕…ひし形の痣があるはずの場所には
______何もなかった。
それを確認した瞬間、空気さえも止まってしまった空間に「あの…?」とカインの声が落ちる。それを聞いた瞬間、弾かれたようにクエルトが動いた。
「大丈夫か?…軽度の火傷だな…。」
すぐさまカインの腕を確認し、治癒魔法を施して火傷を治療する。恐らく初めて見たのだろうその奇跡の魔法に一瞬カインの瞳が輝いたのを騎士たちは見逃さなかった。
「よし、もう大丈夫だ。他はどうだ?」
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます。わざわざ私のような者にまで希少な治癒魔法を使っていただけるなんて…。」
「なに、気にすることはない。アールツト家の者ならば誰もがそうするだろう。皆等しく治癒魔法を扱えるのだから。」
クエルトが言えば、まくられた袖を直していたカインの手が止まった。
「…ですが、アヤメさんは違いますよね…?」
気遣うように落とされた言葉にクエルトの眉が寄る。
「あの子も治癒魔法は使役できる。ただ、事情があって隠しているだけだ。」
その言葉を聞いた瞬間、一瞬だけカインの瞼が動いた。それが何を意味しているのか、カイン以外の者にはわからなかったが、その場にいた騎士たちはカインの再三の反応を見て疑惑を確信に変えた。
こいつはアヤメの事を知っている…。
それを確認したレシとテオがたがいに目配せをして、控えていた騎士に合図を送る。
「カインさん、よければこちらへ。タオルを用意しましたので使ってください。」
少し離れた位置にいた騎士が声をかければカインは一つ頷いて席を立った。そして、呼ばれたほうへ向かい、タオルを受け取った。
「すいません、何から何まで。」
「いえ、私たちの方こそ、お怪我をさせてしまってすいませんでした。」
「お気になさらないでください。」
騎士と会話をしながらタオルで、濡れた部分をふき取ったカインにクエルトが声をかける。
「今日はもう下がっていいぞ。貴重な話が聞けて助かった。」
「え?あ、いや私は何もお役に立てるようなことは…。」
思いもよらないクエルトの言葉にカインは首をかしげるが、クエルトは強い笑みを見せつけ
「いや、大変貴重な話だった。…おかげでアヤメに近づくことができる。」
そう言いきった。その顔は嘘をついているようでも見栄を張っている様にも見えない。確固たる自信と確信が現れてる。それを見たカインの顔色がみるみる悪くなっていく。
「ッ、そうですか。それはよかったです。っでは、私はこれで失礼します。」
慌てたように部屋から出て行こうとするカインの背中にダメ押しと言わんばかりのテオの声がかかる。
「…フテクトも、十分注意しろ。」
まるで何かを暗示するようなそれにカインはビクッと肩を揺らして、一礼だけすると逃げるようにドアを潜って行った。
カインの気配が無くなってから、騎士たちは素早く目配せをして体制を整え、部屋を後にした。この後はすぐにやらなければいけに事がある。一言も話すことなく廊下を進み続けていたが、その沈黙を破るようにレシが口を開いた。
「あいつ、アヤメ嬢以外の事はずいぶん思い出すのに時間がかかったな。」
「アヤメに関する話の時だけ、妙に落ち着いていたようだから、綿密に質問を想定して練習していたのだろう。アヤメが行方不明になれば最後に会った自分が疑われるのは当然だからな。それに、今日の食事の事を聞いた時「だったと思う」と言っていたから、昼時は食堂にいなかった可能性が高い。」
レシの言葉にテオが返せば、すぐ前を歩いていたストーリアが軽く視線をよこす。
「それにしても、ずいぶんと熱湯を用意したなテオ?」
「…申し訳ありません。」
「まぁ、いいじゃねーか。おかげで痣の有無が知れたんだからよ。」
ストーリアの質問に素直に謝罪したテオを庇うようにアンモスが言えば、不満げなため息がさらに前から聞こえた。
「あの茶に関しては思うところはあるが、アンモスの言う通り、痣の有無と…治癒魔法に関しての固執のようなものを見られたことは大きい。さらに…。」
クエルトが言葉を止めたが、その場にいた騎士たち全員がその先の言葉をしっかりと理解していた。
あの時、タオルを渡すためにカインを呼んだ騎士が立っていたのはカーテンのない窓際だった。…さらに今いるフロア5階。高いところが苦手だと話していたカイン・フテクトが、5階にあるあの部屋に来た時点で騎士たちの疑惑は濃くなっていたが、最後の窓際に立ったことで、それは確信に変わっていた。
「…カイン・フテクトは二人いる。」
落とされたクエルトの言葉にピリッと騎士たちの空気が張り詰める。
今までの証言と捜査結果からみても、犯人は複数犯の可能性が高い。そしてカイン・フテクトは二人いると仮定すれば、アヤメの誘拐のあらすじもぼんやりと見えてきた。
「私はこのまま、騎士団長に報告へ向かう。報告が済み次第合流するから、お前たちは予定通り、騎士棟の裏へ向かえ。アールツト家からの荷物が届いているはずだ。」
クエルトの言葉に返事をして2階のフロアで別れた騎士たちはそのまま素早く指定された騎士棟の裏門へ向かった。
そして、たどり着いた裏門で待っていた者たちを見て思わず足を止めた。
「おぉ、待っていたぞ。」
悠長な言葉と共に門の柱の上に立つのは真っ黒な烏の獣人。そして、その下。開かれた門をふさぐようにして並んでいたのは、月の光に輝く白銀のダイアウルフ2頭と門の柱よりも大きなアルゲンタビウス2羽、そして、小さなアヤメの医療補助者たちだった。
さかのぼる事30分前…。
アヤメが消息を絶ってから、アールツト侯爵家には重苦しい空気が満ちていた。
ヒガサによって発見されたアルの容体は芳しくなく、フェルトが解毒をヒルルクが治療を行っている。少しでもアヤメを見つける手掛かりになればと一刻も早いアルの回復を望んでいるがむなしく時間ばかりが過ぎていた。
「スチュワート様、タケとウメの用意ができました。」
ブレッグが告げれば、ヒルルクとフェルに変わり屋敷の一切を取り仕切っていたスチュワートがポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認した。タケとウメは動物用の荷馬車に積み込みが完了したらしい。今から屋敷を出ればヒガサにタケとウメを騎士棟に届けてほしいと指定された時間にちょうどいいだろうとブレックに頷いて時計をしまう。
「わかりました。では、モーリスを騎士棟へ向かわせてください。」
「はい。」
一礼して、ブレッグがスチュワートのもとを去ろうとした時、部屋の入口にワイズ、ポイズ、エーデルが立っていた。
「…どうしたんだ?お前たちはもう遅いから先に休め。」
ブレッグが言うが三人は何も言わず険しい顔でスチュワートを見つめていた。いつもとは違う三人の雰囲気に再びブレッグが声をかけようとすれば、それを遮るようにワイズが声を張った。
「…僕たちも騎士棟へ行かせて下さい!」
「お願いします!」
「お願いしますっ!!」
ワイズに続くようにポイズとエーデルも声を張る。
「何を言っているんだ?!お前達が行ったところで何の役にも立たないし、足手まといになるだけだ。大人しく部屋で休んでいろ!」
たしなめるようにブレッグが言うが、三人はそこから動こうとしなかった。それどころか、まるで対抗するように、ワイズが前に出て胸を張る。
「僕たちはお嬢様の医療補助者です。お嬢様に仕える者です。お嬢様の身に危険が迫っているのにただ待つなんてできません。」
「…足手まといにはなりません。僕たちだって、お嬢様の為になら戦えます。」
「お嬢様が腕を亡くされた日、私たちは誓いました。もう二度とお嬢様だけを傷つけることはしないと。お嬢様が命を救うために危険に飛び込むのなら、それをお守りしお支えしようとっ!」
ワイズの横にポイズとエーデルが並んだ。
それを見ていたスチュワートは、三人が初めて屋敷を訪れた時の姿と重ねていた。「医者になりたい。」とアヤメに直談判したあの日…幼く、やせ細ってみすぼらしい姿の彼らは、今日と同じように強い意志を瞳に宿していた。
「…子供が向かうような場所ではありませんよ。」
三人に気押されたブレッグの代わりにスチュワートが冷たく言えば、ひるむことなく三人は「それでも行きます!」と言い返してくる。その姿に思わずスチュワートは目を細めた。
「あなたたちが出向いてもやることなどないかもしれません。クエルト様に門前払いをされる可能性もあるでしょう。」
「それでもっ…!それでも、僕たちはお嬢様と共にありたい!お嬢様を取り戻したい!」
「クエルト様の様に治癒魔法は使えません。騎士様の様に強くもありません。それでも、僕たちはお嬢様の医療補助者です。お嬢様にいただいた人生なんです!お嬢様の為に使わずして、生きている意味がありません!」
「お願いします!どうか私たちも騎士棟へ向かわせてください!!」
思えば三人がこんなふうに屋敷の使用人、しかも上司であるブレッグや自分には歯向かう事など一度もなかった。
それが…ここまで頑なに反抗するのは、すべてアヤメの為…。
そう思えば、行かせてはいけないと分かっていながら、スチュワートにワイズ達を止めることはできなかった。アヤメはスチュワートにとって主の娘ではなく、自分の特別な主人だった。そしてこの三人は、自分が亡き後も特別な主を守り、支えるようにと自らが育てる最後の使用人だった。そんな三人の中にアヤメに対する強い思いがあることを知り密かに安堵する。…その若さゆえの真っ直ぐなアヤメを思う気持ちに、今すぐに屋敷を飛び出してアヤメを探し出したいという自分の想いも託したいとすら思ってしまった。
十分すぎる間を置いた後、一度目を閉じたスチュワートがゆっくりと瞼を上げた。そこに先ほどと変わらない三人の姿を見て小さく息を吐く。
「…わかりました。騎士棟へ行く許可を出しましょう。」
「スチュワート様!?」
「責任はすべて私がとります。旦那様と奥様にも私が話を通しておきましょう。」
驚くブレッグに静かに告げたスチュワートがまっすぐ三人を見下ろした。
「…お嬢様をお願いします。」
静かに、しかし、強い思いをもって紡がれた言葉に、三人からしっかりとした返事が上がれば、スチュワートは少しだけ表情を和らげて頷いた。
「ゲンとタビの飛行も許可します。ヒガサ様の話ではアルゲンタビウスは夜目が利くようですから、馬に乗れないあなた達の足となるでしょう。」
「「「ありがとうございます。」」」
ガバリと頭を下げてから部屋を飛び出していった三人の背中をスチュワートは静かに見送った。そして、そのまま窓越しに夜空を見上げる。夜空は雲に覆われていたが、この空の下にいるであろうアヤメの無事を強く願った。
そして現在…
「お前達、何をしている!?」
レシが言えば、柱の上にいたヒガサがまるで瞬間移動したかのように一瞬で、ワイズ達の前に庇うように立った。あまりの早業に思わずレシが仰け反るが、それでも視線は鋭くヒガサの後ろのワイズ達を見つめていた。
「そう、怒るなよ。こいつらにも守りたいものがあるんだ。」
レシをなだめるようにヒガサが言うが、深夜をとうに過ぎたこんな時間に子供たち3人がこんなところにいることを見過ごせるはずがない。
「しかし、彼らはまだ子供です。まさか、このまま連れていくおつもりでは…!?」
「そう、そのおつもりです。」
「なっ!!?正気ですか!?ヒガサ殿!!」
ヒガサの言葉にレシだけではなく他の騎士たちも驚くが、ヒガサはそれでも全く悪びれる様子もなくワイズ達の方へ向かい彼らの肩に手を置いた。
「俺は正気だ。こいつらは、自分の意志でアヤメを救いたいと思っている。その強い意志はたとえ大人だろうと勝手に捻じ曲げる権利はない。…そんなこと俺が許さない。」
「しかし、この先は危険です。もし、この子たちに何かあれば…、」
「何かあればなんだ?こいつらは自分の身は自分で守れる。そして…アヤメを守ることもできる。」
「それは…どういうーー?」
ストーリアが訪ねれば、ヒガサは意味ありげに笑ったが、それと同時に騎士棟からクエルトの声が飛んだ。
「何をしているんだ!ヒガサッ!!」
時間帯もあり、だいぶ抑えられた声だったが、それでもその声を聴いた騎士たちが震えるほどそれは怒りに満ちていた。
「よお、待ってたぞ。ほら、戦力だ。」
「馬鹿なことを言うな。ワイズ!お前たちも今何時だと思っている!?今すぐに帰りなさい!」
クエルトの怒りすらも受け流したヒガサを一瞥して、そのままワイズ達に鋭い視線を向けるが、それを受けても彼らはそこを動こうとはしなかった。逆に、クエルトに反抗するような強い意志を携えた視線をぶつけてくる。
「僕たちもお嬢様を探しに行きます。」
「なっ!!?…ばかなことを言うな!お前たちに何ができると…」
クエルトが言い切る前に、トトトッと足元にナイフが3本刺さった。
「こ、れは…?」
驚きながらも見れば、エーデルがその手にナイフを3本持って構えている。
「私たちだって、戦えます。」
「な、何をっ、いったい誰が…!!?」
「俺が教えた。」
激昂するクエルトにヒガサが静かに告げる。
「お前っ!!」
怒りのままにヒガサに掴みかかろうとしたクエルトに逆にヒガサから近づき、その胸元ををぐっと翼腕で掴み上げた。
「何を…するっ!」
「それはこっちのセリフだよ、クエルト…。」
静かに紡がれた言葉は、静かな怒りに満ちていた。
「お前達こそアヤメに何をしてるんだよ?どうしてこうなるまで気が付けなかったんだよ?守るんじゃなったのかよ?…なんでいつもアヤメを苦しめるような奴らの中に一人であの子を置いておくんだよ?」
「ヒ…ガサ…?」
「俺は言ったよな?このままアールツト家にアヤメを置いておけば、アヤメは不幸になる。ここにはアヤメの居場所はないと、あの時言ったよな?!」
「…。」
「だが、お前は…自分が、ヒルルク殿が、必ず守るから大丈夫だと俺に言った。だから、俺はその言葉を信じたのに…ふたを開けてみればなんだよこの体たらくは!!」
ギリギリとクエルトの襟元を握るヒガサの手に力が籠められる。静かで、どこか飄々としているヒガサの初めてみる激昂にその場にいた全員の背筋が震えた。
「なぜ、一歳の誕生会以来アヤメの誕生会は行われない?なぜ、アヤメは普通の子供たちと同じように、友達と街に出かけたり遊ぶことができない?なぜ、アヤメは今回の様に命を狙われなくてはならない?…答えろ、クエルト。」
「…それは…っ…。」
言葉を詰まらせたクエルトにヒガサは瞳孔のない真っ黒な瞳で睨みつける。
「答えられないか?なら俺が答えてやろう。
それは…アヤメがアールツトの名を背負っているからだ。」
「…っ…。」
その言葉にクエルトの腕が力なく脇に落ちた。
「それでもアヤメがアールツトの名のもとに生きていくと決めたから、お前たちの体たらくを知っていても何も言わなかった。そんな中、こいつらはアヤメが腕を失った時、俺の主に、俺の目の前で言ったんだよ。『アヤメにもらった命だから、アヤメの為に使いたい。支えるためだけじゃなくて守れる強さが欲しい。』と。まだ、10歳にも満たない子供たちが言ったんだよ!こいつらはそれだけの想いを背負ってアヤメのそばにいるんだよ。…わかるか?お前の様にメンツや地位や肩書を気にしてないんだ。…だから、俺はこいつらに「強さ」を与えた。アヤメを守り自分を守るための強さだ。」
「…ヒガサ。」
「お前が何と言おうと関係ない。こいつらが自分の意志で行くと決めたなら、俺は全力でこいつらの肩を持つ。」
一度言葉を切ったヒガサはゆっくりとクエルトから手を離した。そして、真っ直ぐにその瞳を睨み付ける。
「…俺は…アヤメがこの国にいることを、アールツトの名のもとに迫害されていることを…決して許さない。」
それは強く、重く、その場に響いた。